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35.真打ち登場
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「みんな秘策を編み出してくるもんだ」
画面を通しても伝わってきた迫力に興奮を抑えながら、小石川は呟いた。
「この調子だと、俺が復帰して志貴斗勢とやるときには、何にも残っていないんじゃないか。それに相手の虚を突く作戦は、そのときは成功するかもしれないが、すぐに対策を立てられる可能性が高い。もっと基本的な部分で、総合格闘技の連中を上回れるようにトレーニングを積む必要が絶対にある」
そのように分析する冷静さも持ち合わせていた。
続く対抗戦第二試合、伊藤対佐倉のシングル戦は、言ってみれば、ブレイクしたばかりの若手プロレスラーと日本総合格闘技界のヒーローとの顔合わせで、勢いならどちらも負けていなかった。
体格は、身長はほぼ同じだが、体重では伊藤が上回っている。その差およそ十キログラム。佐倉がライトヘビー転向を宣言しているので、実際にはもう少し差は縮まっているかもしれないが、それでも影響が出ておかしくない体重差と言える。※プロレスに当日や前日の計量は普通ない。
だが、試合は呆気なく終了した。
開始のゴングと同時に、佐倉がタックルを装って、伊藤へ意趣返しの欧州式フライングヘッドバッドを放ったが、これは完全に見せ技。佐倉の狙いは相手の足を止めることにあった。練習していたのか俯せの状態でうまく着地した佐倉は、起き上がる勢いを利して、そのまま再びタックル。これには完全に不意を突かれ、伊藤は押し込まれて転倒。サードロープに後頭部を打って反応ががくんと鈍くなる。佐倉は冷静にロープから伊藤の身体を遠ざけ、絶対にブレイクできない位置取りをしてから胴締めスリーパーをがっちり極めた。
伊藤は十何秒間か我慢したが、どうすることもできない。その左手の指が弱々しくタップするのと、レフェリーが止めに入るのとはほとんど同時だった。
総合格闘技界のヒーローが五十五秒の秒殺。何もさせない圧勝劇を演じた。
後輩の完敗を見せつけられた小石川は、しばらく寂として声がなかった。ただただ、脳内ではどうやったら佐倉を倒せるかだけを考えていた。
そんな状態だったものだから、次の試合、本日のセミファイナルであるナショナルタッグ選手権の選手入場やタイトルマッチ宣言などがいつ行われたのかは、全く認識していなかった。気が付いたら終わっていて、いよいよ始まりのゴングという場面だった。
試合は、直前のプロレスラー敗北の影響をもろに受けて、出だしはよくなかった。実木が早々に張り手を出して盛り上げを図るも観客のノリはいまいち。仕方なく、序盤はじっくりと腕や足の取り合いをした。途中、場外乱闘になってやや沸いたが、完全に沸騰するには至らない。観客の心は既にメインの対抗戦第三試合に飛んでいるのかもしれなかった。
ここでエンターテイナーぶりを発揮したのが長羽だ。実木と二度の同士討ちを演じ、すわ、仲間割れかという場面を作ったのだ。そこからさらにガイジン側に捕まり、ピンチを迎える。
「何やってんだバカヤロー!」「こんなときに仲間割れしてる場合か?」と野次が一気に激しくなり、コールも巻き起こった。ようやくいつもの盛り上がりが戻って来た。
そのあとはわずかな隙を突いて窮地を脱した長羽が実木と握手。復活した連係プレーを見せて、一気に畳み掛ける。最後は実木がバレンタインを得意のX固めに捕らえ、救援に飛び出してきたブレアーを長羽が豪快なドロップキックで場外へ吹っ飛ばす間に、ギブアップを奪うという実に絵になる形で締め括った。
防衛を果たした王者チームの二人が、リングから少しだけ離れた場外に椅子を持ち出し、でんと構えたことで、メインへの見事なリレーが成立した。
入場は獅子吼・曹のコンビが先だ。さすにが獅子吼の人気はプロレス会場でも凄く、ブーイングはほとんど上がらない。代わりにという訳でもないが、長身の曹にでくの坊だの何だのと罵声が浴びせられる。
「冷静でいてくれよ、曹クン」
獅子吼が低音で声を掛ける。曹は前を向いたまま答えた。
「大丈夫です。今の私、日本語分かりません。だから何言われても平気ですよ」
ふるった返答に獅子吼は、大勝負の前だというのに思わず笑った。
そんな曹だが、トップロープを跨いでリングインすると、さすがに「おおー」「すげえ」と驚き混じりの歓声を浴びた。
続いて獅子吼がトップロープとセカンドロープの間をくぐってリングイン。ちなみに、ロープの間を広げたのは井関だった。
続いて道山と佐波の入場だが、流れてきた曲は道山のそれではなく、佐波が時折使っているものだった。当然、佐波一人が花道を走ってきて、素早くリングに滑り込む。
「ははあ。格の違いか」
社長とタッグを、しかも大会場のメインイベントで組める佐波をうらやましく思っていた小石川だったが、社長のしっかりとした線引きを感じて身が引き締まった。
佐波が赤コーナー近くで、ロープの張り具合を確かめる動きを始めたところで、道山の入場曲が会場内に鳴り渡った。
馴染み深いメロディに合わせ、ファンからは道山コールが発生。赤コーナーへと通じる花道を見据える獅子吼、そして曹。佐波も臨戦態勢を取る。最高のシチュエーションで、道山力はリングへと歩み始めた。
