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15.舞台裏の裏
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酒場を近い順に当たってみるか。昼間からやっている娼館がこの辺にあるのなら、そっちも覗くとしよう。
(通常ならカミュオンにさせるレベルの仕事だな。尤も、そのカミュオンを探すのだから、あいつに頼めるはずもない)
パラドキシカルな思考をちょっとだけ面白がって、口元に笑みが浮かぶ。が、すぐまた元通りに引き締めた。
そんなキースの心がけがよかったのかどうか、酒場の多い方角へ足を向けて、いくらも行かない内に、カミュオン自身から声を掛けられた。
「ナンセンさんじゃないか。こんな時間にこんな場所で会うとは」
ナンセンとは、キース・ハムンゼンが使っている仮の名、通称だ。正体を打ち明けたあとも、こうして第三者の耳や目がある場所での利便性を考慮し、使い続けている。
「おまえに会いに来たんだ。日頃の行いのおかげか、たいして探すことなく見付けられたな」
日常的な会話を装うため、軽く笑い声を立てる。対するカミュオンも笑みを浮かべたが、耳元に顔を近付けて口にした台詞は、穏やかさとは無縁だった。
「問題発生と知って、急いで戻って来たのです。あなたが尋ねてくるのならまずは私のところだろうと」
「――そうだったか。いかなる経緯で知ったのかが気になるが、この場では落ち着かない。君の家でかまわないな」
「もちろん」
こうして自宅に向かい、中に入ってから鍵を掛けるとカミュオンはおもむろに話し始めた。
「最前、街でハンナを見掛けたんです。何かを気にする様子でね」
「なるほどな。君が察した理由が分かった。目論見では、ハンナはそのまま警察に駆け込むものと踏んでいたのだから」
「ええ。だまって逃げ出すとは想定外でした。事前に聞いていたのと、性格にずれがあったようですね」
「それなんだが、今朝、思いも寄らない偶然が働いたらしい」
「偶然、とは」
「私の弟、ディアがハンナと町中で出くわした。恐らくなんだが、その直前の時点ではハンナは警察に駆け込むつもりでいたんだろう。ところが、親しくしていたディアと会って、気が変わった。弟を連れて、別邸に引き返している」
「では、事の次第を弟さんも知ってしまった?」
「いや、そうではないようだから、不思議だ。それにだ、また君を驚かせることになるが、どうやらあの悪役令嬢は死ななかったようだぞ」
「えっ。そんな……」
「ノアル・シェイクフリードの霊を見たと言っている。あいつは前の事件でノアルが死んだと信じ込んでいるからね。霊だ何だと騒ぐのは分かる。で、君はノアルの死を確かめたかい?」
「無論。素人じゃあないのだから。階段から突き落とし、その姿勢のまま事故に見えるよう、改めて殴打した。脈は消えていたし、鼻の下に指をかざしても呼吸はこれっぽっちも感じなかった」
プライドを傷つけられたと感じたのか、固い調子で主張するカミュオン。彼に信を置くキースは、素直に受け入れた。
「分かった。信じるよ。ごく希に仮死状態になってまた蘇るという現象があるらしいじゃないか。悪運の強いノアル・シェイクフリードも黄泉の国への道を引き返したのかもしれん」
「ありがとう、ナンセンさん。ついでと言ってはなんだけれども、ハンナが警察に駆け込まず、弟さんを頼らなかったいきさつも想像が付いた気がする」
「言ってみてくれ」
「別邸に引き返したハンナは、弟さんと同様、息を吹き返したノアルを目撃したんじゃないだろうか。生きているのなら事を荒立てまいと考え、弟さんに助けを求めず、警察にも言わなかった」
「そうか。そう解釈すれば、辻褄は合う。ハンナ自身は、自分の手でノアルを突き飛ばしたと思っているのだから、傷害事件としても公にしたくはないし、ノアルと顔を合わせられないのも当然の成り行き」
合点が行った。膝を打ちたい気分だが、軽薄に見えるかもしれないことを恐れて自重する。
「カミュオン、やはり君の頭の回転は素晴らしい。賞賛に値する」
「いえいえ。今度の計画が思惑通りに行かなかった時点で、賞賛の言葉は辞退しなければなりませんよ」
「その点については、ハンナを平凡で思慮の浅い、怖がりの若い女と見定めた私の責が大きい。君はうまく芝居をしたんだろう?」
「ええ、うまく行ったと自負しています。ノアル・シェイクフリード嬢になりすまして、薄暗いあの別邸の中で、ハンナに突き飛ばされ、階段を転がり落ちる寸劇を演じきりました。事前に、ノアルの実物を直に目にすることが叶わなかったのが唯一の心残りでしたが、少なくともハンナをだますには充分だったと思いますよ。あの子は疑りもせず、別邸を出て行きましたから」
