3 / 10
3.警護対象と初顔合わせ
しおりを挟む
「ほう」
事務所以外にも来ていたのか。それを早く聞きたかった。
「事務所の住所はともかく、杠葉達也の住所を知る者は少ないはずですね?」
「はい。外部、つまりは一般ファンに漏れ出ぬように努めています」
「だったら、かなり絞りやすい。脅迫状を出したのは、タレントの住所を知っている者。しかも、何度も足を運んでいることから割に近くに住んでいる可能性が強い」
「ああ、なるほど」
呆れたことに、長辺を初めとする芸能プロの人間はこんなことにも気付いていなかったようだ。俺をおだてるために、わざと感心したのでもなさそうである。ある程度、切れ者じゃないと芸能界は渡れないんだと思っていたが、馬鹿なタレント――バカタレのお守りをして頭の回転が鈍くなることも往々にしてあるのだろうか。
「よし、この状況なら一人の力でもどうにかなりそうだ。引き受けますよ」
「ありがとうございます。いえね、引き受けてもらえなかったら、どうしようかと思っていたんですよ。こっちは事務所の秘密を喋ってしまったもんですから、それをネタにどうにかされるんじゃないかと」
「依頼されるからには信用していただきたいですねえ。そんな脅迫の材料として、依頼人の秘密を漏らすなんてことはしない」
「ええ、もちろん、信じますとも」
と言ってから、彼は時計を見た。かと思ったら、すぐに立ち上がる。
「時間がなくなったので、ここで失礼をします。明日、正式に依頼に参ります。そのときはまた、よろしくお願いします」
そうして、長辺は出て行った。
野郎のボディガードなんてするもんじゃない。俺は最初の一日を終えて、そう痛感した。
今朝、引き合わされた杠葉達也は、いけ好かない奴だった。
「はぁ、あなたが探偵?」
寝ぼけ眼をこすりながら発した、これが挨拶だ。どのぐらい忙しいのか知らんが、こちらはきちんと挨拶した。どういうしつけをされてきたんだ。
「で、僕のこと、護ってくれるの? まあ、しっかり頼みます」
変になよなよした手つきをしながら、杠葉は笑った。朝っぱらから、「あはははは」と鼓膜を無闇に刺激し、頭に響く脳天気な声だ。
急速にやる気が失せた。こいつなら、別に死んでもいいと一瞬だが思ったぐらいだ。だが、それはプライドが許さん。引き受けたからには意地でもうまくやってやる。いや、そもそもだ、こいつの命を狙っている輩が本当にいるとは信じていない。いつまで護ればいいのか具体的には決めてないが、比較的楽な仕事だろうな。精神的には分からんが、肉体的には楽だ。
とにかく、俺は今朝から杠葉について回った。ちなみに俺自身の格好は、マネージャーっぽく見えるよう、スーツに薄茶色のサングラスという出で立ちにしてみた。似たような連中が山と出入りしており、さほど目立たない。
車に乗り込むと、いきなり長辺が始めた。
「まず、**ラジオに生で。次に**放送のクイズ番組『ゴールデンボンバー』の録画。レコード会社の人と昼食を兼ねた打ち合わせをしてから、**テレビのバラエティ――」
この後もマネージャー氏の演説は続いた。俺は聞き流すことに決めた。目をつぶって適当にふんふんとうなずいておけば、頭にたたき込んでいるように見えよう。
やがてぱたんと手帳の閉じられる音。やっとスケジュール発表の終わりだ。
「**テレビ関係は、まず大丈夫だと思うんです。ここはさる事件があったおかげで、局への出入りチェックを厳しくしたのでね。まず、不審な人物は入れません」
「テレビ局ってのは、一般に人の出入りには厳しい監視の目があると思ってたんだが……」
口を差し挟む。これは、俺の正直な感想だ。
「いや、もちろん厳しいですよ。その中で、**テレビは特に厳しいんです」
「だったら、テレビ局で襲われることはないと見ていいんじゃないかな」
「そう信じたいんですがね。物理的な手段でうったえてくるかどうか、分からんでしょう」
「……毒、ということで?」
「有り得ると思うんです。局の食堂職員あるいは清掃婦にでもなりすまして入られたら、お手上げです」
「ふむ。ラジオ局の方は?」
