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エピソード2:かたはら 4
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「あ……なるほどな」
一通り感心してから、警部は疑問を口にした。
「でも、アベル。謎は解けたが、これが何になると言うのだ? オーディの奴を捕まえられるのかね」
「二人で塀を乗り越えたのなら、その痕跡があるはず。どんなに注意深くしていても、靴の型が残っているかもしれない。とにかく、その塀を徹底的に調べるべきじゃないかな。きっと、何かが出てくる」
自信に溢れた口調のアベルだった。
「そうか、そういうことか。早速、事件に当たってる連中に知らせないといかん。失礼するよ」
コナン警部は、机に置いた帽子を鷲掴みにして、アベルの家から退出した。
「任せておいて、大丈夫なんでしょうか」
不安を面に出したフランクに、アベルはあっさり答える。
「いきなり、オーディが本性を現し、皆殺しの行為に出ることもないだろう。オーディの能力が分身だけならば、可能性は低い。それよりも目下のところ、自分が一番に知りたいのは、オーディがカインと関係しているのかどうか、だ」
「オーディは『普通の人間としての歴史』を持っています。彼が生きている人間として、いつからか魔玉を得たのは確実です。そこにカインが介在しているかどうかは、分かりません」
「オーディは化学を学んでいるんだっけか……微妙だな。化学の知識だけで、魔玉を自身の体内に埋め込めるかどうか。カインのやり方とは別のアプローチで、特殊能力を身に着けるのに成功する場合も、ないとは言い切れないし」
難しい顔になるアベル。
「彼の身辺を洗ったら、カインの名が出てくるかも」
フランクの提案に、アベルは首を横に振った。
「以前、カインはこんな意味のことを言っていた。『君臨者になる』と。これには、魔玉を使って仲間を造るという響きはない。自分の手で魔玉の者としての力を与えてやる。そしてその者を従順なる下僕として、扱うつもりなんじゃないか。あいつが自信を持って言い切っているだけに、何か根拠があるのだと思う。例えば、カイン自身が造り出した魔玉の者は、カインの命令に絶対服従なのではないか……」
「だとしたら、オーディの意識に、カインは姿を現してはいない……」
「つまり、調べても分からんだろうということさ。……いや、私は手元にある研究に集中したくて、悲観的な推測をしているだけかもしれんがね。フランク、君がやりたいのであればやってくれればいい」
「オーディの過去を洗いたい気持ちもある反面、僕としては、どちらかと言えば、これからオーディがどんな行動に出るかが、気になっているんです。塀を乗り越えたことが明らかになれば、それだけで警察はオーディを追及するでしょう。無論、一部を除いて事情を知らない警察は共犯者を探し求める。いくらコナン警部が言ったところで、ほとんど誰も信用しないでしょうからね」
「違いない」
フランクの言葉に苦笑するアベル。彼は続きを促した。
「追及されても、オーディは知らぬ存ぜぬを通すことでしょう。いくら警察が言っても、完全なアリバイを持つオーディは落ちないはず。問題はその後ですよ。警察は見張りをつけることを続行するに違いありません。それを疎ましく思ったオーディが、刑事を一人ずつ殺害していくことだって、あり得るんじゃないですか? もちろん、能力を利したアリバイを構築しておいて」
「では……君は、警察に協力するのがよさそうだ。警察官に護衛をつけるなんて前代未聞も甚だしいが、何とかコナン警部に尽力してもらおう。オーディが動けば、すぐに応戦できるように」
「そうします。警部を追っかける格好になりますね」
早速にも出て行こうとしたフランクは、アベルに呼び止められた。
「ちょっと」
「何です?」
「警察が調べ上げた範囲で、オーディの過去を聞いておくのもいいかもしれない。充分ではないだろうけど」
