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助けたい気持ちが広がって
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「亡くなった方は、瀬戸口明さんとおっしゃいまして、銀行員の方です。年齢は三十代半ばで、あなたをひと目見て恋に落ちたそうです」
「え?」
「瀬戸口氏の家は、嫁ぎに来る女性に関しては厳しい条件を課す家柄で、瀬戸口氏も万全を期すために、あなたの身辺調査に着手したようです。元々、このお店を利用したときに、あなたの仕事ぶりを目の当たりにして、恋に落ちたと言っていました。ですから、普段の仕事ぶりは両親に対する有力な説得材料になるとお考えだったようです」
「ちょ、ちょっと話すのを待ってください」
私が願いすると、三沢さんは話を一時停止にしてくれた。
一度に入ってくる情報が多すぎる! しかも次から次へと思いも寄らぬことを言われて、私の内で消化しきれない。深呼吸して落ち着かなくては。
「――どうぞ、もう大丈夫です」
私が言うと、アイスティーを飲んでいた三沢さんは、グラスを元の位置に戻した。
「途中報告に出向いた折、瀬戸口氏は大変満足された様子でした。しかし、その五日後に交通事故に遭われてしまい、二日に及ぶ治療の後にお亡くなりになりました」
「……」
全く知らない人、少なくとも私の方では意識をしていなかった人のことなのに、やっぱり亡くなったという事実はとても重く、悲しい。
指先で目尻を拭って、続きを待った。
「遺言書にあったのは、もし調査の終了を待たずに、自分の身に何か起きたときは、あなたに想いを伝えて欲しい、あなたをこんな風に想っていた男がいたんだと知らせてもらいたいとの旨が記されていました。秋上さんにとっては知らないところで進んでいた話が、知らない間に止まったという、迷惑なだけかもしれませんが、私はお伝えするべきと考えました」
「いえ。ありがとうございます。とても……何て言えばいいんだろ、とにかくその方とお会いしたかったなって」
「秋上さんは意識されていなかったでしょうが、先にも述べました通り、瀬戸口氏はこの店を訪れています。普段の生活地との位置関係で、頻繁には来られなかったようですが、二度、利用されたそうです。二度目のとき、お客さんに急病の方が出て、騒ぎになったとか」
「あ」
思い当たる節がある。あのときだ。心臓を悪くされた方が出た。
「あのとき、きびきびと動くあなたを見て、初めてのときとは印象が異なるので、普段を知りたいと感じたみたいでした」
「そうだったんですね」
「余計なことを付け足しますと、好きになったのはあくまでも最初のときのあなただそうですよ」
「ふふ。二度目のときは、怖がらせてしまったのかな」
「そうそう、電話をするように頼まれて通報したけれども、大変な迫力だったとも言っていましたね」
「え。ということは」
思い出した。救急車を呼んでくれるようにお願いした相手の男性。ちょっとえらが張っていて、顔立ちは結構野性味があるのに、首から下は痩せ気味でひょとろっとした印象を受けたような。手助けしたいんだろうけど、何をしていいのか分からなくておろおろしていた。電話を頼んだあとは、随分しっかりしたように見えたっけ。
もしも私のあのときの行動が、瀬戸口明という人の背中を押したんだとしたら、とてもいいことだったと思う。瀬戸口さんにとっても、今の私にとっても。
「こちらからお話しできることは以上になります。何か質問はありませんか。答えられることでしたら答えますし、先方に伝えて欲しいことがあれば、言付かります」
「そう、ですね」
私は念のために考えてみた。というのも、少なくとも一つはお願いしたいことがすでに決まっていたから。
他にも思い付きそうな気がしたけれども、結局、全て後回しにすることにした。
「厚かましいかもしれませんが、一度、その方のお墓参りをさせてください」
「分かりました。確実にお伝えしておきます。返事は、僕からでかまいませんか。先方から直接ということも、場合によってはあるかもしれません」
「……三沢さんからで」