「これも実はテレビ局と似たり寄ったりで厳しいですね」
「つまるところ、危険性は同じってことだ」
俺は冷やかすように言ってやった。
杠葉の奴は少しでも眠りたいらしく、車がスタートしてからずっと、目を閉じたままだ。
結局、今日一日は何事もなく過ぎた。そして一つの発見があった。
テレビ局でもどこでもいいが、車から降りるとき、寄ってくる連中がいる。もちろん、杠葉達也目当ての、いわゆる追っかけなのだろうが、これが俺の神経を過敏にさせる。ファンを装って杠葉の命を狙いに来られたんでは、とてもじゃないが、対応しきれない。
何とかできないかと長辺に言ってみたが、だめだった。
「ファンを邪険に扱ったら、いっぺんに人気が落ちてしまいますよ。あいつはちょっと人気が出たと思ってお高くとまりやがって、とね」
こう言って、長辺は愉快そうに含み笑いをしたものだった。まったく、おかしなもんだ。人気落とさずに命を落としてもいいってか。
事務所以外にも来ていたのか。それを早く聞きたかった。
「事務所の住所はともかく、杠葉達也の住所を知る者は少ないはずですね?」
「はい。外部、つまりは一般ファンに漏れ出ぬように努めています」
「だったら、かなり絞りやすい。脅迫状を出したのは、タレントの住所を知っている者。しかも、何度も足を運んでいることから割に近くに住んでいる可能性が強い」
「ああ、なるほど」
呆れたことに、長辺を初めとする芸能プロの人間はこんなことにも気付いていなかったようだ。俺をおだてるために、わざと感心したのでもなさそうである。ある程度、切れ者じゃないと芸能界は渡れないんだと思っていたが、馬鹿なタレント――バカタレのお守りをして頭の回転が鈍くなることも往々にしてあるのだろうか。
「よし、この状況なら一人の力でもどうにかなりそうだ。引き受けますよ」
「ありがとうございます。いえね、引き受けてもらえなかったら、どうしようかと思っていたんですよ。こっちは事務所の秘密を喋ってしまったもんですから、それをネタにどうにかされるんじゃないかと」
「依頼されるからには信用していただきたいですねえ。そんな脅迫の材料として、依頼人の秘密を漏らすなんてことはしない」
「ええ、もちろん、信じますとも」
と言ってから、彼は時計を見た。かと思ったら、すぐに立ち上がる。
「時間がなくなったので、ここで失礼をします。明日、正式に依頼に参ります。そのときはまた、よろしくお願いします」
そうして、長辺は出て行った。
野郎のボディガードなんてするもんじゃない。俺は最初の一日を終えて、そう痛感した。
今朝、引き合わされた杠葉達也は、いけ好かない奴だった。
「はぁ、あなたが探偵?」
寝ぼけ眼をこすりながら発した、これが挨拶だ。どのぐらい忙しいのか知らんが、こちらはきちんと挨拶した。どういうしつけをされてきたんだ。
「で、僕のこと、護ってくれるの? まあ、しっかり頼みます」
変になよなよした手つきをしながら、杠葉は笑った。朝っぱらから、「あはははは」と鼓膜を無闇に刺激し、頭に響く脳天気な声だ。
急速にやる気が失せた。こいつなら、別に死んでもいいと一瞬だが思ったぐらいだ。だが、それはプライドが許さん。引き受けたからには意地でもうまくやってやる。いや、そもそもだ、こいつの命を狙っている輩が本当にいるとは信じていない。いつまで護ればいいのか具体的には決めてないが、比較的楽な仕事だろうな。精神的には分からんが、肉体的には楽だ。
とにかく、俺は今朝から杠葉について回った。ちなみに俺自身の格好は、マネージャーっぽく見えるよう、スーツに薄茶色のサングラスという出で立ちにしてみた。似たような連中が山と出入りしており、さほど目立たない。
車に乗り込むと、いきなり長辺が始めた。
「まず、**ラジオに生で。次に**放送のクイズ番組『ゴールデンボンバー』の録画。レコード会社の人と昼食を兼ねた打ち合わせをしてから、**テレビのバラエティ――」
この後もマネージャー氏の演説は続いた。俺は聞き流すことに決めた。目をつぶって適当にふんふんとうなずいておけば、頭にたたき込んでいるように見えよう。
