闘技者と演技者

崎田毅駿

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36.違和感そして

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 小石川はいつもと絵面が違っているなと、頭の片隅で感じ取っていた。その違和感の正体が何なのか、多少考えたが結論が見付からないまま、迫ってきた大一番への興奮、期待感に飲み込まれていった。
「勝ちに拘るなら曹を掴まえ徹底的にローンバトルを強いれば、行けるはず。ただ、社長は何を考えているか分からないところがあるもんな」
 小石川が声にならないほどの小声でそう口走った次の瞬間、画面中央に映る道山の背が、急に縮んだように見えた。無論、縮んだのではなく、しゃがんだのだと理解する。理解できないのは、そこから道山がなかなか進まないことである。
 カメラが切り替わり、遠くからの俯瞰図から入場姿を真正面に捉える映像になった。
「社長? いや、道山先生?」
 思わず画面の枠を掴み、揺さぶる小石川。映し出されたものが俄には信じられなかった。
 道山力が左の腹から胸にかけてを押さえ、蹲っている。指の間からは血のような赤い筋が数本、つーっと肌を流れている。表情はよく見えないが、青白いようだし、脂汗をたらたらと流しているようだった。
 そのすぐ右横では服を着込んだ男が俯せにされ、セコンドのレスラーや客ら何人かに押さえ込まれている。男の左手には光る刃物が握られていた。
「道山先生が……刺された?」
 愕然となった。空から巨大な隕石が降ってきて、まともに受け止めたような……いや、感覚ではそれ以上の重たい何かにずんとのし掛かられた心地がした。
「こ。こうしちゃいられん」
 空唾を飲み込むと、小石川は取るものも取りあえず、大阪へ向かうと決めた。

 病院を抜け出すと、小石川は駅へ向かった。
 時間的に飛行機には間に合うかどうかきわどいし、大阪に着いてからが遠回りになる。だから新幹線にする。
 包帯の多い姿を奇異な目で見られつつも乗車券と特急券を確保し、フォームで停車中の新幹線に乗り込んだ。無茶が祟ったか、身体のあちこちに嫌な感じの痛みが走るが気にならない。今は師匠の安否だ。
 発車を待つが、時計の進みがいやに遅く感じた。焦っても仕方がない、意味がないと分かっている。それでも早く出てくれないかと祈った。
 落ち着こうとして、画面越しの様子を思い出す。そういえば俺は何に違和感を持ったんだろう? 考えてみる。
 今は神経が研ぎ澄まされているのか、程なくして答らしきものが浮かんだ。
「入場のとき、整理する人間が少なかった!」
 叫びそうになった言葉を飲み込み、記憶をようく掘り起こす。
(間違いない。社長を先導する一人と、あとは花道の前の方に一人いるだけ。何でこんな……ああ、そうか。今シリーズは怪我人続出だった。加えて、今日の試合でも負傷者が多発し、控え室や裏方はてんてこ舞いだったかもしれない。そのせいで、花道を通るときにガードする俺達が、いつもに比べると少なくなったんだ)
 あの場にいられなかったことに、後悔が溢れ出す。
 新大阪駅に到着するまでの間、携帯端末はもちろんのこと、車両内にある電光掲示のニュースをも見ないようにしていた。

 あとから知ったことだが、あの日のメインイベントは曲がりなりにも成立していた。
 胸部から腹部にかけてを刺された道山は、何と、一度リングに上がり、ゴングを鳴らさせたという。先発を買って出ると、狼狽が露わな曹をコーナーに押し込んでチョップを連打。獅子吼と交代させる。獅子吼とはほんの少し腕の取り合いをしただけで分かれ、佐波に交代。エプロンに下がったところでうずくまり、ノーコンテストの裁定が下る。道山は病院へかつぎ込まれたが、試合の方は顔ぶれを入れ替えて続行。リングサイドにいた長羽と実木が佐波と組み、獅子吼と曹に第0試合で勝利したロナルド・ハワードが加わるという六人タッグに変更して改めてゴング。異様な雰囲気の中、八分ほど闘って全員が最低一度は参戦を果たした段階でプロレス経験もあるハワードが空気を読み、長羽のバックブリーカーにギブアップした。
 この流れのおかげで、観客の七割強は全てがプロレス独特の演出だと信じており、後にニュースで事件を知って驚くという笑えない事態も起きていた。ある意味、プロレスの世界観を壊すことなくお客を帰せたのは、道山にとって本望だったかもしれない。
 なお、翌日の最終戦も若干名の欠場者は出したものの、無事に催行し、シリーズは締めくくられた。
「状況説明と今後のことですが」
 事務所の入っているビルの一番大きな会議室にて、新妻が書類片手に、幹部レスラー数名を前にして方針の案を出す。
「社長の容態はまだ予断を許さない状況です。回復しても、胸筋の損傷がひどくリングに上がれるかどうか、早計な判断は無理との話でした。
 次に、外国人選手を呼べなくなるかもしれません。大阪でのようなことがまた起きるのではないかと懸念する声明を出したレスラー自身やプロモーター、ブッカーがちらほらいます」
「そいつは理不尽に過ぎる」
 実木が挙手し、指名を待たずに発言した。
「元を正せば志貴斗側の責任だ。入雲の身内だからと言って、ヤクザ崩れの男に招待券を渡して」
 道山を刺した男は、志貴斗所属の入雲あらしの兄で、入雲かおるという人物だった。弟からイースタンプロレスの道場に殴り込みを掛けた件や、試合場で獅子吼代表に絞め落とされた件などを愚痴混じりに聞かされ、入雲の名に泥を塗られたと思い込み、逆恨みからの犯行だった。
「ですが実木選手。そういう点も引っくるめて、安全を確保しないとプロモーターやブッカーは大事な商品である選手を送ってくれないし、選手自身も安心してプロレスに打ち込めない、という理屈は分かりますね?」
「それはそうだが」
 実木が矛を収めたのを見て取り、新妻は続けた。
「外国人選手不足に陥った場合、どうするか。所属の日本人だけで回すのは厳しい。はっきり言って無理です。他団体に声を掛けても、やはり安全面から二の足を踏まれるか、ギャラの大幅上乗せを求められることなどが考えられます。
 唯一、志貴斗の選手なら出てくれる見込みですが、さすがに彼らにプロレスばかりやらせる訳にも行かない。仮にプロレスでも、実木選手みたいに含むものがあれば、喧嘩マッチに発展する恐れが高い」
「別に俺は……まあ、いいや。認める」
「新妻さん、僕も話していいかな」
 発言を求めた長羽に、新妻は黙って頷いた。

 続く
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