闘技者と演技者

崎田毅駿

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37.策謀の行方

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「次のシリーズ開幕までは二週間、三週間だっけ?」
「およそ三週間ありますね」
「じゃあその間、僕が海外のプロモーターに会ってくるよ。状況を丁寧に説明し、これまで通り選手を送ってくれるよう頼む。無論、安全を保つために対策を講じたことも示さないといけないから、説得材料として何か形にしてもらいたい」
 長羽はその巨体もあって、海外武者修行時には各地で評判を取り、引っ張りだこの人気レスラーとして扱われた。当然、面識のあるプロモーターは多く、道山よりも顔が広いと言っていい。
「なるほど。そうしてもらえると助かります。早速手配しますよ。あと、説得材料もね」
 渡りに船とばかり、書類をぽんと弾く新妻。
「だったら俺も。二人別々に回った方が、より大勢のプロモーターと早く話をつけられる」
 実木が言い出したが、その方に手を置いて長羽が諭すように語り掛ける。
「気持ちだけ受け取っておく。実木は残ってもらいたいんだ。万が一、飛行機のトラブルなんかで期日までに帰れない可能性もゼロじゃないから、そのときは実木が興行を締めてくれないと、他に誰ができるというんだ?」
「それもそうか……分かりましたよ」
「あのー、長羽さんに用心棒をつけた方がいいんじゃないですかね」
 鹿野がタイミングを計ったように話に入り込んできた。どういうこと?と問う新妻に、鹿野は顎髭をひと撫でしてから得意げに応えた。
「今度の件がアメリカの連中なんかにも伝わって、うち全体がなめられているかもしれない。もしかしたら暴漢が襲ってくる可能性だってゼロとは言えんでしょう。そうでなくても物騒な地域を回ることになるだろうし」
「話は分かりました。誰が適任か、具体的にあるんで?」
「それはまあ自分か、熊さん(熊田)かな。長羽さんの付き人をやらせてもらった経験もありますし」
「ふむ。理にかなっている……鹿野選手は北海道方面を仕切る予定は、当分先でしたっけ?」
 地元を含む北海道での興行は、百パーセント鹿野が噛む。
「次の次ですね。さすがにその頃には絶対に帰って来てますよ」
「では鹿野さんにボディガードを兼ねて、同行してもらうことにしますか」
 異議は出なかった。
「実木さんには国内の方を頼みます」
「――ああ、試合ではなく、国内のプロモーターさんか。分かった。会社のためになる役目を与えてもらった方が張り合いがある」
「それは心強い。私も一緒について回りますので、実木さんが下げたくない頭を下げることはなるべくないようにします」
「いや、頭を下げるくらいいいよ。今はとにかく、確実にスケジュールを切れるようにしとかないと」
「――あと、これは今思い付いたんですが、万々が一にも本場の米国から選手を呼べなくなった場合に備えて、ライナーさん、メキシコに飛んでもらえますか」
「お安いご用。里帰りみたいなものだし、何ならヨーロッパも回るよ」
 メキシコでの試合経験が豊富なライナーマスクは、日常用の簡易マスクの下で笑みを見せた。
「とりあえず、フリーのなるべく身体のある選手に声を掛けて、それから軽量級によさそうなのがいたら唾を付けておこうかな」
「それでお願いします」
 このようにして、善後策は次々に決められていったのだが。