「分かりました」
フランクは大きくうなずいた。
予想されていたように、オーディは拘束を解かれた。
確かに、塀を乗り越えた跡は発見された。微弱だが、彼の持っている靴と同じ型が、塀に残っていたのである。しかし、それだけの事実では、たいして事態は進まない。四連続殺人に積極的な証拠にならないのはもちろん、オーディが塀を乗り越えたこと自体、何の罪にもならない。張り込みの標的に逃げられたとしても、公務執行妨害に問えるはずもない。
「また、あんたか」
フランクの横でぼやいたのは、ケリガン警部補。
「よろしく」
ぼそぼそと、フランクは答え、巨体を折り曲げ、頭を下げた。
「どうしてこうなのかねえ。あの警部、よその事件に首を突っ込んできた上、署長に手を回して、あんたみたいな民間人をよこすとは……どういうつもりなんだ、全く」
「すみません」
「いや、別にあんたに謝ってもらわなくてもいいさ。あんたのおかげで、俺は減給を逃れたようなもんだからな。感謝してもいいぜ」
ケリガンは自嘲気味に薄笑いを浮かべた。オーディが抜け出るところを見逃した彼は、容疑者に余計な警戒心を抱かせたこととも相まって、減給はおろか、悪くすれば降格の目さえあったらしい。それを、今度もフランクを一緒にするという条件を飲むことで、免責されたのだった。
「しかし、あんたと一緒にいて、失敗をやらかしたのにな。変な話だ」
ケリガンが喋り続けていると、前方から声がした。
「何をしている。早く来ないか」
ジム警部補。もう一人の見張り役として選ばれた男だ。階級こそ同じだが、年齢はケリガンより一つ上で、言うなればお目付役。いくら何でも、失敗したときと同じ二人だけにすることはできない、という訳である。
「そろそろ、オーディの下宿だろ。声を落とすんだ」
男にしてはきんきんした声で、ジムは注意してきた。眼鏡が神経質そうな顔つきを、より一層神経質に見せている。
「はいはい」
ケリガンの方は、ジムをあまり快く思っていないらしく、いい加減な返事で応じる。フランクは、この上、さらに余計な気遣いをさせられそうで、内心、ため息をついた。
「君達は、前回と同じ場所にいるんだ。今度は、例の塀も見張る。そちらを私がやることでいいな」
「お任せしますよ」
ケリガンの皮肉な調子に気付かなかったのか、ジムはさっさと持ち場に歩いて行った。
「やれやれ、やっといったか」
あからさまに、せいせいした態度を表に出すケリガン。
フランクはその様子を見て、真剣に望んだ。
「頼みますよ、ケリガン警部補」
「何が?」
「反目し合っている場合じゃないんです。こんなのでは、オーディにまたしてやられるかもしれない」
「ご忠告、痛み入るね。ふん、君みたいな素人に言われても、不思議と腹が立たない。さっき、ジムとお喋りしたせいだな」
「真面目に考えてください」
「分かってるって。ことが起これば、任務に没頭するさ。それよりも、あんたのことを聞きたいね。何者なんだ、あんた?」
フランクの全身をまじまじと見つめるケリガン。
「今は見張っていないと」
「平気平気。奴が抜け出すとしたら、塀の方だろう。共犯者を呼んで、引っ張ってもらうさ。まともに正面から出て行くはずがない。で、フランク。その巨体からすると、何かスポーツでもやっているのかい?」
「……何も」
仕方なしに、フランクは答え始める。
「ほう、もったいないねえ。仕事は何かやってるのかい?」
「ある研究の手伝いといったところです」
「へえ? 学者の卵か? そうは見えないがな」
「ちょっと意味が違うんですが……」
わざわざ言い直すこともなかろうと思い、フランクは口をつぐんだ。そして、折角、話をするんだったら、オーディのことを聞き出そうと決めた。
「オーディの過去? そうだな」
腕を組むケリガン。
「しかとは覚えていないが、当然、ある程度は知っているさ。化学専攻の学生だろ、奴は。どうして化学なんてやり始めたかって言うと、死者の復活を目指していたかららしい」
「死者の復活?」
