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2-8.エース(仮)への道程 その3
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歳を食った親が冒険に出るのを、しょうがないなと思いつつ送り出す――福田の表情はそんな風に見えた。
「だ、だったら、俺が先兵役でもいいんじゃないですか。敵の情報を得るためにも。“あの実木と引き分けた小石川”なら、プロレスを代表する資格、ありますよね?」
「若い奴に危ない橋を渡らせたくねえんだろ。業界の将来を考えるとな」
「……」
「恐らくなんだが、実木社長はキャリアの晩年を、MMAブームを終わらせ、プロレス人気を確固たるものにするために使うつもりなんじゃないか。差し違えてでも、MMAをプロレスの位置まで引きずり下ろす――なんて言い方はだめだな、MMAの方が上と認めちまってるじゃねえか、俺」
自嘲する原田の前で、小石川は最早何も言えなくなった。実木社長がそこまでの覚悟と決意を固めているのであれば。
(俺は一レスラーとして、実木とのタイトルマッチで最高の試合をやるだけだ)
密かに拳を固く握った小石川。
そんな彼に、福田がまた話し掛ける。最前までとは、ちょっと口ぶりを変えて。
「あとな、もう一つ訂正、いや解説かな。社長がおまえさんにタッグながら一度フォールをくれてやりながら、依然として譲る決心が着かないのは、おまえが昔、あのガチンコトーナメントで宇城に敗けているからだ。多分な」
「あれが」
本当の意味での若手時代、宇城との戦いを思い出す。四つ年上で長身を誇る宇城は、小石川とはタイプのまったく異なるレスラーだ。にもかかわらずライバル視したのは、同日入門だった点が大きい。宇城は常に小石川の一歩先を行く、強大な壁のような存在に見えた。プロレスの試合で宇城に勝てない日々が続いた小石川は、当時のエースで社長の道山が突然発案したガチンコトーナメントにて、宇城との対戦を希望。セメント勝負なら勝てると自信を持って臨むも、宇城の普段使わない技に完全KOされてしまった。
そんな宇城とのライバルストーリーだが、今は途切れている。宇城が他団体に移ってしまったためだ。
かつて実木と並ぶ、いや実木よりさらに頭ひとつ抜きん出た次代のエースとしてリングを任されていた長羽が、イースタンプロレスの騒動を経て離脱、太平洋プロレスを旗揚げした。長羽に付いていった選手の一人が、宇城だった。体格やファイトスタイルが似ていることもあって、元より長羽は宇城に目を掛けていたから、無理もない。むしろ自然な成り行きだった。
それは分かるのだが、小石川にとってガチンコで宇城に負けたまま、袂を分かつ格好になったのは、忸怩たる思いを嫌でも抱かざるを得ない事態と言える。
「負けた俺が言うことじゃないかもですが、あんな昔の話を持ち出されても困るっていうのが正直なところ……」
「昔だろうが何だろうが、あそこで負けて、借りを返せていないのがでかいんだよ。いいか、マスコミの評価やファンの見方、さらには実木社長の考え、どれを採ってもおまえが実木二世と目されているのは間違いない」
「ま、まあ……社長の考えはまだよく分からんですけどね」
「最有力候補の一人なのは確かだろ。で、だ。太平洋プロレスさんの場合を考えてみろ」
「太平洋プロレスのって、どういう意味ですか」
「分かんねえか。長羽、いやオポジションの大将だからって呼び捨てにはできねえな、長羽さんにとって後継者の第一候補が宇城だってのは、衆目の一致するところだろ」
太平洋プロレスでは、長羽がシングル、タッグとも王座に就いている。タッグパートナーが宇城で、二メートル超のコンビはダブルタワーズと呼ばれるようになるほど名タッグとして知られていた。
また、小石川が実木に黒星続きだった頃、宇城は長辺とのシングルマッチで、勝てないまでも引き分けに持ち込むことがしばしばあった。さらに、宇城のシングルタイトル獲得も早く、太平洋プロレス旗揚げから約一年後、元世界王者のジャック・バレンスキーとの決定戦に勝利し、ユナイテッドコンチネンタルヘビーというベルトを腰に巻いている。
