闘技者と演技者

崎田毅駿

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2-9.実木の思惑

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 小石川自身、団体が違っても宇城の存在を意識はしているし、先を行く壁だと思ってもいる。
「長羽二世と実木二世、その二人がやり合って完敗しているという事実こそ、うちの社長がおまえにエースを托すことに踏み切れない、最大の理由だと思うね」
「社長も、長羽さんとは若手時代に当たって一度も勝てず、エースクラスになってからは対戦そのものがなかった。同じ状況のままの俺を……歯がゆく思っている、とか?」
「さあ、そこまでは想像が及ばねえ。ただ、俺個人の感想を言うとだな、団体が二つに割れて以降、優等生になっちまったおまえに物足りなさを感じてる。かといって、今のおまえにいきなりMMAだの異種格闘技戦だのをやれとは、誰も望んじゃいまい」
「……福田さん、俺を焚きつけようとしてます?」
「そう感じたんなら、そういうこった。社長がMMAに打って出る間、プロレスの本丸を守り、盛り上げるのがおまえとおまえら世代の役目さね」
「だったら一つ、考えがあります」
 前々から抱いていた、実木に言い出すのは憚られた思いが、小石川にはあった。いつか吐露してやろうと考えていたが、それが今なのかもしれない。
「自分も、外に目を向けていいですかね。社長との一戦が済んで、団体内が落ち着いたあとに」

             *           *

「どうだ、福田。拓の奴は何か言っていたか」
 福田の部屋――畳敷きの和室に深夜、実木がやってきた。東北で巡業する際、定宿の一つとしているホテルでのことである。
 支配人が実木の大ファンで、毎回、非常によくしてくれる。どんな新人のペーペーでもここでは個室を用意してもらえる(もちろんシーズンオフであることが条件だが)のでありがたい。
「社長、何でまたわざわざお越しに。呼んでくださいよ、飛んで行きましたのに」
 びっくりして大声を出しそうになる福田だったが、手の平で口を覆ってどうにか我慢した。実木が配下のレスラーの部屋を一人で訪ねるなんて、まずないことだから、福田が驚くのも無理はない。
 頭を下げながら中へ通し、座れるスペースを急いで作る。酒を出すべきか、茶でいいのか、福田の迷いを実木は察したらしく、「かまわん。おまえも楽にしてくれ」と告げた。それから付け足す。
「ただし、ドアには鍵だ」
 言われた通りにした福田は、すぐさま実木の前に戻り、直立不動の姿勢を取った。
「楽にしろと言ったろ。座れって」
「はい。――鍵を掛けるってことは、内密の話がおありで?」
「うーん、内密ってほどでもない。報告を待ちきれなくてな」
「小石川のことなら、すんません、東京に戻ってからでいいと聞いていたもので」
 片手を後頭部にやり、その頭を深く下げた。
「その通りだから謝る必要はない。俺の気が変わって、早く聞きたくなっただけだ。で、どうだった?」
「ガチンコをまたやるようだと言ってやったところ、自分が出たいとは言いませんでした。今は本道たるプロレスを極めたいっちゅう思いが強いです、あれは」
 福田は少しだけ嘘を交えた。「実木がMMAに出るくらいなら、自分が行く」という意思を示した部分については、省略したのだ。
「ん、結構。そうでなくっちゃな。あいつとの一騎打ちを区切りにして、MMAやる俺としたら、あいつは残るべき。すんなりトップの座に着けるかどうかは保証せんがな。はっはっは。佐波や水橋、鶴口らとガンガンやり合って、生き残ったのがトップに立ちゃいいんだ」
 実木は満足げに笑い、顎を撫でる。それから笑い声がすっと退いたかと思うと、いつになく真顔になって福田へ顔を寄せた。
「もう一つの件は?」
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