まさか、オーディも魔玉を独自に研究していたというのか。フランクは身を乗り出す気分であった。
「ああっと、言葉が悪いかもしれない。死者との交信とすべきかな。そうそう、霊界との通信だ。あの世に逝っちまった者と、この世にいながらにして会話するってことらしい。それを薬品でやろうってつもりだったらしいね、オーディは。さすがに、今はそんなことはやっていないようだが」
「どうしてまた、そんなことを考えたんでしょう」
「それもちゃんと理由がある。奴は実は、双子の片割れなのさ」
秘密めかすかのように、片目をつむるケリガン警部補。
フランクは彼の言葉を反復した。
「双子……」
「しかも顔がそっくりになる、一卵性双生児ってやつだ。双子として生まれながら、オーディの兄は死産だった。以後、兄の『影』に心を支配されている――と、あいつを診察したことのある医者が言っていたな。要するに、兄貴を死なせたのは自分だと思い込んじまって、それを気にして生きてきたって訳だ。その兄に許しを請うため、霊界との通信をやりたがったんだってよ」
「そんなことがあったんですか」
最初に聞きたかった話とは違うが、これはこれでフランクには興味深かった。
「俺、今でも空想するんだ。実はその兄が生きていて、オーディと姿形がそっくりの男に成長している。そいつがオーディに協力して、今度の四つの殺しを行ったんじゃないかってな。アリバイなんて、簡単だ」
「……」
ある意味で、ケリガンの言葉は卓見だと、フランクは思った。
(……双子の兄を想う念が、魔玉によって増幅され、彼に分身という特殊能力を発露させたのかもしれない……)
そのとき、フランクの思考を破る――
「ぐぇ!」
そんな叫びが聞こえてきた。
「ジムのおっさんの声だ!」
言うが早いか、ケリガンは弾けるように走り出していた。
フランクの能力をもってすれば、追い付くのは簡単だったが、一応、力を抑制して警部補の後を追った。
「こいつは……」
問題の塀の向こうに回ったケリガンは、そこに展開される光景にただ立ち尽くしている。
(いきなり、やってしまったか)
歯ぎしりするフランク。まさか、その日の内にこんな行動に出るとは、思ってもみなかった。向こうが仕掛けてくるとしたら、こちらの警戒が薄らぐのを見計らい、ある程度の時間が経過してからのことだと考えていた。油断があった。
ジム警部補は喉をぱっくりと裂かれた上、肩の辺りを背後から破壊されていた。鋭さと力強さという、一見、相容れない攻撃が同時にジムを襲った。そんな感じだ。
「やはり、君達もいたのかい?」
声のする方向には、ウィレム・オーディの姿があった。塀の上に、勝ち誇ったように立っている。その影は今のところ、一つである……。
「今夜は幸いにも、住人はいないんだ」
楽しむかのような響きを持っている。
「よって、思う存分、この力を行使できる!」
「貴様が……やったのか」
理解できないながらも、ケリガンは言葉を絞り出した。
「答えるまでもない」
つーっと、オーディはその指をフランクへと向けてきた。
「君、君はよく分かっているんだろう? 隠さず、認めなよ」
「……」
黙っているフランクを、どういうことだという目でケリガンが見る。
「……ケリガン警部補。あなたには、コナン警部に事態を知らせてほしい」
「説明しろってんだ! ジムのやられ方は普通じゃない。オーディの野郎の仕業とは分かったが、他はさっぱりだ」
しきりに頭を振るケリガン。事態を把握しようとするのではなく、震えをごまかすためかもしれない。
「ここにいてはあなたもやられる。僕一人なら、何とかなるんです。少なくとも、しばらくの間は」
「……おまえ、本当にただ者じゃないな。上が特別扱いするのも、何となく分かった気がするぜ」
そこへ、いらいらした口調が重なった。
「おい、いつまでこちらを待たせておくのだい。僕は紳士のつもりだ。答えるまで待ってやろう。だが、それも度を過ぎると保証できない」
「……ああ。君と同じく、魔玉を得ている」
フランクは、背中に回した手でケリガンに早く行くよう合図を送りつつ、ゆっくりと答えた。
