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7.恋と友情
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「そうね。未練というか後悔というか」
「それを話して欲しいな」
ベッドの縁にかぶりつくようにしておねだりする。おばあちゃんはいつもと違って、すぐには首を縦に振らなかった。
「……どうしようかしら」
「悲しいお話なの? えっと、差し支えがあるっていうんだったら、無理に話してくれなくても全然かまわないけど」
「うーん、悲しいことは悲しいけれども、差し支えはないわ。それに、全体的に見れば楽しい話だし、きっとあなたも関心を持つと思う」
「そんな言い方されたら、ますます気になる」
「私の自慢話も多少入るけれどもいい? いわゆる恋バナに含まれる話なの」
「全然、平気!」
おばあちゃんの恋愛エピソード! これはもう絶対にこのチャンスを逃しちゃいけない。
「それよりいつの恋バナなの? 芸能界での話だったら、いくら年月が経っていても、差し支えあるんじゃあ……」
「安心して。私が小学六年生から中学生の頃の話だから。あら、ちょうど同じね」
同じと言っても小六から中学生っていうことは、四年間に渡ってる。幅が広いよ。そんなに壮大な恋バナなのかしら。
「彼と最初に出会ったのは六年生の六月。私達のクラスに転校してきたの」
おばあちゃんは懐かしむような眼差しで斜め上を見つめながら、話を始めた。
* *
名前を柏葉亨と言って、ぱっと見た感じではぼーっとした、つかみどころのない印象を受けたわ。周りの友達はみんなクールだの何だのって、最初から惚れ込んだ人もいたんだけれども、私には今ひとつ理解できなくて首を傾げたのを覚えている。でも、すぐによく話をするようになった。ただ単に席が隣になったからなのだけれどね。初日は教科書がまだ届いていなくて、見せてあげることになったし。
女子と男子の二人一組でやる日直の当番でも、何故か順番が同じになって、しかもその日はやるべきことが多くてね。社会科準備室だったかな。昼休みの間にそこへ教材を取りに行くよう、担任の古賀先生から言われていたから、私達は給食を急いで食べた。遊べる時間を少しでも多く残そうってわけ。
それで社会科準備室に行って、教材を探すと、書架の上、そこに積まれた段ボール箱のさらの上にあった。まず届かない高さだったから、仕方なく長机の上にパイプ椅子を置いて、その上に立ったわ。もちろん、私が。樫葉君は下で椅子を支えてくれていた。手を伸ばしてみたら届いて、やったうまく行ったと思った。ところがくだんの教材は長い間使われていなかったみたいで、埃にまみれていたの。もちろんうっすらと埃を被っているのは見えていたんだけど、動かしたことで思っていた以上に舞い上がった。しばらくして私ったら、くしゃみが出そうになってね。こらえようとしたのだけれども我慢できなくて、教材を手に抱えたまま、くしゃみが二連続で出た。
不安定な椅子の上に、何にもつかまらずに立っていた私はくしゃみをした拍子にバランスを崩しそうになって、慌てた。ああ、行っておくのを忘れていたけれども、足は上履きを脱いでソックス姿だった。だからなのかどうか分からないけれども、踏ん張りが利かなくて滑った気がするのよね。天井が見えたわ。同時に、柏葉君の「あっ」という声が下から聞こえた気もする。
衝撃に備えて身体を丸くしたと言えば聞こえがいいけれども、本当のところは全身が固まった感じだった。
でも、衝撃は襲ってこなくて、代わりに柏葉君の腕に収まっていた。
次の瞬間、どんがらがっしゃんていう激しい音がした。パイプ椅子と、私が手放してしまった教材が、床に落ちて派手な音を立てていた。
「あ、ありがとう」
どぎまぎしながらそう言うと、相手は「びっくりした」だって。助けてくれた方が言う台詞じゃないわよね。どちらかといったら、助けられた方の台詞。
「思っていたよりも全然衝撃がなかった。軽いんだ、榊原さんて」
ほめられているのかしら、それとも重たそうな見た目をしているということかしらとおかしなことを考えていると、教室のドアががらっと音を立てて開かれた。先生が来て、「どうした? かなりでかい音がしたが大丈夫か?」って聞いてきた。
私の方が意識するようになったのはそれ以来。柏葉君の方はどうだったんだろう。
何にせよ、この人いいな、好きだなって思ってもすぐに口に出せるものじゃなかった。好意を秘めたまま、学校生活を楽しんでいたってところね。
でもあるとき、さざ波が立った。私はその頃特に仲のいい友達が二人いて、三人組みたいに見られることも多かった。富岡要子っていう子と沖田史香っていう子で、二人とも、私が柏葉君に好意を持つよりもずっと早く、彼のことをいいわねって言っていた。さざ波を立てたのは要子ちゃん――さすがに名前にちゃん付けは恥ずかしいかな。三人だけでいる場で、富岡さんが言い出したの。
「柏葉君に告白できたらしようかなーって思ってるんだ」
柏葉君を真剣に好きなのは傍目から見ても明らかだったから、改めて驚くことはなかった。ただ、これを聞いた沖田さんが、
「えっ、抜け駆けはなしにしてよ」
と笑いながらも意思表示をしたのに対し、私は同じように笑いながらも、
「そう、二人ともがんばって。応援する」