(通常ならカミュオンにさせるレベルの仕事だな。尤も、そのカミュオンを探すのだから、あいつに頼めるはずもない)
パラドキシカルな思考をちょっとだけ面白がって、口元に笑みが浮かぶ。が、すぐまた元通りに引き締めた。
そんなキースの心がけがよかったのかどうか、酒場の多い方角へ足を向けて、いくらも行かない内に、カミュオン自身から声を掛けられた。
「ナンセンさんじゃないか。こんな時間にこんな場所で会うとは」
ナンセンとは、キース・ハムンゼンが使っている仮の名、通称だ。正体を打ち明けたあとも、こうして第三者の耳や目がある場所での利便性を考慮し、使い続けている。
「おまえに会いに来たんだ。日頃の行いのおかげか、たいして探すことなく見付けられたな」
日常的な会話を装うため、軽く笑い声を立てる。対するカミュオンも笑みを浮かべたが、耳元に顔を近付けて口にした台詞は、穏やかさとは無縁だった。
「問題発生と知って、急いで戻って来たのです。あなたが尋ねてくるのならまずは私のところだろうと」
「――そうだったか。いかなる経緯で知ったのかが気になるが、この場では落ち着かない。君の家でかまわないな」
「もちろん」
こうして自宅に向かい、中に入ってから鍵を掛けるとカミュオンはおもむろに話し始めた。
「最前、街でハンナを見掛けたんです。何かを気にする様子でね」
「なるほどな。君が察した理由が分かった。目論見では、ハンナはそのまま警察に駆け込むものと踏んでいたのだから」
「ええ。だまって逃げ出すとは想定外でした。事前に聞いていたのと、性格にずれがあったようですね」
「それなんだが、今朝、思いも寄らない偶然が働いたらしい」
「偶然、とは」
「私の弟、ディアがハンナと町中で出くわした。恐らくなんだが、その直前の時点ではハンナは警察に駆け込むつもりでいたんだろう。ところが、親しくしていたディアと会って、気が変わった。弟を連れて、別邸に引き返している」
「では、事の次第を弟さんも知ってしまった?」
「いや、そうではないようだから、不思議だ。それにだ、また君を驚かせることになるが、どうやらあの悪役令嬢は死ななかったようだぞ」
「えっ。そんな……」
「ノアル・シェイクフリードの霊を見たと言っている。あいつは前の事件でノアルが死んだと信じ込んでいるからね。霊だ何だと騒ぐのは分かる。で、君はノアルの死を確かめたかい?」
「無論。素人じゃあないのだから。階段から突き落とし、その姿勢のまま事故に見えるよう、改めて殴打した。脈は消えていたし、鼻の下に指をかざしても呼吸はこれっぽっちも感じなかった」
プライドを傷つけられたと感じたのか、固い調子で主張するカミュオン。彼に信を置くキースは、素直に受け入れた。
「分かった。信じるよ。ごく希に仮死状態になってまた蘇るという現象があるらしいじゃないか。悪運の強いノアル・シェイクフリードも黄泉の国への道を引き返したのかもしれん」
「ありがとう、ナンセンさん。ついでと言ってはなんだけれども、ハンナが警察に駆け込まず、弟さんを頼らなかったいきさつも想像が付いた気がする」
「言ってみてくれ」
「別邸に引き返したハンナは、弟さんと同様、息を吹き返したノアルを目撃したんじゃないだろうか。生きているのなら事を荒立てまいと考え、弟さんに助けを求めず、警察にも言わなかった」
「そうか。そう解釈すれば、辻褄は合う。ハンナ自身は、自分の手でノアルを突き飛ばしたと思っているのだから、傷害事件としても公にしたくはないし、ノアルと顔を合わせられないのも当然の成り行き」
合点が行った。膝を打ちたい気分だが、軽薄に見えるかもしれないことを恐れて自重する。
「カミュオン、やはり君の頭の回転は素晴らしい。賞賛に値する」
「いえいえ。今度の計画が思惑通りに行かなかった時点で、賞賛の言葉は辞退しなければなりませんよ」
「その点については、ハンナを平凡で思慮の浅い、怖がりの若い女と見定めた私の責が大きい。君はうまく芝居をしたんだろう?」
「ええ、うまく行ったと自負しています。ノアル・シェイクフリード嬢になりすまして、薄暗いあの別邸の中で、ハンナに突き飛ばされ、階段を転がり落ちる寸劇を演じきりました。事前に、ノアルの実物を直に目にすることが叶わなかったのが唯一の心残りでしたが、少なくともハンナをだますには充分だったと思いますよ。あの子は疑りもせず、別邸を出て行きましたから」
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