どちらでもよかったのだけれども、三沢さんとのつながりも残しておきたい気がした。
眼鏡の女性名について、結局何も説明してもらっていないんだもの。
第一話おわり
「え?」
「瀬戸口氏の家は、嫁ぎに来る女性に関しては厳しい条件を課す家柄で、瀬戸口氏も万全を期すために、あなたの身辺調査に着手したようです。元々、このお店を利用したときに、あなたの仕事ぶりを目の当たりにして、恋に落ちたと言っていました。ですから、普段の仕事ぶりは両親に対する有力な説得材料になるとお考えだったようです」
「ちょ、ちょっと話すのを待ってください」
私が願いすると、三沢さんは話を一時停止にしてくれた。
一度に入ってくる情報が多すぎる! しかも次から次へと思いも寄らぬことを言われて、私の内で消化しきれない。深呼吸して落ち着かなくては。
「――どうぞ、もう大丈夫です」
私が言うと、アイスティーを飲んでいた三沢さんは、グラスを元の位置に戻した。
「途中報告に出向いた折、瀬戸口氏は大変満足された様子でした。しかし、その五日後に交通事故に遭われてしまい、二日に及ぶ治療の後にお亡くなりになりました」
「……」
全く知らない人、少なくとも私の方では意識をしていなかった人のことなのに、やっぱり亡くなったという事実はとても重く、悲しい。
指先で目尻を拭って、続きを待った。
「遺言書にあったのは、もし調査の終了を待たずに、自分の身に何か起きたときは、あなたに想いを伝えて欲しい、あなたをこんな風に想っていた男がいたんだと知らせてもらいたいとの旨が記されていました。秋上さんにとっては知らないところで進んでいた話が、知らない間に止まったという、迷惑なだけかもしれませんが、私はお伝えするべきと考えました」
「いえ。ありがとうございます。とても……何て言えばいいんだろ、とにかくその方とお会いしたかったなって」
「秋上さんは意識されていなかったでしょうが、先にも述べました通り、瀬戸口氏はこの店を訪れています。普段の生活地との位置関係で、頻繁には来られなかったようですが、二度、利用されたそうです。二度目のとき、お客さんに急病の方が出て、騒ぎになったとか」
「あ」
思い当たる節がある。あのときだ。心臓を悪くされた方が出た。
「あのとき、きびきびと動くあなたを見て、初めてのときとは印象が異なるので、普段を知りたいと感じたみたいでした」
「そうだったんですね」
「余計なことを付け足しますと、好きになったのはあくまでも最初のときのあなただそうですよ」
「ふふ。二度目のときは、怖がらせてしまったのかな」
「そうそう、電話をするように頼まれて通報したけれども、大変な迫力だったとも言っていましたね」
「え。ということは」
思い出した。救急車を呼んでくれるようにお願いした相手の男性。ちょっとえらが張っていて、顔立ちは結構野性味があるのに、首から下は痩せ気味でひょとろっとした印象を受けたような。手助けしたいんだろうけど、何をしていいのか分からなくておろおろしていた。電話を頼んだあとは、随分しっかりしたように見えたっけ。
もしも私のあのときの行動が、瀬戸口明という人の背中を押したんだとしたら、とてもいいことだったと思う。瀬戸口さんにとっても、今の私にとっても。
「こちらからお話しできることは以上になります。何か質問はありませんか。答えられることでしたら答えますし、先方に伝えて欲しいことがあれば、言付かります」
「そう、ですね」
私は念のために考えてみた。というのも、少なくとも一つはお願いしたいことがすでに決まっていたから。
他にも思い付きそうな気がしたけれども、結局、全て後回しにすることにした。
「厚かましいかもしれませんが、一度、その方のお墓参りをさせてください」
「分かりました。確実にお伝えしておきます。返事は、僕からでかまいませんか。先方から直接ということも、場合によってはあるかもしれません」
「……三沢さんからで」
どちらでもよかったのだけれども、三沢さんとのつながりも残しておきたい気がした。
眼鏡の女性名について、結局何も説明してもらっていないんだもの。
第一話おわり
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