やがてぱたんと手帳の閉じられる音。やっとスケジュール発表の終わりだ。
「**テレビ関係は、まず大丈夫だと思うんです。ここはさる事件があったおかげで、局への出入りチェックを厳しくしたのでね。まず、不審な人物は入れません」
「テレビ局ってのは、一般に人の出入りには厳しい監視の目があると思ってたんだが……」
口を差し挟む。これは、俺の正直な感想だ。
「いや、もちろん厳しいですよ。その中で、**テレビは特に厳しいんです」
「だったら、テレビ局で襲われることはないと見ていいんじゃないかな」
「そう信じたいんですがね。物理的な手段でうったえてくるかどうか、分からんでしょう」
「……毒、ということで?」
「有り得ると思うんです。局の食堂職員あるいは清掃婦にでもなりすまして入られたら、お手上げです」
「ふむ。ラジオ局の方は?」
「これも実はテレビ局と似たり寄ったりで厳しいですね」
「つまるところ、危険性は同じってことだ」
俺は冷やかすように言ってやった。
杠葉の奴は少しでも眠りたいらしく、車がスタートしてからずっと、目を閉じたままだ。
結局、今日一日は何事もなく過ぎた。そして一つの発見があった。
テレビ局でもどこでもいいが、車から降りるとき、寄ってくる連中がいる。もちろん、杠葉達也目当ての、いわゆる追っかけなのだろうが、これが俺の神経を過敏にさせる。ファンを装って杠葉の命を狙いに来られたんでは、とてもじゃないが、対応しきれない。
何とかできないかと長辺に言ってみたが、だめだった。
「ファンを邪険に扱ったら、いっぺんに人気が落ちてしまいますよ。あいつはちょっと人気が出たと思ってお高くとまりやがって、とね」
こう言って、長辺は愉快そうに含み笑いをしたものだった。まったく、おかしなもんだ。人気落とさずに命を落としてもいいってか。
1
あなたにおすすめの小説
サウンド&サイレンス
崎田毅駿
青春
女子小学生の倉越正美は勉強も運動もでき、いわゆる“優等生”で“いい子”。特に音楽が好き。あるとき音楽の歌のテストを翌日に控え、自宅で練習を重ねていたが、風邪をひきかけなのか喉の調子が悪い。ふと、「喉は一週間あれば治るはず。明日、先生が交通事故にでも遭ってテストが延期されないかな」なんてことを願ったが、すぐに打ち消した。翌朝、登校してしばらくすると、先生が出勤途中、事故に遭ったことがクラスに伝えられる。「昨日、私があんなことを願ったせい?」まさかと思いならがらも、自分のせいだという考えが頭から離れなくなった正美は、心理的ショックからか、声を出せなくなった――。
観察者たち
崎田毅駿
ライト文芸
夏休みの半ば、中学一年生の女子・盛川真麻が行方不明となり、やがて遺体となって発見される。程なくして、彼女が直近に電話していた、幼馴染みで同じ学校の同級生男子・保志朝郎もまた行方が分からなくなっていることが判明。一体何が起こったのか?
――事件からおよそ二年が経過し、探偵の流次郎のもとを一人の男性が訪ねる。盛川真麻の父親だった。彼の依頼は、子供に浴びせられた誹謗中傷をどうにかして晴らして欲しい、というものだった。
扉の向こうは不思議な世界
崎田毅駿
ミステリー
小学校の同窓会が初めて開かれ、出席した菱川光莉。久しぶりの再会に旧交を温めていると、遅れてきた最後の一人が姿を見せる。ところが、菱川はその人物のことが全く思い出せなかった。他のみんなは分かっているのに、自分だけが知らない、記憶にないなんて?
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
江戸の検屍ばか
崎田毅駿
歴史・時代
江戸時代半ばに、中国から日本に一冊の法医学書が入って来た。『無冤録述』と訳題の付いたその書物の知識・知見に、奉行所同心の堀馬佐鹿は魅了され、瞬く間に身に付けた。今や江戸で一、二を争う検屍の名手として、その名前から検屍馬鹿と言われるほど。そんな堀馬は人の死が絡む事件をいかにして解き明かしていくのか。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる