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部屋の中は、うめき声と異臭で満ちていた。
横たわっている者は、誰もが額に汗している。見ただけで、相当の熱があると分かる。
中には汗を浮かべていない者もいた。それもそのはず、死んでいるのだ。その死が確認された順に、運び出されていく。空いた寝台には、新たな患者が横たえられる。絶え間ない、繰り返しの作業。
患者への治療らしい治療は、施されていないと言っていい。濡れ手拭いを額に当て、熱を下げる努力をするだけ。無論、こんなことで治癒するはずもない。かと言って、他に有効な治療法は見つかっていなかった。
「がぁっ!」
患者の一人が、激しい音を立てた。慌てて近寄る看護婦。
せき込み続ける患者の口からは、大量の血が吐き出されていた。
「せ、先生!」
医師の姿を探すため、看護婦は振り返った。医師は別の患者を診ているらしかった。その患者の胸を、指でしきりに叩いている。
「先生! こちらの患者さんが」
「分かってる! くそっ、こちらもだめか」
あきらめたように吐き捨てると、医師はところ狭しと並べられた寝台の間を縫い、看護婦の方へと走ってきた。
「窒息しないようにはしたか」
「はい」
看護婦の持つ金だらいに、赤黒い血の塊があった。
「よし」
と言ったきり、医師はしばらく、手をこまねいている。治療法がないのだ、それも当然かもしれない。
「先生、指示を……」
「ああ、分かっている。が、どうすればいいんだ。熱冷まし、汚血の抜き取り、薬草、お香……考えられることは尽くしたんだ! 遺体を開いてみても、原因がつかめない。他に何が……」
「生きている内に、身体を開くのが有効な場合もあると、レンフロー博士が」
「ぽっと出の研究者に、何が分かるものか!」
怒ったような叫び声。
「息のある者を傷つけて、いいはずがない! 切った跡を縫い合わせるなんて、言語道断もはなはだしい。人間はぬいぐるみじゃないんだ」
「で、ですが」
看護婦は説得を試みる。
「他に方法がなければ、やってみる価値はあるのではないでしょうか……」
「死にそうな患者で、実験をしろと言うのかね」
「実験じゃありません。確かに、これが有効かどうか、私も半信半疑です。だけど、これまでの治療が全て無効なんだから……」
「患部が分かっていればの話だ」
ぴしゃりと医師。
「病気の原因となる患部が分かっていて、それを切除することに有効性が認められてるとは、私も耳にしている。だが、このエイカ病で患者が死ぬ原因となる患部は、分かっていないんだ。遺体を切り開いても、内臓表面が出血しているだけで、他に何の痕跡も現れていない」
「死んでからでは遅いということも、あり得るんじゃないでしょうか……?」
看護婦は、差し出がましいと思いつつ、おずおずと意見した。
「何?」
片方の眉を上げる医師。
「で、ですから、死んでしまったときは、エイカ病を起こす原因の『何か』も、消滅してしまうとか……。生きている患者を開けば、その原因がつかめるかもしれないんじゃないかと……」
「ふん」
鼻を鳴らした医師は、患者へ目をやった。血を吐いた患者は、ぜーぜーと苦しげな呼吸を続けている。恐らく、医師と看護婦の会話も、耳に届いてはいないであろう。
「……面白い意見かもしれん。だが、ここには設備がない。生きている人間を解剖した経験も、私にはないしな」
看護婦は一瞬、落胆した。しかし、目の前の医師の顔つきを見て、少し、希望を取り戻した。
「私は今、できる範囲で、最善を尽くそう。君は、生者解剖の経験のある医師を見つけ、連れて来るんだ」
「え?」
「レンフロー博士に連絡を取る。馬車の用意を」
「はっ、はい!」
看護婦は慌てて立ち上がると、弾かれたように飛び出した。
横たわっている者は、誰もが額に汗している。見ただけで、相当の熱があると分かる。
中には汗を浮かべていない者もいた。それもそのはず、死んでいるのだ。その死が確認された順に、運び出されていく。空いた寝台には、新たな患者が横たえられる。絶え間ない、繰り返しの作業。
患者への治療らしい治療は、施されていないと言っていい。濡れ手拭いを額に当て、熱を下げる努力をするだけ。無論、こんなことで治癒するはずもない。かと言って、他に有効な治療法は見つかっていなかった。
「がぁっ!」
患者の一人が、激しい音を立てた。慌てて近寄る看護婦。
せき込み続ける患者の口からは、大量の血が吐き出されていた。
「せ、先生!」
医師の姿を探すため、看護婦は振り返った。医師は別の患者を診ているらしかった。その患者の胸を、指でしきりに叩いている。
「先生! こちらの患者さんが」
「分かってる! くそっ、こちらもだめか」
あきらめたように吐き捨てると、医師はところ狭しと並べられた寝台の間を縫い、看護婦の方へと走ってきた。
「窒息しないようにはしたか」
「はい」
看護婦の持つ金だらいに、赤黒い血の塊があった。
「よし」
と言ったきり、医師はしばらく、手をこまねいている。治療法がないのだ、それも当然かもしれない。
「先生、指示を……」
「ああ、分かっている。が、どうすればいいんだ。熱冷まし、汚血の抜き取り、薬草、お香……考えられることは尽くしたんだ! 遺体を開いてみても、原因がつかめない。他に何が……」
「生きている内に、身体を開くのが有効な場合もあると、レンフロー博士が」
「ぽっと出の研究者に、何が分かるものか!」
怒ったような叫び声。
「息のある者を傷つけて、いいはずがない! 切った跡を縫い合わせるなんて、言語道断もはなはだしい。人間はぬいぐるみじゃないんだ」
「で、ですが」
看護婦は説得を試みる。
「他に方法がなければ、やってみる価値はあるのではないでしょうか……」
「死にそうな患者で、実験をしろと言うのかね」
「実験じゃありません。確かに、これが有効かどうか、私も半信半疑です。だけど、これまでの治療が全て無効なんだから……」
「患部が分かっていればの話だ」
ぴしゃりと医師。
「病気の原因となる患部が分かっていて、それを切除することに有効性が認められてるとは、私も耳にしている。だが、このエイカ病で患者が死ぬ原因となる患部は、分かっていないんだ。遺体を切り開いても、内臓表面が出血しているだけで、他に何の痕跡も現れていない」
「死んでからでは遅いということも、あり得るんじゃないでしょうか……?」
看護婦は、差し出がましいと思いつつ、おずおずと意見した。
「何?」
片方の眉を上げる医師。
「で、ですから、死んでしまったときは、エイカ病を起こす原因の『何か』も、消滅してしまうとか……。生きている患者を開けば、その原因がつかめるかもしれないんじゃないかと……」
「ふん」
鼻を鳴らした医師は、患者へ目をやった。血を吐いた患者は、ぜーぜーと苦しげな呼吸を続けている。恐らく、医師と看護婦の会話も、耳に届いてはいないであろう。
「……面白い意見かもしれん。だが、ここには設備がない。生きている人間を解剖した経験も、私にはないしな」
看護婦は一瞬、落胆した。しかし、目の前の医師の顔つきを見て、少し、希望を取り戻した。
「私は今、できる範囲で、最善を尽くそう。君は、生者解剖の経験のある医師を見つけ、連れて来るんだ」
「え?」
「レンフロー博士に連絡を取る。馬車の用意を」
「はっ、はい!」
看護婦は慌てて立ち上がると、弾かれたように飛び出した。
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