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9.Dを探して

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 パーティ出席者の内、神取道隆氏の遺体が発見された時点で神取邸にいなかったのは、緑川千鶴子と知子のクラスメイト三名だった。緑川は午後一時過ぎに、クラスメイト三人は午後二時ちょうどに、それぞれ神取邸を辞している。
「その前に、神取氏はどうやって殺されたのか、言ってくれなきゃ」
 理恵子さんが言った。手は忙しく動いており、気のない風ではある。それでも答えておく。
「つてとコネを駆使して手に入れた情報によると、神取道隆氏は撲殺されていたそうだ。凶器となったのは、氏の部屋に置いてあったブロンズ像。血は拭われていたけど、ちゃんと検出できた。拭うのに使われたとみられるちり紙も、部屋のごみ箱に捨ててあったという話だ。発見は午後四時五分頃。自室で倒れているのを奥さんが見つけている。奥さんが氏の部屋に行ったのは、お茶を入れたので呼びに行ったとのこと」
 メモを見ながら喋っていると口の中が渇いてきたので、アップルジュースを飲んだ。今日の昼飯はアップルジュースとハンバーガー。事務所に戻っていながら、どうしてこんな食事なのだろう。
「パーティの席上、殺されたのじゃなかったのね」
「あれはデウィーバーの日本語のミス」
「それより、死亡推定時刻は? 聞き出せなかったの?」
「まさか。デウィーバー自身が警察から聞かされて知っていたよ。検死では午後一時から三時なんだそうだ。でも、午後二時半の時点で、娘のパーティに顔を見せていたから、二時半から三時までに絞り込めている」
「だったらもう、緑川千鶴子と友達三人は除外ね。撲殺ということは、死亡推定時刻に現場にいなきゃ、なし得ないんだから」
「警察もそう考えているようだ。だから、容疑者は残る十二人の中にいるはずだ。氏の奥さんか、娘か、片岡か、デウィーバーか、それとも娘のクラスメイト八人のいずれかか。もちろん、気持ちとしてはデウィーバーは真っ先に圏外に置きたいのだけれども」
「クラスメイト八人が犯人なんてことはあるの?」
 ぱたんと、ファイルが閉じられる音がした。ふと見れば、理恵子さんの視線がこちらを向いている。私は背筋を伸ばした。
「まずないだろう。と言うのも、知子も含めた彼女達九人は死亡推定時刻――つまりは犯行があったと思われる三十分間、ずっと一緒にいたそうなんだ。いや、それどころか午前十時にパーティが始まってから、どういう形にしろ一人きりにはなっていない。クラスメイト八人と知子は、お互いのアリバイを証言し合っている」
「トイレなんかは? ああ、そうか。二人以上、連れだっていってるのね?」
「ご名答。例外なく、複数でトイレに行っている」
 年齢層の違いこそあれ、女性にありがちな行為は同じらしい。察しがよくて助かる一方、妙に感心もしてしまう。
「共犯の可能性は?」
「可能性だけを論じれば、ゼロとはできない。だが、動機が皆無だ。知子に父親を殺す動機はないし、クラスメイト達はなおさらだ。そんな彼女達が協力して神取氏を殺すはずないねえ」
 かぶりついたハンバーガーから、レタスがはみ出た。そこからさらにソースが滴り落ちそうなので、慌てて口を持っていく。
「そろそろ私もお昼にしようかしら……。じゃあ、さらに容疑の範囲は絞れるわね。奥さんか片岡かデウィーバー氏。デウィーバー氏が犯人だったら、うちの儲けにならないから、二択の問題になるわ。奥さんか片岡の二人、どちらもアリバイがはっきりしていないんでしょう?」
 理恵子さんは手作りの弁当を机の上に置いた。やや子供っぽい柄の布包みをほどくと、実用第一みたいな平べったい容器が。おかずが豊富でご飯が少しという、いつもの配分のようだ。
「事件関係者でアリバイがないのは、デウィーバーを含めた三人。奥さんは料理の準備とかで一人、動き回っていたそうだけど、おかげでアリバイ証人がいない。片岡とデウィーバーは午後二時を頃合に、それぞれあてがわれた部屋に引き上げている」
「片岡は分かるけど、依頼者にも部屋が?」
 唐揚げを頬張っているのに、明瞭な声を保つ理恵子さん。
「翌日も休日だったせいで、泊まっていくように言われたらしいね。神取氏やその娘が、思い出話をしたがったというところだ」
「そう言えば……奥さんはオーストラリアまでついて行っていたの?」
「いや、神取氏の単身赴任。娘の知子が小学五年生のとき、父親に会いに行った際も、奥さんは残った」
「それでいて、夫婦仲はよかった? 本当かしら」
「さあ、そこまでは……。何にしろ、ここからはなかなか進まないんだ。とにかく、覆すべきはダイイングメッセージのD」
 空中に、指でDと書いてみた。デウィーバーの頭文字を意味するものでないことだけは確信しているのだが、他に何も思い浮かばない。
「血文字だったってことだね。頭を殴られ、そこから流れ出た血を使って書いたらしい。ただ、出血の度合いは大したことがなかったせいか、かすれ気味の文字だったそうだけど」
「その程度の傷で死ぬものなの?」
「致命傷となったのは中、つまり脳内出血による脳の圧迫並びに酸素の欠亡が起こったためだと聞いてる。表面上はまるで大したことのない傷でも、脳内が損傷していれば死に至る……」
「ふうん、そういうものかもね。――念のために聞いておくわ。十一人だったかしら、クラスメイトの中に、イニシャルがDの人はいないのね?」
「いなかった」
「奥さんの名前は?」
幸子さちこ。Dじゃないよ」
 先回りして言うと、少し不機嫌な表情を見せた理恵子さん。
「結局のとこ、イニシャルDの人物は、私達の依頼者の他、誰もいないのね」
「その通り。もちろん、八方ふさがりなわけでもないんだ。殺人犯人が偽装したこともあり得るから」
「血文字の場合、筆跡鑑定なんてできるのかしら?」
「無理だそうだ。そもそも、死ぬ間際に書かれた文字なんて、その人の筆跡と違っていても不自然じゃないしね」
 私は立ち上がり、平らげたファーストフードの空き容器をひとまとめにしてごみ箱に放り込もうとした。
「ああ、もう。そういうごみは裏のごみ箱に入れてよ」
「じゃあ、この部屋のごみ箱は何のためにあるんだい?」
「少なくとも、食事で出るごみを捨てるためにあるんじゃないのは確かね」
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