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2-10.イースタンと太平洋
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実木の真剣な顔つきに気圧され、福田は身をちょっと引いてから答えた。
「……ジュニアのことなら漏れていません。後継者の話を振ってみましたが、気にしているのは現在のライバルばかり。宍戸海斗という存在すら知らないのは確かです」
「そうか。いいぞ。いずれ海斗は小石川に絡ませるつもりだが、今は何にも知らねえのが理想的。白紙なら、どんな仕掛けだって思いのまま描ける」
独り言のようにつぶやくと、実木はいつもの顔に戻った。
「実を言えば当初、海斗のことをおまえに話すの、ちっと迷ったんだよなあ。福田は酒飲みだから、ひょんなことから口を滑らすんじゃないかとな」
「社長、自分は酒が好きで、いただく量も半端ないですが、酔っ払って口が軽くなるなんてことはありゃしません」
「疑って悪かったな、はっは。――詫びの代わりに、俺と一丁、やってみるか?」
「試合で、ですか」
「あたぼうよ」
福田はキャリアを積んでからは実木の懐刀的存在である期間が長かった故、対戦経験は数えるほどしかなかった。シングルマッチとなると、日本選手権の前哨戦を謳ったイースタンプロレスの団体内リーグ戦で一度当たったきりである。
「俺はずっと前を向いて進んできたが、プロレスからしばらく離れるとなると、あれこれ思い返し、振り返って考えるもんだな。思い出した一つが、福田とそんなにやってねえなって。対MMAのトレーニングではなく、プロレスとして、思い切りやれる機会もそう奥は残っていまいし、いいタイミングじゃねえかな」
「――ごっつあんです。組まれれば、ありがたく胸を借りさせてもらいます」
「よし、じゃあ、編成に言っておく。どういうストーリーがいいか、そうだなぁ……次のシリーズの中盤辺り、おまえは小石川の味方になれ。打倒・実木の軍師として、俺を一番知っているおまえが小石川に付く。そしてあいつの盾として、俺と当たる。この線で行こうじゃねえか」
「お任せします」
居住まいを正して座り直すと、福田は感謝を込めて、額を畳に付けた。
「それから」
実木の方は、福田の思いなど斟酌することなく、いや、知っていて敢えて無視するかのように、話題をまた切り替えた。
「拓のことに戻るが、今現在のあいつは、宇城にかつて負けたことをどう受け入れているんだ?」
「引きずってますねえ。いや、実は先ほど合わせて話そうとしていたんですが、思い掛けず、社長の一戦組んでもらえるってな話になったので、つい言いそびれちまいまして」
「詳しく聞こう」
「皆までは聞き出せなかったんですが、あいつは太平洋プロレスとの対抗戦をやりたいようで。もちろん、芯にあるのは宇城へのリベンジってやつでしょう」
「そうか」
実木は特段、明確な感情の動きを見せなかった。驚くか感心するか、あるいは笑い飛ばすかしてもいいくらいなのに……。福田は小さく首を捻った。
そのわずかな仕種を、実木は見逃さなかったようだ。
「実を言うとだな、長辺さんには秘密裏で何度か会っているんだ。プロレス人気が低迷した時期に、打開策として団体対抗戦がやれないかってな」
「……新妻さんの考えですか」
「発案はな。俺も一時期は乗り気になっていた。が、そうこうする内におまえさんや水橋、それに小石川、佐波らが出て来て、人気も回復した。あちらさんもうちと同程度には盛り返してきたってことで、対抗戦は最後の切り札に取っておこうとなったんだよ」
「ときたま、専門誌を賑わせていたのを読みましたよ。あれ、裏でつながっていたんだ……」
「昔からな。今でもつながってる。最近では、MMAをやる前に長辺さんと一騎打ちを済ませておくべきだなって、思い付いたんだ。それで連絡を取ってみた」
「へえ?」
懐刀と呼ばれた自分でも知らなかった裏話を聞かされ、福田は素直に驚きを表した。
「……ジュニアのことなら漏れていません。後継者の話を振ってみましたが、気にしているのは現在のライバルばかり。宍戸海斗という存在すら知らないのは確かです」
「そうか。いいぞ。いずれ海斗は小石川に絡ませるつもりだが、今は何にも知らねえのが理想的。白紙なら、どんな仕掛けだって思いのまま描ける」
独り言のようにつぶやくと、実木はいつもの顔に戻った。
「実を言えば当初、海斗のことをおまえに話すの、ちっと迷ったんだよなあ。福田は酒飲みだから、ひょんなことから口を滑らすんじゃないかとな」
「社長、自分は酒が好きで、いただく量も半端ないですが、酔っ払って口が軽くなるなんてことはありゃしません」
「疑って悪かったな、はっは。――詫びの代わりに、俺と一丁、やってみるか?」
「試合で、ですか」
「あたぼうよ」
福田はキャリアを積んでからは実木の懐刀的存在である期間が長かった故、対戦経験は数えるほどしかなかった。シングルマッチとなると、日本選手権の前哨戦を謳ったイースタンプロレスの団体内リーグ戦で一度当たったきりである。
「俺はずっと前を向いて進んできたが、プロレスからしばらく離れるとなると、あれこれ思い返し、振り返って考えるもんだな。思い出した一つが、福田とそんなにやってねえなって。対MMAのトレーニングではなく、プロレスとして、思い切りやれる機会もそう奥は残っていまいし、いいタイミングじゃねえかな」
「――ごっつあんです。組まれれば、ありがたく胸を借りさせてもらいます」
「よし、じゃあ、編成に言っておく。どういうストーリーがいいか、そうだなぁ……次のシリーズの中盤辺り、おまえは小石川の味方になれ。打倒・実木の軍師として、俺を一番知っているおまえが小石川に付く。そしてあいつの盾として、俺と当たる。この線で行こうじゃねえか」
「お任せします」
居住まいを正して座り直すと、福田は感謝を込めて、額を畳に付けた。
「それから」
実木の方は、福田の思いなど斟酌することなく、いや、知っていて敢えて無視するかのように、話題をまた切り替えた。
「拓のことに戻るが、今現在のあいつは、宇城にかつて負けたことをどう受け入れているんだ?」
「引きずってますねえ。いや、実は先ほど合わせて話そうとしていたんですが、思い掛けず、社長の一戦組んでもらえるってな話になったので、つい言いそびれちまいまして」
「詳しく聞こう」
「皆までは聞き出せなかったんですが、あいつは太平洋プロレスとの対抗戦をやりたいようで。もちろん、芯にあるのは宇城へのリベンジってやつでしょう」
「そうか」
実木は特段、明確な感情の動きを見せなかった。驚くか感心するか、あるいは笑い飛ばすかしてもいいくらいなのに……。福田は小さく首を捻った。
そのわずかな仕種を、実木は見逃さなかったようだ。
「実を言うとだな、長辺さんには秘密裏で何度か会っているんだ。プロレス人気が低迷した時期に、打開策として団体対抗戦がやれないかってな」
「……新妻さんの考えですか」
「発案はな。俺も一時期は乗り気になっていた。が、そうこうする内におまえさんや水橋、それに小石川、佐波らが出て来て、人気も回復した。あちらさんもうちと同程度には盛り返してきたってことで、対抗戦は最後の切り札に取っておこうとなったんだよ」
「ときたま、専門誌を賑わせていたのを読みましたよ。あれ、裏でつながっていたんだ……」
「昔からな。今でもつながってる。最近では、MMAをやる前に長辺さんと一騎打ちを済ませておくべきだなって、思い付いたんだ。それで連絡を取ってみた」
「へえ?」
懐刀と呼ばれた自分でも知らなかった裏話を聞かされ、福田は素直に驚きを表した。
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