コフィン・ウォーカー:疫病と棺桶

崎田毅駿

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 目を覚ましたヒューゴ。朝日が射るように差し込んできている。気怠さを感じながら、身体を起こした。
「あら、起きた? 起き抜けには、あまりいい知らせじゃないんだけど」
 珍しく、妻のサブリナが、朝の挨拶もなしに話し始めた。
「何だ?」
「保安官のチャーリーさん、亡くなったんですって」
「えっ――」
 絶句したまま、ヒューゴは一気に立ち上がった。目もすっかり覚める。食卓の方へ近付きながら、聞いてみる。
「な、何で……」
「働き過ぎみたいよ」
 振り返ったサブリナは、くすりと笑った。
「あ、不謹慎ね。でも、のんびりしたあのチャーリーさんが、働き過ぎで亡くなるなんて……」
「働き過ぎ?」
 とりあえず、内心、胸をなで下ろす。
「お気の毒だが……どうして、その知らせがうちに?」
「あら、あなた、チャーリーさんに相談を持ち込んでたんでしょ? 学校のことで。手帳にその旨が記してあったみたい。関係者の人が気にしてくれて、いち早く伝えてくれたのよ」
「あ、ああ。そうか、なるほどな」
「一応、校長先生とも話を通しておかなくちゃ。ね?」
「分かってるよ」
 そのあと、朝食を終えたヒューゴは、妻の言葉に従って、早速、校長の家に出向こうと決めた。休日が潰れるのも、やむを得まい。
 と言っても、急ぐ必要はない。歩いて、ゆっくり行く。
 やがて、校長の家が視界に入った。校長という職にしては、こじんまりとした家だ。ここへ来ると、いつもそう思うヒューゴだった。出世しても大したことないなあ、と暗い気持ちになってしまう。
「こんにちは。ヒューゴです」
 戸口のところでそう挨拶すると、やや間を置いて反応があった。ぱたぱたと出てきたのは校長夫人で、用件を伝えると、すぐに上げてもらえた。
 書斎に通されたヒューゴは、校長の顔を見て、まずは挨拶。それから。
「その絆創膏は」
「ああ、これかね」
 右頬の白い絆創膏に手をやりながら、校長は苦虫を噛み潰したような表情をする。
「今朝、髭を剃っておって、失敗したんだよ。忌々しい。ま、今日が休みでよかった」
「休日の朝ぐらい、のんびりなさればいいでしょうに」
「それよりも、ヒューゴ先生。何やら大変なことになっておるようだね」
「大変なこととは?」
 いきなりの問いかけに、戸惑うヒューゴ。
「知らないのかね? 奇病の患者が、ついに、この市にも出たそうじゃないか」
「こ、校長、ご存知だったんですか?」
 驚くヒューゴ。奇病の件は、他言無用ではなかったのか?
「知っとるよ。それなりに、各方面へのつながりはあるつもりだからねえ。それより、君こそ知っているものだとばかり思って、話したんだが……」
「い、いえ。知っています。あの、私が知っていると、どうして思われたんでしょうか?」
「倒れる間際に、チャーリー保安官が言ったそうじゃないか。『内密の奇病のことを、ヒューゴに話した』と。自分が危ないと思って、こんな些末なことまで打ち明けるとは、律儀な男だ」
 半分感心、半分皮肉るように、校長は言った。
「保安官の死因、奇病じゃないんでしょうね?」
「ああ? そうだろ。過労だと聞いておる」
 校長の言葉に、ヒューゴは心中、深く安堵した。
「現在、奇病で死んだのは、カナじいさん一人ですか?」
「そう聞いておるよ。なあに、遺体の始末は、手早くなされたようだから、大丈夫だ。これからは、訪れる者を厳しく検査する。これで防げるはずだ。市長の筋から、そう聞いている」
「はあ」
 さらに安心できたところで、ヒューゴは本来の目的を思い出した。
「そうだ、その保安官が亡くなったことに関連してですね。怪人物目撃の件が宙に浮いてしまった形になって」
「おお、そうだったな。分かった。新しい保安官が任務に就くまで待っても、かまわないんじゃないかね?」
「んー、どうでしょう。幸い、あれ以来、目撃したという話は聞いてません。と言っても、わずか三日しか経っていない訳ですが」
「任せますよ」
 急に話し方が丁寧になる校長。自分は関係ないという意志表示だ。
「今は怪人物よりも、奇病です。児童が奇病に感染してご覧なさい。大騒ぎになりますよ。親から突き上げは来るわ、学校は閉鎖されるかもしれないわ、そりゃあ、大変です」
「要するに、うっちゃっておけと」
「そこまでは」
 校長は、曖昧に首を振った。
「まあ、危ない場所に児童が行って、怪我でもしたら、また面倒ですから。そんな事態にならないよう、適当にやってください、ヒューゴ先生」
「分かりました」
 しょうがないなと思いつつ、ヒューゴは承知した。
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