なんて言ってしまったの。あとになって、何であのとき「私も実は柏葉君のことがいいなと思い始めた」と言わなかったんだろうって、強く悔やんだ。何度もね。
「それを話して欲しいな」
ベッドの縁にかぶりつくようにしておねだりする。おばあちゃんはいつもと違って、すぐには首を縦に振らなかった。
「……どうしようかしら」
「悲しいお話なの? えっと、差し支えがあるっていうんだったら、無理に話してくれなくても全然かまわないけど」
「うーん、悲しいことは悲しいけれども、差し支えはないわ。それに、全体的に見れば楽しい話だし、きっとあなたも関心を持つと思う」
「そんな言い方されたら、ますます気になる」
「私の自慢話も多少入るけれどもいい? いわゆる恋バナに含まれる話なの」
「全然、平気!」
おばあちゃんの恋愛エピソード! これはもう絶対にこのチャンスを逃しちゃいけない。
「それよりいつの恋バナなの? 芸能界での話だったら、いくら年月が経っていても、差し支えあるんじゃあ……」
「安心して。私が小学六年生から中学生の頃の話だから。あら、ちょうど同じね」
同じと言っても小六から中学生っていうことは、四年間に渡ってる。幅が広いよ。そんなに壮大な恋バナなのかしら。
「彼と最初に出会ったのは六年生の六月。私達のクラスに転校してきたの」
おばあちゃんは懐かしむような眼差しで斜め上を見つめながら、話を始めた。
* *
名前を柏葉亨と言って、ぱっと見た感じではぼーっとした、つかみどころのない印象を受けたわ。周りの友達はみんなクールだの何だのって、最初から惚れ込んだ人もいたんだけれども、私には今ひとつ理解できなくて首を傾げたのを覚えている。でも、すぐによく話をするようになった。ただ単に席が隣になったからなのだけれどね。初日は教科書がまだ届いていなくて、見せてあげることになったし。
女子と男子の二人一組でやる日直の当番でも、何故か順番が同じになって、しかもその日はやるべきことが多くてね。社会科準備室だったかな。昼休みの間にそこへ教材を取りに行くよう、担任の古賀先生から言われていたから、私達は給食を急いで食べた。遊べる時間を少しでも多く残そうってわけ。
それで社会科準備室に行って、教材を探すと、書架の上、そこに積まれた段ボール箱のさらの上にあった。まず届かない高さだったから、仕方なく長机の上にパイプ椅子を置いて、その上に立ったわ。もちろん、私が。樫葉君は下で椅子を支えてくれていた。手を伸ばしてみたら届いて、やったうまく行ったと思った。ところがくだんの教材は長い間使われていなかったみたいで、埃にまみれていたの。もちろんうっすらと埃を被っているのは見えていたんだけど、動かしたことで思っていた以上に舞い上がった。しばらくして私ったら、くしゃみが出そうになってね。こらえようとしたのだけれども我慢できなくて、教材を手に抱えたまま、くしゃみが二連続で出た。
不安定な椅子の上に、何にもつかまらずに立っていた私はくしゃみをした拍子にバランスを崩しそうになって、慌てた。ああ、行っておくのを忘れていたけれども、足は上履きを脱いでソックス姿だった。だからなのかどうか分からないけれども、踏ん張りが利かなくて滑った気がするのよね。天井が見えたわ。同時に、柏葉君の「あっ」という声が下から聞こえた気もする。
衝撃に備えて身体を丸くしたと言えば聞こえがいいけれども、本当のところは全身が固まった感じだった。
でも、衝撃は襲ってこなくて、代わりに柏葉君の腕に収まっていた。
次の瞬間、どんがらがっしゃんていう激しい音がした。パイプ椅子と、私が手放してしまった教材が、床に落ちて派手な音を立てていた。
「あ、ありがとう」
どぎまぎしながらそう言うと、相手は「びっくりした」だって。助けてくれた方が言う台詞じゃないわよね。どちらかといったら、助けられた方の台詞。
「思っていたよりも全然衝撃がなかった。軽いんだ、榊原さんて」
ほめられているのかしら、それとも重たそうな見た目をしているということかしらとおかしなことを考えていると、教室のドアががらっと音を立てて開かれた。先生が来て、「どうした? かなりでかい音がしたが大丈夫か?」って聞いてきた。
私の方が意識するようになったのはそれ以来。柏葉君の方はどうだったんだろう。
何にせよ、この人いいな、好きだなって思ってもすぐに口に出せるものじゃなかった。好意を秘めたまま、学校生活を楽しんでいたってところね。
でもあるとき、さざ波が立った。私はその頃特に仲のいい友達が二人いて、三人組みたいに見られることも多かった。富岡要子っていう子と沖田史香っていう子で、二人とも、私が柏葉君に好意を持つよりもずっと早く、彼のことをいいわねって言っていた。さざ波を立てたのは要子ちゃん――さすがに名前にちゃん付けは恥ずかしいかな。三人だけでいる場で、富岡さんが言い出したの。
「柏葉君に告白できたらしようかなーって思ってるんだ」
柏葉君を真剣に好きなのは傍目から見ても明らかだったから、改めて驚くことはなかった。ただ、これを聞いた沖田さんが、
「えっ、抜け駆けはなしにしてよ」
と笑いながらも意思表示をしたのに対し、私は同じように笑いながらも、
「そう、二人ともがんばって。応援する」
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