長羽が、自身の衰えが顕著にならない内に、宇城を絶対的なエースに育てようとしているのは明白だった。
「だ、だったら、俺が先兵役でもいいんじゃないですか。敵の情報を得るためにも。“あの実木と引き分けた小石川”なら、プロレスを代表する資格、ありますよね?」
「若い奴に危ない橋を渡らせたくねえんだろ。業界の将来を考えるとな」
「……」
「恐らくなんだが、実木社長はキャリアの晩年を、MMAブームを終わらせ、プロレス人気を確固たるものにするために使うつもりなんじゃないか。差し違えてでも、MMAをプロレスの位置まで引きずり下ろす――なんて言い方はだめだな、MMAの方が上と認めちまってるじゃねえか、俺」
自嘲する原田の前で、小石川は最早何も言えなくなった。実木社長がそこまでの覚悟と決意を固めているのであれば。
(俺は一レスラーとして、実木とのタイトルマッチで最高の試合をやるだけだ)
密かに拳を固く握った小石川。
そんな彼に、福田がまた話し掛ける。最前までとは、ちょっと口ぶりを変えて。
「あとな、もう一つ訂正、いや解説かな。社長がおまえさんにタッグながら一度フォールをくれてやりながら、依然として譲る決心が着かないのは、おまえが昔、あのガチンコトーナメントで宇城に敗けているからだ。多分な」
「あれが」
本当の意味での若手時代、宇城との戦いを思い出す。四つ年上で長身を誇る宇城は、小石川とはタイプのまったく異なるレスラーだ。にもかかわらずライバル視したのは、同日入門だった点が大きい。宇城は常に小石川の一歩先を行く、強大な壁のような存在に見えた。プロレスの試合で宇城に勝てない日々が続いた小石川は、当時のエースで社長の道山が突然発案したガチンコトーナメントにて、宇城との対戦を希望。セメント勝負なら勝てると自信を持って臨むも、宇城の普段使わない技に完全KOされてしまった。
そんな宇城とのライバルストーリーだが、今は途切れている。宇城が他団体に移ってしまったためだ。
かつて実木と並ぶ、いや実木よりさらに頭ひとつ抜きん出た次代のエースとしてリングを任されていた長羽が、イースタンプロレスの騒動を経て離脱、太平洋プロレスを旗揚げした。長羽に付いていった選手の一人が、宇城だった。体格やファイトスタイルが似ていることもあって、元より長羽は宇城に目を掛けていたから、無理もない。むしろ自然な成り行きだった。
それは分かるのだが、小石川にとってガチンコで宇城に負けたまま、袂を分かつ格好になったのは、忸怩たる思いを嫌でも抱かざるを得ない事態と言える。
「負けた俺が言うことじゃないかもですが、あんな昔の話を持ち出されても困るっていうのが正直なところ……」
「昔だろうが何だろうが、あそこで負けて、借りを返せていないのがでかいんだよ。いいか、マスコミの評価やファンの見方、さらには実木社長の考え、どれを採ってもおまえが実木二世と目されているのは間違いない」
「ま、まあ……社長の考えはまだよく分からんですけどね」
「最有力候補の一人なのは確かだろ。で、だ。太平洋プロレスさんの場合を考えてみろ」
「太平洋プロレスのって、どういう意味ですか」
「分かんねえか。長羽、いやオポジションの大将だからって呼び捨てにはできねえな、長羽さんにとって後継者の第一候補が宇城だってのは、衆目の一致するところだろ」
太平洋プロレスでは、長羽がシングル、タッグとも王座に就いている。タッグパートナーが宇城で、二メートル超のコンビはダブルタワーズと呼ばれるようになるほど名タッグとして知られていた。
また、小石川が実木に黒星続きだった頃、宇城は長辺とのシングルマッチで、勝てないまでも引き分けに持ち込むことがしばしばあった。さらに、宇城のシングルタイトル獲得も早く、太平洋プロレス旗揚げから約一年後、元世界王者のジャック・バレンスキーとの決定戦に勝利し、ユナイテッドコンチネンタルヘビーというベルトを腰に巻いている。
長羽が、自身の衰えが顕著にならない内に、宇城を絶対的なエースに育てようとしているのは明白だった。
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