8 / 19
助けたい気持ちが広がって
しおりを挟む
「亡くなった方は、瀬戸口明さんとおっしゃいまして、銀行員の方です。年齢は三十代半ばで、あなたをひと目見て恋に落ちたそうです」
「え?」
「瀬戸口氏の家は、嫁ぎに来る女性に関しては厳しい条件を課す家柄で、瀬戸口氏も万全を期すために、あなたの身辺調査に着手したようです。元々、このお店を利用したときに、あなたの仕事ぶりを目の当たりにして、恋に落ちたと言っていました。ですから、普段の仕事ぶりは両親に対する有力な説得材料になるとお考えだったようです」
「ちょ、ちょっと話すのを待ってください」
私が願いすると、三沢さんは話を一時停止にしてくれた。
一度に入ってくる情報が多すぎる! しかも次から次へと思いも寄らぬことを言われて、私の内で消化しきれない。深呼吸して落ち着かなくては。
「――どうぞ、もう大丈夫です」
私が言うと、アイスティーを飲んでいた三沢さんは、グラスを元の位置に戻した。
「途中報告に出向いた折、瀬戸口氏は大変満足された様子でした。しかし、その五日後に交通事故に遭われてしまい、二日に及ぶ治療の後にお亡くなりになりました」
「……」
全く知らない人、少なくとも私の方では意識をしていなかった人のことなのに、やっぱり亡くなったという事実はとても重く、悲しい。
指先で目尻を拭って、続きを待った。
「遺言書にあったのは、もし調査の終了を待たずに、自分の身に何か起きたときは、あなたに想いを伝えて欲しい、あなたをこんな風に想っていた男がいたんだと知らせてもらいたいとの旨が記されていました。秋上さんにとっては知らないところで進んでいた話が、知らない間に止まったという、迷惑なだけかもしれませんが、私はお伝えするべきと考えました」
「いえ。ありがとうございます。とても……何て言えばいいんだろ、とにかくその方とお会いしたかったなって」
「秋上さんは意識されていなかったでしょうが、先にも述べました通り、瀬戸口氏はこの店を訪れています。普段の生活地との位置関係で、頻繁には来られなかったようですが、二度、利用されたそうです。二度目のとき、お客さんに急病の方が出て、騒ぎになったとか」
「あ」
思い当たる節がある。あのときだ。心臓を悪くされた方が出た。
「あのとき、きびきびと動くあなたを見て、初めてのときとは印象が異なるので、普段を知りたいと感じたみたいでした」
「そうだったんですね」
「余計なことを付け足しますと、好きになったのはあくまでも最初のときのあなただそうですよ」
「ふふ。二度目のときは、怖がらせてしまったのかな」
「そうそう、電話をするように頼まれて通報したけれども、大変な迫力だったとも言っていましたね」
「え。ということは」
思い出した。救急車を呼んでくれるようにお願いした相手の男性。ちょっとえらが張っていて、顔立ちは結構野性味があるのに、首から下は痩せ気味でひょとろっとした印象を受けたような。手助けしたいんだろうけど、何をしていいのか分からなくておろおろしていた。電話を頼んだあとは、随分しっかりしたように見えたっけ。
もしも私のあのときの行動が、瀬戸口明という人の背中を押したんだとしたら、とてもいいことだったと思う。瀬戸口さんにとっても、今の私にとっても。
「こちらからお話しできることは以上になります。何か質問はありませんか。答えられることでしたら答えますし、先方に伝えて欲しいことがあれば、言付かります」
「そう、ですね」
私は念のために考えてみた。というのも、少なくとも一つはお願いしたいことがすでに決まっていたから。
他にも思い付きそうな気がしたけれども、結局、全て後回しにすることにした。
「厚かましいかもしれませんが、一度、その方のお墓参りをさせてください」
「分かりました。確実にお伝えしておきます。返事は、僕からでかまいませんか。先方から直接ということも、場合によってはあるかもしれません」
「……三沢さんからで」
どちらでもよかったのだけれども、三沢さんとのつながりも残しておきたい気がした。
眼鏡の女性名について、結局何も説明してもらっていないんだもの。
第一話おわり
「え?」
「瀬戸口氏の家は、嫁ぎに来る女性に関しては厳しい条件を課す家柄で、瀬戸口氏も万全を期すために、あなたの身辺調査に着手したようです。元々、このお店を利用したときに、あなたの仕事ぶりを目の当たりにして、恋に落ちたと言っていました。ですから、普段の仕事ぶりは両親に対する有力な説得材料になるとお考えだったようです」
「ちょ、ちょっと話すのを待ってください」
私が願いすると、三沢さんは話を一時停止にしてくれた。
一度に入ってくる情報が多すぎる! しかも次から次へと思いも寄らぬことを言われて、私の内で消化しきれない。深呼吸して落ち着かなくては。
「――どうぞ、もう大丈夫です」
私が言うと、アイスティーを飲んでいた三沢さんは、グラスを元の位置に戻した。
「途中報告に出向いた折、瀬戸口氏は大変満足された様子でした。しかし、その五日後に交通事故に遭われてしまい、二日に及ぶ治療の後にお亡くなりになりました」
「……」
全く知らない人、少なくとも私の方では意識をしていなかった人のことなのに、やっぱり亡くなったという事実はとても重く、悲しい。
指先で目尻を拭って、続きを待った。
「遺言書にあったのは、もし調査の終了を待たずに、自分の身に何か起きたときは、あなたに想いを伝えて欲しい、あなたをこんな風に想っていた男がいたんだと知らせてもらいたいとの旨が記されていました。秋上さんにとっては知らないところで進んでいた話が、知らない間に止まったという、迷惑なだけかもしれませんが、私はお伝えするべきと考えました」