「やっと答えたな。カイン様、逃げる男はどうしますか?」
続く
一通り感心してから、警部は疑問を口にした。
「でも、アベル。謎は解けたが、これが何になると言うのだ? オーディの奴を捕まえられるのかね」
「二人で塀を乗り越えたのなら、その痕跡があるはず。どんなに注意深くしていても、靴の型が残っているかもしれない。とにかく、その塀を徹底的に調べるべきじゃないかな。きっと、何かが出てくる」
自信に溢れた口調のアベルだった。
「そうか、そういうことか。早速、事件に当たってる連中に知らせないといかん。失礼するよ」
コナン警部は、机に置いた帽子を鷲掴みにして、アベルの家から退出した。
「任せておいて、大丈夫なんでしょうか」
不安を面に出したフランクに、アベルはあっさり答える。
「いきなり、オーディが本性を現し、皆殺しの行為に出ることもないだろう。オーディの能力が分身だけならば、可能性は低い。それよりも目下のところ、自分が一番に知りたいのは、オーディがカインと関係しているのかどうか、だ」
「オーディは『普通の人間としての歴史』を持っています。彼が生きている人間として、いつからか魔玉を得たのは確実です。そこにカインが介在しているかどうかは、分かりません」
「オーディは化学を学んでいるんだっけか……微妙だな。化学の知識だけで、魔玉を自身の体内に埋め込めるかどうか。カインのやり方とは別のアプローチで、特殊能力を身に着けるのに成功する場合も、ないとは言い切れないし」
難しい顔になるアベル。
「彼の身辺を洗ったら、カインの名が出てくるかも」
フランクの提案に、アベルは首を横に振った。
「以前、カインはこんな意味のことを言っていた。『君臨者になる』と。これには、魔玉を使って仲間を造るという響きはない。自分の手で魔玉の者としての力を与えてやる。そしてその者を従順なる下僕として、扱うつもりなんじゃないか。あいつが自信を持って言い切っているだけに、何か根拠があるのだと思う。例えば、カイン自身が造り出した魔玉の者は、カインの命令に絶対服従なのではないか……」
「だとしたら、オーディの意識に、カインは姿を現してはいない……」
「つまり、調べても分からんだろうということさ。……いや、私は手元にある研究に集中したくて、悲観的な推測をしているだけかもしれんがね。フランク、君がやりたいのであればやってくれればいい」
「オーディの過去を洗いたい気持ちもある反面、僕としては、どちらかと言えば、これからオーディがどんな行動に出るかが、気になっているんです。塀を乗り越えたことが明らかになれば、それだけで警察はオーディを追及するでしょう。無論、一部を除いて事情を知らない警察は共犯者を探し求める。いくらコナン警部が言ったところで、ほとんど誰も信用しないでしょうからね」
「違いない」
フランクの言葉に苦笑するアベル。彼は続きを促した。
「追及されても、オーディは知らぬ存ぜぬを通すことでしょう。いくら警察が言っても、完全なアリバイを持つオーディは落ちないはず。問題はその後ですよ。警察は見張りをつけることを続行するに違いありません。それを疎ましく思ったオーディが、刑事を一人ずつ殺害していくことだって、あり得るんじゃないですか? もちろん、能力を利したアリバイを構築しておいて」
「では……君は、警察に協力するのがよさそうだ。警察官に護衛をつけるなんて前代未聞も甚だしいが、何とかコナン警部に尽力してもらおう。オーディが動けば、すぐに応戦できるように」
「そうします。警部を追っかける格好になりますね」
早速にも出て行こうとしたフランクは、アベルに呼び止められた。
「ちょっと」
「何です?」
「警察が調べ上げた範囲で、オーディの過去を聞いておくのもいいかもしれない。充分ではないだろうけど」
「分かりました」
フランクは大きくうなずいた。
予想されていたように、オーディは拘束を解かれた。
