アベルとフランク ~ 魔玉を巡る奇譚 ~

崎田毅駿

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エピソード2:かたはら 3

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 その言葉の通り、オーディの部屋が暗いままなのである。夕焼けがある頃ならまだしも、とっぷりと暮れてしまったのに、部屋に明かりがつかないとは……。
「眠っている……なんてことは」
 フランクは推測を口にした。彼の精神状態に、何ら変化はない。オーディが魔玉の者で、かつ彼が邪悪な行動を起こしたとすれば、こんな平穏な精神ではいられないはずなのだ。となると、目の前の情景と符合するのは、オーディが眠っているということだけではないか。
「学生がか」
 事情を知らぬケリガンは、冗談はよせとでも言いたげだ。
「ちょっと変だぞ。ひょっとしたら……自殺したのかもしれん」
「まさか!」
「俺はそちらの方を、まだ信じるね。奴が眠りこけているより、説得性がある」
「だったら……確かめてみましょう」
 フランクは相手を促した。
「言われるまでもない。乗り込むさ」
 ケリガン警部補は言い終わるより早く、行動を開始した。
 用心して、通行人を装って、下宿に接近。オーディの部屋からは見えない位置で、下宿の門をくぐった。
「さて」
 階段の下で、警部補はフランクを見てきた。その目は、足を引っ張ってくれるなと言いたいらしい。
「分かってます。何でしたら、ここで待っていましょうか」
「ああ。そう願いたいね」
 そう言うとケリガンは、ほとんど足音を立てずに階段を上がっていった。
 その様を下から眺めるフランク。
 しばらく、様子を窺うつもりらしいケリガン警部補は、やがて強く戸をノックした。他の住人は起きているのだから、さほど遠慮はいらない。
「オーディ? ウィレム・オーディ? いるんだろう、ここを開けないか!」
 ノブを揺さぶる警部補。しかし、問題の部屋は静かなまま。
 フランクはしびれを切らして、階段をかけ上がった。
「どうなっているんです?」
「いよいよ、奴が死んでいるかもしれないってことじゃないかな」
 鼻息を荒くして、警部補は言った。
「鍵を借りて来ないとだめだ。管理人の居場所を調べなきゃならなくなった。フランクとか言ったかな。あんたはもう、帰った方がいい」
「もう少し、立ち会わせてくださいよ」
「いいかい、あんた」
 と、ケリガン警部補が追い返すための台詞を続けようとしたところへ……。
「これはこれは」
 フランクの背中の方から声がかかった。
 ケリガンは声の主の顔が見えているのだろう、驚きの色を表していた。
 フランクが振り返るのを待っていたかのように、声の主は再び口を開いた。
「どこかで見た顔だと思ったら、刑事さんでしたか。えーっと、ケリガン警部補さん、でしたっけ?」
「オーディ……」
 思わずこぼれたケリガンの言葉。フランクは、目の前のこの男こそ、ウィレム・オーディなのだと分かった。部屋から出ていないのではないのか……?
「呼び捨てですか。まだ疑われているんだ」
 オーディは不敵なまでの笑みを浮かべていた。
「僕の部屋に、何かご用でも?」
「オーディ……オーディ君。君は部屋をいつ出た?」
「何のことです? ははん、ずっと張り込んでいたのですか、ご苦労なことだ」
 わざとらしく腕を組むオーディ。
「それはどうでもいい! いつ出たんだ、この部屋を?」
「いつと言われても……夕方ぐらいだったかな。はっきり覚えてなんかいませんね」
「嘘をつくな。ずっと見ていたが、姿を見かけなかったぞ」
 唇を奮わせるケリガン警部補。怒りもあろうが、それよりもオーディが部屋を抜け出たという事実が信じられないらしい。
「ちょっとよそ見でもしていたんじゃないですか。たまたまそのときに、僕が出たんでしょう」
「馬鹿な!」
 憤慨する警部補を無視して、オーディはフランクを気にし出した。
「こちらは? まだ見たことがない顔だけど、新手の刑事さん?」
「違う。僕は単なる友人だ」
 怒りで肩を揺らしている警部補を横に、フランクは適当に言った。
「ふうん。見えないなあ。ただ者じゃないって感じだ」
 オーディはすると、フランクの肩に手をかけてきた。
 そのとき、一瞬ではあったが、フランクは変化を感じ取った。
(魔玉の者だ……)
 フランクは確信する。魔玉の者同士が直接、触れ合ったときしか、この感覚は得られない。
「一般人が刑事と並んで、何をやっているのか、興味あるね」
 オーディの方は何も気付いていないのか、ゆっくりとした口調で聞いてくる。
「僕の名はフランク・シュタイナー。警察の協力者の一種さ」
「何だ、刑事と変わらぬ訳だ」
 がっかりした風なオーディ。
「おい、こっちの質問に答えろ!」
 警部補が怒鳴ったが、オーディは軽く受け流す。
「ちゃんと答えたでしょう。さっきので全てだ。僕は普通に出歩いてるだけなのに、そちらが見落とししたのを僕の責任にされちゃあ、かなわない」
「く……」
 唇を噛みしめるケリガン警部補。
 その様子を見て勝ち誇ったように、オーディが言った。
「用がないのなら、帰ってもらえませんか。他の人にも迷惑だし」

 翌日、フランクはアベルとコナン警部を前に、オーディと顔を合わせたときの報告をした。
「――という訳で、彼は魔玉の者です、間違いなく」
「だいたいのことは分かった。それにしても、君の目の前でいなくなるとはなあ。昨夜も犠牲者が出ているのかな、警部?」
 アベルはコナンに尋ねた。
「いや、そんな報告は入っていない」
「多分」
 フランクは、考えを披露する。
「オーディは、試したんだと思います。刑事の張り込みに感づいたのか、それとも僕の存在を察したのかは分かりませんが、とにかく自分は監視されていると知った。その網からうまく脱出できるかどうか、そして監視している者共――僕達のことですが――がどんな反応をするかを見たかったんじゃないでしょうか」
「何らかの方法で監視の目をくぐり抜け、何もせずに戻って来たということか。けっ、なめた真似をしてくれる」
 忌々しそうに、コナン警部は吐き捨てた。
「くそ、尻尾を踏ん捕まえて、引きずり出してやりたいところだ」
「いきり立っても、相手は魔玉の者。特殊能力を使うのだから、通常の捜査では証拠を得られそうにない……」
 天井を見上げるアベル。
「どうすりゃいいんだ、アベル。あんたにお手上げだったら、どうしようもない」
「無茶な方法ならいくつかあるよ、警部。フランクがオーディに戦いを挑むとか」
「本当に無茶だ」
 フランクは肩をすくめた。
「相手が普通の人間のふりをし通したら、どうなるんです? 僕は単なる喧嘩好きの大男として、監獄行き。そうでしょう、コナン警部?」
「そうなるな。そうなった場合、何とか裏から手を回せないこともないが……。やはり、無理のある方法だな」
「一つ、考えがある」
 アベルは右の人差し指を立て、軽く目をつむった。
「どんな?」
「オーディの能力が分身を作ることであるのは、間違いないと思うのだ。どういう訳か、一旦、分身を作ると、そいつを消すには本体がそいつに触れるなり何なりしなきゃならないらしい。いつでも消せるのなら、殺しをやった直後に消してしまえばいいんだが、それをしていないことから推測されるんだ」
「しかし、分身の能力だけじゃあ、昨日、部屋を抜け出したことを説明できない。どう考えても、姿を消さなくては」
 フランクは、実際に体験したままの感想を言った。
「果たしてそうだろうか?」
 アベルは目を開けた。
「分身を作るだけで、監視の目から逃れられたのだとすれば、どうかな。フランク、君はさっき、下宿の裏は袋小路になっていると言ったね」
「言いましたよ。でも、そこまで僕やケリガン警部補の目を避けて行けたとしても、あの塀は乗り越えられないはず」
「二人だったら、どうなんだ?」
「そりゃあ、二人ならできるって、あの警部補は言ってましたけど……あ!」
「分かったかい?」
 アベルの言葉に、フランクは大きくうなずいた。
 コナン警部が、説明を求める視線をよこしてくる。
「二人で納得していないで、ちゃんと話してくれよ」
「アベルが言いたいのは、こういうことでしょう。オーディは下宿を抜け出て、袋小路の地点に立つ。そこで分身を作り出した。『二人』は協力して、高い塀を乗り越えた……」

 続く
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