続く
画面を通しても伝わってきた迫力に興奮を抑えながら、小石川は呟いた。
「この調子だと、俺が復帰して志貴斗勢とやるときには、何にも残っていないんじゃないか。それに相手の虚を突く作戦は、そのときは成功するかもしれないが、すぐに対策を立てられる可能性が高い。もっと基本的な部分で、総合格闘技の連中を上回れるようにトレーニングを積む必要が絶対にある」
そのように分析する冷静さも持ち合わせていた。
続く対抗戦第二試合、伊藤対佐倉のシングル戦は、言ってみれば、ブレイクしたばかりの若手プロレスラーと日本総合格闘技界のヒーローとの顔合わせで、勢いならどちらも負けていなかった。
体格は、身長はほぼ同じだが、体重では伊藤が上回っている。その差およそ十キログラム。佐倉がライトヘビー転向を宣言しているので、実際にはもう少し差は縮まっているかもしれないが、それでも影響が出ておかしくない体重差と言える。※プロレスに当日や前日の計量は普通ない。
だが、試合は呆気なく終了した。
開始のゴングと同時に、佐倉がタックルを装って、伊藤へ意趣返しの欧州式フライングヘッドバッドを放ったが、これは完全に見せ技。佐倉の狙いは相手の足を止めることにあった。練習していたのか俯せの状態でうまく着地した佐倉は、起き上がる勢いを利して、そのまま再びタックル。これには完全に不意を突かれ、伊藤は押し込まれて転倒。サードロープに後頭部を打って反応ががくんと鈍くなる。佐倉は冷静にロープから伊藤の身体を遠ざけ、絶対にブレイクできない位置取りをしてから胴締めスリーパーをがっちり極めた。
伊藤は十何秒間か我慢したが、どうすることもできない。その左手の指が弱々しくタップするのと、レフェリーが止めに入るのとはほとんど同時だった。
総合格闘技界のヒーローが五十五秒の秒殺。何もさせない圧勝劇を演じた。
後輩の完敗を見せつけられた小石川は、しばらく寂として声がなかった。ただただ、脳内ではどうやったら佐倉を倒せるかだけを考えていた。
そんな状態だったものだから、次の試合、本日のセミファイナルであるナショナルタッグ選手権の選手入場やタイトルマッチ宣言などがいつ行われたのかは、全く認識していなかった。気が付いたら終わっていて、いよいよ始まりのゴングという場面だった。
試合は、直前のプロレスラー敗北の影響をもろに受けて、出だしはよくなかった。実木が早々に張り手を出して盛り上げを図るも観客のノリはいまいち。仕方なく、序盤はじっくりと腕や足の取り合いをした。途中、場外乱闘になってやや沸いたが、完全に沸騰するには至らない。観客の心は既にメインの対抗戦第三試合に飛んでいるのかもしれなかった。
ここでエンターテイナーぶりを発揮したのが長羽だ。実木と二度の同士討ちを演じ、すわ、仲間割れかという場面を作ったのだ。そこからさらにガイジン側に捕まり、ピンチを迎える。
「何やってんだバカヤロー!」「こんなときに仲間割れしてる場合か?」と野次が一気に激しくなり、コールも巻き起こった。ようやくいつもの盛り上がりが戻って来た。
そのあとはわずかな隙を突いて窮地を脱した長羽が実木と握手。復活した連係プレーを見せて、一気に畳み掛ける。最後は実木がバレンタインを得意のX固めに捕らえ、救援に飛び出してきたブレアーを長羽が豪快なドロップキックで場外へ吹っ飛ばす間に、ギブアップを奪うという実に絵になる形で締め括った。
防衛を果たした王者チームの二人が、リングから少しだけ離れた場外に椅子を持ち出し、でんと構えたことで、メインへの見事なリレーが成立した。
入場は獅子吼・曹のコンビが先だ。さすにが獅子吼の人気はプロレス会場でも凄く、ブーイングはほとんど上がらない。代わりにという訳でもないが、長身の曹にでくの坊だの何だのと罵声が浴びせられる。
「冷静でいてくれよ、曹クン」
獅子吼が低音で声を掛ける。曹は前を向いたまま答えた。
「大丈夫です。今の私、日本語分かりません。だから何言われても平気ですよ」
ふるった返答に獅子吼は、大勝負の前だというのに思わず笑った。
そんな曹だが、トップロープを跨いでリングインすると、さすがに「おおー」「すげえ」と驚き混じりの歓声を浴びた。
続いて獅子吼がトップロープとセカンドロープの間をくぐってリングイン。ちなみに、ロープの間を広げたのは井関だった。
続いて道山と佐波の入場だが、流れてきた曲は道山のそれではなく、佐波が時折使っているものだった。当然、佐波一人が花道を走ってきて、素早くリングに滑り込む。
「ははあ。格の違いか」
社長とタッグを、しかも大会場のメインイベントで組める佐波をうらやましく思っていた小石川だったが、社長のしっかりとした線引きを感じて身が引き締まった。
佐波が赤コーナー近くで、ロープの張り具合を確かめる動きを始めたところで、道山の入場曲が会場内に鳴り渡った。
馴染み深いメロディに合わせ、ファンからは道山コールが発生。赤コーナーへと通じる花道を見据える獅子吼、そして曹。佐波も臨戦態勢を取る。最高のシチュエーションで、道山力はリングへと歩み始めた。
続く
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