確かに、塀を乗り越えた跡は発見された。微弱だが、彼の持っている靴と同じ型が、塀に残っていたのである。しかし、それだけの事実では、たいして事態は進まない。四連続殺人に積極的な証拠にならないのはもちろん、オーディが塀を乗り越えたこと自体、何の罪にもならない。張り込みの標的に逃げられたとしても、公務執行妨害に問えるはずもない。
「また、あんたか」
フランクの横でぼやいたのは、ケリガン警部補。
「よろしく」
ぼそぼそと、フランクは答え、巨体を折り曲げ、頭を下げた。
「どうしてこうなのかねえ。あの警部、よその事件に首を突っ込んできた上、署長に手を回して、あんたみたいな民間人をよこすとは……どういうつもりなんだ、全く」
「すみません」
「いや、別にあんたに謝ってもらわなくてもいいさ。あんたのおかげで、俺は減給を逃れたようなもんだからな。感謝してもいいぜ」
ケリガンは自嘲気味に薄笑いを浮かべた。オーディが抜け出るところを見逃した彼は、容疑者に余計な警戒心を抱かせたこととも相まって、減給はおろか、悪くすれば降格の目さえあったらしい。それを、今度もフランクを一緒にするという条件を飲むことで、免責されたのだった。
「しかし、あんたと一緒にいて、失敗をやらかしたのにな。変な話だ」
ケリガンが喋り続けていると、前方から声がした。
「何をしている。早く来ないか」
ジム警部補。もう一人の見張り役として選ばれた男だ。階級こそ同じだが、年齢はケリガンより一つ上で、言うなればお目付役。いくら何でも、失敗したときと同じ二人だけにすることはできない、という訳である。
「そろそろ、オーディの下宿だろ。声を落とすんだ」
男にしてはきんきんした声で、ジムは注意してきた。眼鏡が神経質そうな顔つきを、より一層神経質に見せている。
「はいはい」
ケリガンの方は、ジムをあまり快く思っていないらしく、いい加減な返事で応じる。フランクは、この上、さらに余計な気遣いをさせられそうで、内心、ため息をついた。
「君達は、前回と同じ場所にいるんだ。今度は、例の塀も見張る。そちらを私がやることでいいな」
「お任せしますよ」
ケリガンの皮肉な調子に気付かなかったのか、ジムはさっさと持ち場に歩いて行った。
「やれやれ、やっといったか」
あからさまに、せいせいした態度を表に出すケリガン。
フランクはその様子を見て、真剣に望んだ。
「頼みますよ、ケリガン警部補」
「何が?」
「反目し合っている場合じゃないんです。こんなのでは、オーディにまたしてやられるかもしれない」
「ご忠告、痛み入るね。ふん、君みたいな素人に言われても、不思議と腹が立たない。さっき、ジムとお喋りしたせいだな」
「真面目に考えてください」
「分かってるって。ことが起これば、任務に没頭するさ。それよりも、あんたのことを聞きたいね。何者なんだ、あんた?」
フランクの全身をまじまじと見つめるケリガン。
「今は見張っていないと」
「平気平気。奴が抜け出すとしたら、塀の方だろう。共犯者を呼んで、引っ張ってもらうさ。まともに正面から出て行くはずがない。で、フランク。その巨体からすると、何かスポーツでもやっているのかい?」
「……何も」
仕方なしに、フランクは答え始める。
「ほう、もったいないねえ。仕事は何かやってるのかい?」
「ある研究の手伝いといったところです」
「へえ? 学者の卵か? そうは見えないがな」
「ちょっと意味が違うんですが……」
わざわざ言い直すこともなかろうと思い、フランクは口をつぐんだ。そして、折角、話をするんだったら、オーディのことを聞き出そうと決めた。
「オーディの過去? そうだな」
腕を組むケリガン。
「しかとは覚えていないが、当然、ある程度は知っているさ。化学専攻の学生だろ、奴は。どうして化学なんてやり始めたかって言うと、死者の復活を目指していたかららしい」
「死者の復活?」
まさか、オーディも魔玉を独自に研究していたというのか。フランクは身を乗り出す気分であった。
「ああっと、言葉が悪いかもしれない。死者との交信とすべきかな。そうそう、霊界との通信だ。あの世に逝っちまった者と、この世にいながらにして会話するってことらしい。それを薬品でやろうってつもりだったらしいね、オーディは。さすがに、今はそんなことはやっていないようだが」
「どうしてまた、そんなことを考えたんでしょう」
「それもちゃんと理由がある。奴は実は、双子の片割れなのさ」
秘密めかすかのように、片目をつむるケリガン警部補。
フランクは彼の言葉を反復した。
「双子……」
「しかも顔がそっくりになる、一卵性双生児ってやつだ。双子として生まれながら、オーディの兄は死産だった。以後、兄の『影』に心を支配されている――と、あいつを診察したことのある医者が言っていたな。要するに、兄貴を死なせたのは自分だと思い込んじまって、それを気にして生きてきたって訳だ。その兄に許しを請うため、霊界との通信をやりたがったんだってよ」
「そんなことがあったんですか」
最初に聞きたかった話とは違うが、これはこれでフランクには興味深かった。
「俺、今でも空想するんだ。実はその兄が生きていて、オーディと姿形がそっくりの男に成長している。そいつがオーディに協力して、今度の四つの殺しを行ったんじゃないかってな。アリバイなんて、簡単だ」
「……」
ある意味で、ケリガンの言葉は卓見だと、フランクは思った。
(……双子の兄を想う念が、魔玉によって増幅され、彼に分身という特殊能力を発露させたのかもしれない……)
そのとき、フランクの思考を破る――
「ぐぇ!」
そんな叫びが聞こえてきた。
「ジムのおっさんの声だ!」
言うが早いか、ケリガンは弾けるように走り出していた。
フランクの能力をもってすれば、追い付くのは簡単だったが、一応、力を抑制して警部補の後を追った。
「こいつは……」
問題の塀の向こうに回ったケリガンは、そこに展開される光景にただ立ち尽くしている。
(いきなり、やってしまったか)
歯ぎしりするフランク。まさか、その日の内にこんな行動に出るとは、思ってもみなかった。向こうが仕掛けてくるとしたら、こちらの警戒が薄らぐのを見計らい、ある程度の時間が経過してからのことだと考えていた。油断があった。
ジム警部補は喉をぱっくりと裂かれた上、肩の辺りを背後から破壊されていた。鋭さと力強さという、一見、相容れない攻撃が同時にジムを襲った。そんな感じだ。
「やはり、君達もいたのかい?」
声のする方向には、ウィレム・オーディの姿があった。塀の上に、勝ち誇ったように立っている。その影は今のところ、一つである……。
「今夜は幸いにも、住人はいないんだ」
楽しむかのような響きを持っている。
「よって、思う存分、この力を行使できる!」
「貴様が……やったのか」
理解できないながらも、ケリガンは言葉を絞り出した。
「答えるまでもない」
つーっと、オーディはその指をフランクへと向けてきた。
「君、君はよく分かっているんだろう? 隠さず、認めなよ」
「……」
黙っているフランクを、どういうことだという目でケリガンが見る。
「……ケリガン警部補。あなたには、コナン警部に事態を知らせてほしい」
「説明しろってんだ! ジムのやられ方は普通じゃない。オーディの野郎の仕業とは分かったが、他はさっぱりだ」
しきりに頭を振るケリガン。事態を把握しようとするのではなく、震えをごまかすためかもしれない。
「ここにいてはあなたもやられる。僕一人なら、何とかなるんです。少なくとも、しばらくの間は」
「……おまえ、本当にただ者じゃないな。上が特別扱いするのも、何となく分かった気がするぜ」
そこへ、いらいらした口調が重なった。
「おい、いつまでこちらを待たせておくのだい。僕は紳士のつもりだ。答えるまで待ってやろう。だが、それも度を過ぎると保証できない」
「……ああ。君と同じく、魔玉を得ている」
フランクは、背中に回した手でケリガンに早く行くよう合図を送りつつ、ゆっくりと答えた。
「やっと答えたな。カイン様、逃げる男はどうしますか?」
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