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「どれどれ? コーネリアス猿田? 知らんなあ」
パソコンの画面を覗き込んだ五所川原刑事が首をかしげる。
「こんな奴、関係者に名前は挙がっていなかったぞ。本名だろうと通称だろうと」
「容疑者って訳じゃないと思うから。私が気になったのは、猿田氏が勅使河原氏を取材したときの写真。ほらこれ」
クリックして写真が大写しになった。広い部屋の壁際にあるラックを中央に据え、その横に初老男性が立って、どうぞご覧くださいとばかりに左腕を広げている。ラックにはビデオテープだけでなく、書籍もいくつか立てられているようだった。
「この人が被害者でしょ?」
「うむ。この部屋こそが殺害現場だよ。あ、このラックに例のアダルトビデオがあったと考えられているんだ」
「だと思った。五所川原さんはどこが抜けていたのか覚えてるでしょ? その箇所を見てみてよ」
指先で写真を拡大させてから、大前田は五所川原に場所を譲った。代わって座った五所川原は「まさかない、とか言うんじゃないだろうな。いや、一年も経つならなくても不思議ではないぞ」とぶつぶつ言いつつ、画面に目を凝らす。
やがて、ほっとした調子で言った
「なんだ、あるじゃないか」
「ないとは言ってないよ。で、ようく見て」
二人のやり取りを聞きながら、栄尾口も画面の近くまで顔を寄せ、じっと見てみる。すぐに気が付いた。
「逆さまになってるね」
「ああ、確かに」
ラックに立ててあるビデオソフトは、本で言えば背表紙に当たる部分が当然見えている訳だが、例のアダルトビデオは上下逆になって差し込まれていた。
正確に記すと『S・Mっぽいのが大好き』と縦書きで書いてあるのが、逆向き、つまり『き好大がのいぽっM・S』となっていて、しかもそれぞれの字も天地逆だ。
「気にならなくはないが、これがどうかしたか、あきらちゃん?」
五所川原が腕組みをし、女子高生を見やる。大前田は「私、思ったのよ」とどこか得意げに始めた。
「死ぬほどの傷を負わされた人って、パニックで恐らく物凄く慌てて焦っているよね」
「まあ、そう想像するのが普通だな」
「そんな精神状態の人が犯人に関する手掛かりを残そうとして、手近に適切な物があったとしたら、それに飛びつくと思わない?」
「だからそれこそがこの『SMっぽいのが大好き』だろ」
「ちょっと違う。栄尾口さんも五所川原刑事も考えてみて。一年前からずっとこの状態で置かれていたところを」
「……」
大の大人が雁首揃えて女子高生に言われるがまま、パソコンの画面に見入る。程なくして栄尾口は閃いた。
「もしかして、W・Sかい?」
「そう、それ。違うかなあ?」
「何を言ってるんだ、二人とも」
五所川原が多少苛立った声で問う。栄尾口は大前田に説明を任せるつもりだったが、彼女が「栄尾口さんからどうぞ」と言った。どうやら立ててくれたのではなく、栄尾口自身の答がほんとに同意見かをチェックしようという意図があるらしい。
「見たまんまですよ、五所川原刑事。背表紙のアルファベットだけをそのまま読めばいい」
「ん? ……WSだな、SMをひっくり返して」
「関係者の中に、イニシャルがWSもしくはSWの人はいないですか」
「――ちょっと待ってくれ」
五所川原は手帳を取り出し、挟んであった印刷物を広げると、目を通していく。じきに答は出た。
「一人だけ、若林春一ってのがいる。フリーターだが、せどりを通じて被害者の勅使河原とつながりができていた。正直、あんまり評判はよくないようだ。中古品の値打ちを把握していないてめえの責任なのに、安く買われて損したと、いつまでもぐちぐち文句を垂れるところがある」
「被害者とはそのようなトラブルはなかったんでしょうか」
続く
パソコンの画面を覗き込んだ五所川原刑事が首をかしげる。
「こんな奴、関係者に名前は挙がっていなかったぞ。本名だろうと通称だろうと」
「容疑者って訳じゃないと思うから。私が気になったのは、猿田氏が勅使河原氏を取材したときの写真。ほらこれ」
クリックして写真が大写しになった。広い部屋の壁際にあるラックを中央に据え、その横に初老男性が立って、どうぞご覧くださいとばかりに左腕を広げている。ラックにはビデオテープだけでなく、書籍もいくつか立てられているようだった。
「この人が被害者でしょ?」
「うむ。この部屋こそが殺害現場だよ。あ、このラックに例のアダルトビデオがあったと考えられているんだ」
「だと思った。五所川原さんはどこが抜けていたのか覚えてるでしょ? その箇所を見てみてよ」
指先で写真を拡大させてから、大前田は五所川原に場所を譲った。代わって座った五所川原は「まさかない、とか言うんじゃないだろうな。いや、一年も経つならなくても不思議ではないぞ」とぶつぶつ言いつつ、画面に目を凝らす。
やがて、ほっとした調子で言った
「なんだ、あるじゃないか」
「ないとは言ってないよ。で、ようく見て」
二人のやり取りを聞きながら、栄尾口も画面の近くまで顔を寄せ、じっと見てみる。すぐに気が付いた。
「逆さまになってるね」
「ああ、確かに」
ラックに立ててあるビデオソフトは、本で言えば背表紙に当たる部分が当然見えている訳だが、例のアダルトビデオは上下逆になって差し込まれていた。
正確に記すと『S・Mっぽいのが大好き』と縦書きで書いてあるのが、逆向き、つまり『き好大がのいぽっM・S』となっていて、しかもそれぞれの字も天地逆だ。
「気にならなくはないが、これがどうかしたか、あきらちゃん?」
五所川原が腕組みをし、女子高生を見やる。大前田は「私、思ったのよ」とどこか得意げに始めた。
「死ぬほどの傷を負わされた人って、パニックで恐らく物凄く慌てて焦っているよね」
「まあ、そう想像するのが普通だな」
「そんな精神状態の人が犯人に関する手掛かりを残そうとして、手近に適切な物があったとしたら、それに飛びつくと思わない?」
「だからそれこそがこの『SMっぽいのが大好き』だろ」
「ちょっと違う。栄尾口さんも五所川原刑事も考えてみて。一年前からずっとこの状態で置かれていたところを」
「……」
大の大人が雁首揃えて女子高生に言われるがまま、パソコンの画面に見入る。程なくして栄尾口は閃いた。
「もしかして、W・Sかい?」
「そう、それ。違うかなあ?」
「何を言ってるんだ、二人とも」
五所川原が多少苛立った声で問う。栄尾口は大前田に説明を任せるつもりだったが、彼女が「栄尾口さんからどうぞ」と言った。どうやら立ててくれたのではなく、栄尾口自身の答がほんとに同意見かをチェックしようという意図があるらしい。
「見たまんまですよ、五所川原刑事。背表紙のアルファベットだけをそのまま読めばいい」
「ん? ……WSだな、SMをひっくり返して」
「関係者の中に、イニシャルがWSもしくはSWの人はいないですか」
「――ちょっと待ってくれ」
五所川原は手帳を取り出し、挟んであった印刷物を広げると、目を通していく。じきに答は出た。
「一人だけ、若林春一ってのがいる。フリーターだが、せどりを通じて被害者の勅使河原とつながりができていた。正直、あんまり評判はよくないようだ。中古品の値打ちを把握していないてめえの責任なのに、安く買われて損したと、いつまでもぐちぐち文句を垂れるところがある」
「被害者とはそのようなトラブルはなかったんでしょうか」
続く
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