コフィン・ウォーカー:疫病と棺桶

崎田毅駿

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 ヒューゴの家に、校長が死亡したとの連絡が入ったのは、夕食後であった。そして、妻のサブリナには何も告げず、ヒューゴは家を出た。
 いや、置き手紙という形で、一言だけ、ヒューゴは妻に言葉を残していた。「医者に診てもらえ」と。

 月も星も雲に覆われた夜空の下――。
 往来に、異形の者が現れた。銀色に濡れた表面を持ったその者は、ずるずるずると、重たい物を引きずる音を立てながら、無表情に道を進む。
 言うまでもなかろう。この者こそ、デウィーバー少年の目撃した怪人。どこに姿を隠していたのか、およそ十日ぶりに現れた。今度は町中に、はっきりとその姿を示して。
「もうすぐ……だ」
 怪人の口から声が漏れた。案に反して、苦しそうな声。怪人が引きずる棺桶が、それほど重たいのか。
「もうすぐ……全てが終わる」
 そう言うと、再び怪人は、黙々と歩み続けるのみ。
 闇の静寂を、棺桶を引きずる音が破っていった。

 市長は、抱えていた頭を上げた。
「奇病を治せる、だと?」
 とても信じられないという目で、知らせを持って来た者に視線を送る。
「はい、一定の金貨をいただけるのならという条件付きで、そう申しておりますが」
「誰だ? どこかの高名な医者かね?」
「いえ、それが……」
 言い淀む相手に、手振りで先を促す。
「何と言いますか……非常に怪しい風体の男なのです。長旅をしてきたらしく、薄汚れております。が、着ている物はなかなかきれいで、銀色の衣をまとい、棺桶のような物を引きずっておりまして。その中身を調べようとしたところ、相手は激しい拒絶を見せまして。結局、中が何なのか、確かめられませんでした」
「この市の者なのか?」
「いえ、違うようです。それどころから、この国の者でもないかもしれません。と言いますのも、話す言葉がたどたどしく、時折、私が耳にしたことのないような単語が飛び込んでくるのです。何とか、名前がエイカーだということだけ、分かっていますが」
「ふうむ」
 うなる市長。
「奇病の正式名は確かエイカ……ほぼ同じ名前とは不吉な気もするが……。今、その者はどこに?」
「役場の前におります。役場から先ほど、連絡がありまして、どう対処していいのかと、困惑している次第……」
「いかがわしいな。聞けば聞くほど、怪しい。金だけ持って、逃げる魂胆じゃないか?」
「さあ……。別に、前払いしろとは言っていないようですが」
 答える報告者の顔は、苦笑している。
「ふむ。しかし、何だな。いくら困っておっても、そんな輩に病人を預ける訳にはいかんよ。そいつ、役場で何かしているのだろうか」
「いえ、現在は、ただ座り込んでいるだけのはずです」
「そうか……。今のところは、放っておけ。何日も居座るようだと、追い払うことも考えねばならんだろうが」
 断を下す市長。彼は、部屋を出て行こうとする男に、声をかけた。
「ああっと、念のため、見張りを付けておこうか。保安課に頼んでおいてくれ」
「分かりました。すぐに」
 承伏した男と入れ替わりに、今一人の男が入室してきた。
「報告します。市内の奇病による死者は、合計で三十名を越しました」
「何だと。もう、そんなに……」
 絶句してしまう市長。それを上目遣いに見やってから、男は報告を続けた。
「新たに死亡した者を加えた死亡者名簿は、こちらに。発病者の名簿は、こちらです」
 と、紙を市長の机に回す。
「むむ……」
「私見ですが、奇病にかかった者に接触した者が、新たに病気になっているよう見受けられます」
「ほう?」
「例えば、一番最初に死亡したアンベルト=カナ老の遺体を調べた保安官のチャーリーが、同じ奇病で亡くなっています」
「ああ、働き過ぎと発表した、あれだな。……ふむ」
 他の死亡者にも目を通す市長。
「なかなか面白い見方のようだ。しかし、接触していながら、死んでいない、いや、発病さえしていない者も数多くいる。アンベルト=カナの遺体を診た医者はどうなんだ? 無事なんだろう?」
「さようで……」
 やや声の小さくなる報告者。
「発病する者としない者とがあるのは、どういうことなのだろう? 分からん。それにだ、逆に、発病者と接触していないはずの人間も、次々と奇病に襲われている。これも説明がつかない」
「その通りです。ですが、患者が発病前に接触した者を完全に把握し切れていないのが現状。調べてみる価値はあるかと」
「……そうかもしれないな」
「つきましては、発病者の隔離を行いたいのですが」
「隔離?」
「一所に集め、一括して看病しようということです。各家庭に発病者を置いたままでは、さらに発病者を増やしかねないのではないか。そう思えるのです」
「……医師の中で、発病した者は?」
「おりません。と言っても、我が市に医者は六名しかおりません。その内、奇病の治療に関わっているのは、三名です」
「手伝いの看護婦はどうなんだね?」
 いらいらした口調になる市長。
「そちらは一名、発病した者がいます。現在、高熱で意識不明に陥っているそうです」
「なるほど……。理由は分からんが、治療に携わる者の発病率は低いと言えそうだな。やってみるか、発病者達の隔離を。医師の判断はどうなんだね?」
「聞いておりません。私のような者が意見するなんて、差し出がましいかと思いましたので……」
「仕方ないな。私の名で、そちらの方向に持っていかせるんだ」
 市長は、素人の考えに乗ってみることに決めた。
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