「いえ。ありがとうございます。とても……何て言えばいいんだろ、とにかくその方とお会いしたかったなって」
「秋上さんは意識されていなかったでしょうが、先にも述べました通り、瀬戸口氏はこの店を訪れています。普段の生活地との位置関係で、頻繁には来られなかったようですが、二度、利用されたそうです。二度目のとき、お客さんに急病の方が出て、騒ぎになったとか」
「あ」
思い当たる節がある。あのときだ。心臓を悪くされた方が出た。
「あのとき、きびきびと動くあなたを見て、初めてのときとは印象が異なるので、普段を知りたいと感じたみたいでした」
「そうだったんですね」
「余計なことを付け足しますと、好きになったのはあくまでも最初のときのあなただそうですよ」
「ふふ。二度目のときは、怖がらせてしまったのかな」
「そうそう、電話をするように頼まれて通報したけれども、大変な迫力だったとも言っていましたね」
「え。ということは」
思い出した。救急車を呼んでくれるようにお願いした相手の男性。ちょっとえらが張っていて、顔立ちは結構野性味があるのに、首から下は痩せ気味でひょとろっとした印象を受けたような。手助けしたいんだろうけど、何をしていいのか分からなくておろおろしていた。電話を頼んだあとは、随分しっかりしたように見えたっけ。
もしも私のあのときの行動が、瀬戸口明という人の背中を押したんだとしたら、とてもいいことだったと思う。瀬戸口さんにとっても、今の私にとっても。
「こちらからお話しできることは以上になります。何か質問はありませんか。答えられることでしたら答えますし、先方に伝えて欲しいことがあれば、言付かります」
「そう、ですね」
私は念のために考えてみた。というのも、少なくとも一つはお願いしたいことがすでに決まっていたから。
他にも思い付きそうな気がしたけれども、結局、全て後回しにすることにした。
「厚かましいかもしれませんが、一度、その方のお墓参りをさせてください」
「分かりました。確実にお伝えしておきます。返事は、僕からでかまいませんか。先方から直接ということも、場合によってはあるかもしれません」
「……三沢さんからで」
どちらでもよかったのだけれども、三沢さんとのつながりも残しておきたい気がした。
眼鏡の女性名について、結局何も説明してもらっていないんだもの。
第一話おわり
0
あなたにおすすめの小説
サウンド&サイレンス
崎田毅駿
青春
女子小学生の倉越正美は勉強も運動もでき、いわゆる“優等生”で“いい子”。特に音楽が好き。あるとき音楽の歌のテストを翌日に控え、自宅で練習を重ねていたが、風邪をひきかけなのか喉の調子が悪い。ふと、「喉は一週間あれば治るはず。明日、先生が交通事故にでも遭ってテストが延期されないかな」なんてことを願ったが、すぐに打ち消した。翌朝、登校してしばらくすると、先生が出勤途中、事故に遭ったことがクラスに伝えられる。「昨日、私があんなことを願ったせい?」まさかと思いならがらも、自分のせいだという考えが頭から離れなくなった正美は、心理的ショックからか、声を出せなくなった――。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
観察者たち
崎田毅駿
ライト文芸
夏休みの半ば、中学一年生の女子・盛川真麻が行方不明となり、やがて遺体となって発見される。程なくして、彼女が直近に電話していた、幼馴染みで同じ学校の同級生男子・保志朝郎もまた行方が分からなくなっていることが判明。一体何が起こったのか?
――事件からおよそ二年が経過し、探偵の流次郎のもとを一人の男性が訪ねる。盛川真麻の父親だった。彼の依頼は、子供に浴びせられた誹謗中傷をどうにかして晴らして欲しい、というものだった。
籠の鳥はそれでも鳴き続ける
崎田毅駿
ミステリー
あまり流行っているとは言えない、熱心でもない探偵・相原克のもとを、珍しく依頼人が訪れた。きっちりした身なりのその男は長辺と名乗り、芸能事務所でタレントのマネージャーをやっているという。依頼内容は、お抱えタレントの一人でアイドル・杠葉達也の警護。「芸能の仕事から身を退かねば命の保証はしない」との脅迫文が繰り返し送り付けられ、念のための措置らしい。引き受けた相原は比較的楽な仕事だと思っていたが、そんな彼を嘲笑うかのように杠葉の身辺に危機が迫る。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
神の威を借る狐
崎田毅駿
ライト文芸
大学一年の春、“僕”と桜は出逢った。少しずつステップを上がって、やがて結ばれる、それは運命だと思っていたが、親や親戚からは結婚を強く反対されてしまう。やむを得ず、駆け落ちのような形を取ったが、後悔はなかった。そうして暮らしが安定してきた頃、自分達の子供がほしいとの思いが高まり、僕らはお医者さんを訪ねた。そうする必要があった。
江戸の検屍ばか
崎田毅駿
歴史・時代
江戸時代半ばに、中国から日本に一冊の法医学書が入って来た。『無冤録述』と訳題の付いたその書物の知識・知見に、奉行所同心の堀馬佐鹿は魅了され、瞬く間に身に付けた。今や江戸で一、二を争う検屍の名手として、その名前から検屍馬鹿と言われるほど。そんな堀馬は人の死が絡む事件をいかにして解き明かしていくのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる