コフィン・ウォーカー:疫病と棺桶

崎田毅駿

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 それは不気味な光景であった――。
 空の真ん中を、半分の月が行く頃。少年は、家に帰る途中だった。少しでも早く帰るに越したことはない。近道をするため、月明かりだけを頼りに、肩の高さほどもある草むらを横切って行く。ここを通れば、地面のぬかるみに靴を汚しかねないものの、とにかく家に早く着くことはできる。
 少年は十才。その年齢にしては、かなりの大人びた面を持っていると言えた。しっかりした子だと、大人達から言われる。学校では成績優秀で通り、両親から期待をかけられ続けてきたためかもしれない。
 そんな少年でも、暗がりは怖い。単に暗いだけで何もないんだ、光が差していないだけなんだとは分かっていても、しんと静まり返った中、暗い夜道を行くには、ちょっとした勇気を必要とした。何度も経験しているのだから、もう平気さと強がってみても、いざ、闇に囲まれると、また怖さがこみ上げて来る。やはり、闇は恐怖なのだ。
 確かに、今日は月明かりが強い方だ。しかし、家に戻る途中には、常に闇をまとう領域があった。巨大な広葉樹が連なるように生え、日中でさえほとんど明かりの差し込まぬ空間。子供達は、そこを『大こうもりの口』と呼んでいる。
 草むらを抜け、いよいよ、『大こうもりの口』に入る。少年の背中から、月明かりがわずかに道を照らしてくれていたが、それも進むにつれ、徐々に弱くなり、とうとう真っ暗になってしまった。
 見上げてみたが、少年の頭上には、木の葉が分厚い屋根を作っているだけで、光は臨めない。
 視線を元に戻したとき、少年の意識の内に囁きかけるものがあった。もうすぐ、この暗がりを抜け出せる地点まで来ている。が、まだ、闇の中に何かがあったとしても、とても見つけられない。
 だけれども、少年の心の視界に、何か普通でないものが映った。そのように、少年は感じ取っていた。
「!」
 闇に対する恐怖心から、そのものが何か分からないまま、少年は声にならない声を上げてしまっている。
 どうにか落ち着くと、少年は目を凝らした。足を止め、目の前の影の正体を突き止めようとする。闇へ焦点を合わせるのは、なかなか難しかった。
 と、そのとき、不意に物音がした。
――ズル! ズル!
 断続的に、低い、何かを引きずるような物音がする。少年は何かしら、危険を感じ、身を屈めた。本当は物陰にでも隠れたかったのだが、あいにくと、隠れられるような茂みまでは距離がある。
 ズルっという音をまた一つ立てながら、そいつは姿を現した。いや、少年の目がようやく闇に慣れ、輪郭を捉えたと言うべきだろうか。
 そいつは濡れたような肌をしていた。光がほとんどないのではっきりしないが、銀色にぬらぬらしている印象だ。それでいて、どことなく、金属製の人形のように見えなくもない。
 表情ははっきりしない。のっぺらぼうのようにも思える。
 そいつの手はしっかりと握りしめられていた。両の拳は胸の辺りで重ねられている。荒縄状の物を握っているらしかった。縄そのものは目で確認できないのだが、そいつの左肩がわずかにへこんでいるように見え、そう想像される。
 さらに、そこに荒縄が存在している証拠として、そいつの後ろには縦長の大きな箱がついて来ている。少年がもう少し、雑学を持っていれば、その箱が棺桶状であると分かっただろう。この箱を引っ張るために、そいつは縄を握っているのだろう。少年は、そのように想像した。
 よく耳を澄ますと、ころころという音も聞こえた。箱の底に小さな車輪が付いているらしかったが、あまり役には立っていないようだ。ずるずると引きずる音の方が、遥かに大きい。
 少年は、とにかく見つかってはいけないと直感し、そのまま息を殺していた。見つかったら……どうなるんだろう?
 幸いにも、そいつはそのまま、闇の中に消えてしまい、音もやがて聞こえなくなった。
 それでも少年は、しばらくはそのままの格好でいたが、ある程度の時間が経過すると、今しかないと決心し、一目散にかけ出して行った。
 ――それは不思議で不気味な光景だった。
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