「何ですか話って」
 強行退院した小石川拓人は、福田の呼び出しに応じてとあるレストランの個室に足を運んだ。
「福田さんが指定する店だから居酒屋かと思ったら、こんな料亭風でびっくりしましたよ」
「まあな。訳ありなんだ。とにかく座れや」
 勧められるがまま、座布団に腰を下ろす。せんべいみたいな座布団じゃなく、ふかふかだった。
 福田は従業員に料理は合図したら持って来てくれ、追加注文もあとだと言って下がらせた。
「まじでどうしたんですか。何かメニューがちらっと見えましたけど、えらく高いですよ」
「いいんだよ。俺が金を出すんじゃねえ」
「俺も持ってませんが」
「そういう意味じゃねえよ」
「分かってて言いました。――社長の懐から出てるんですね?」
「うーん、ちょっと違う。とにかく、ここでの話は他言無用だぞ」
「分かりました」
「聞いても声を上げるなよ。実はな。新妻さんから打ち明けられたんだが、道山社長はもうだめらしい」
「えっ?」
 だめってどういう……という言葉すら出なかった。絶句するのに充分な内密な情報だ。福田に担がれてるんじゃないかと、その顔をまじまじと見た小石川だったが、兄弟子の表情はいつまで経っても真剣そのものである。
「詳しいことは俺も聞かされてない。刺されているのに試合をやったのがまずかったようだ。色んな菌にやられているとかどうとか」
「そんな……」
「社長の身を案じるのは分かるが、今は一旦、棚上げにしてくれ。ここからが本題なんだよ」
 テーブルに腕をつき、ぐいと身を乗り出してきた福田。小石川も自然と同じように額を寄せる格好になった。
「新妻さんが言うには、道山力亡きあとの体制を固めておきたいってさ」
「体制も何も、長羽さんと実木さんのダブルエース路線しかないでしょう? 事実、道山社長は徐々に一線を退く意向だったって前に説明がありました」
「そこなんだが、実木さんが二番手では辛抱できないタイプなのは、おまえも薄々勘付いていると思う。おまえ自身、近いタイプだからな」
「それはまあ認めます。俺にとっての宇城宙馬が、実木さんにとっての長羽さんと言ったら怒鳴れるかもしれませんが」
「いい、いい。他言無用だから何でも言え。それでな、道山社長に見込みがないと知らされたら実木さんが、野望を持った訳よ。イースタンプロレスを乗っ取る」
「ええ? ど、どういうことですか」
「ダブルエースだの何だのと言いながら、実質的なエースは長羽さんで行くのが既定路線だったろ。でも道山社長がいなくなれば、その方針を変えられる可能性が出て来るってことさ。実木さんは格闘技志向の強いプロレスをしたがっている。新妻さんも同じだ。今は事件の煽りで停滞しているが、志貴斗とのつながりもできた。完全格闘技化もあり得るかもしれないが、そこはまた別の話だ。対するに長羽さんは全く逆。プロレスはプロレスって人だから、意見が合わない。で、実木さんが長羽さんに対戦要求を出しても、恐らく成立しないだろうし、ここは一つ、長羽さんが海外に出ている間に、団体をいただこうってことで話が水面下で進められている」
「それを話してくれたってことは、俺も実木さん側につけと?」
「ああ。俺はもう乗ることに決めた。おまえはおまえで考えて決めればいい。嫌なら着いて来なくていい。ただ……長羽さんにこの件を知らせるのだけはやめてくれよな」
「知らせたくても方法がありませんよ。それに福田さんも人が悪いな。俺が嫌がるとは思ってないでしょ」
「まあな。九分九厘間違いないって奴に声を掛けている」
「長羽さんと将来闘えなくなるかもしれないのは惜しいけど、でも俺は格闘技路線の方が好きですから」
 力強く言い切ったところで、福田がやっと笑みを覗かせた。片手を出してきたのでそれを取って、がっちり握手する。
「じゃ、決まりだな。よし、飯と酒だ。社長のことがあるから祝い酒とは言えないが、静かに乾杯しようじゃないか」
「ええ」

 一方……。
「長羽さん。こんな大事な時期に日本を離れて大丈夫ですかね」
 飛行機の中、窮屈だったベルトを外し、鹿野は隣の長羽に聞いた。
「大丈夫だろ」
 二人分の席を占拠する長羽は、それでもちょっぴり不便そうに身をよじった。ファーストクラスの空間に、他の乗客はまばらで、日本語の会話を聞かれる心配はない。
「鹿野も本機で心配なら、日本に残ってただろうに、着いてくるってことは何か考えがあるじゃないのか」
「国内のことは鬼頭を通して話が入って来ますから。まじで用心棒ですよ。新妻さんや実木さんが我々の動きを察知して、妨害工作に出ないとも限らない。まさかとは思うが、暴漢を差し向けてくることだって考えておかないといけませんぜ」
「僕は喧嘩が嫌いだけど、弱いつもりはないんだがなあ」
「そんな意味で言ったんじゃないですよ。気を悪くせんでください」
 こうべを垂れた鹿野に「はは、冗談だ」と声を掛ける長羽。
「真面目な話、いざというときは頼む。鹿野君は慣れていると聞くから頼りにしているよ」
「ええ、まあ、若い頃は無茶もしましたがね」
 遠い昔、十両力士だった頃のことを思い出し、鹿野は自嘲した。
「実木と新妻さんがどう動くか詳しくは分からないが、打てる手はもう打った。あとは海外からのガイジン供給ルートを押さえれば有利に戦える」
 長羽が自信ありげに語る理由を、鹿野は承知している。むしろその理由を知っているからこそ、長羽についていこうと決めた節があるのだが。
「道山家の皆さんとは、その後も?」
「密に連絡を取っているよ」
 そう言って長羽は、左の内ポケットに入れて肌身離さずに持ち歩いている覚え書きに手を当てた。
「ま、うまく棲み分けできるのが一番いいと思うだがなあ。実木の性格では難しいかもしれんよな」

 第一部終わり
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