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6.おばあちゃんの秘密の昔話
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そのドラマには、川で溺れかけている小さな子を年配の女性が助けるというシーンがあった。岸辺から水に飛び込むところに始まり、小さな子を脇に抱えるようにして上がってくるところまで、スタントなしにやり遂げたわ。でも、そのすぐあとに体調を崩してしまった。最初は水が冷たかったおかげで熱が出たものと思われていたのが、一向によくならない。詳しく検査すると水の中にいるよくない菌が体内に入ったと分かった。急いで治療が行われて回復に向かったんだけども、もう少し遅れていたら命に関わっていたというから怖い。併せて軽い肺炎にもかかり、おばあちゃん、すっかり弱気になってしまった。
病室にお見舞いに来てくれたドラマのスタッフさん達が頭を下げてお詫びするのへ、「私の方こそこんなていたらくで、申し訳ございません」と謝っていた。周りの人に迷惑を掛けるのがたまらなく辛い、っていうタイプなんだよね。
というのも――ドラマの方は撮影はほとんど済んでいたから、おばあちゃんが入院しても何ら障害にはならなかったけど、放送は少し先送りされることに決まった。サプライズとして亜咲香純子の限定復帰を公表したいのに、当のおばあちゃんが入院中だと格好が付かない。それどころか、別の形でワイドショーの芸能ニュースになりかねない。そういった配慮による放送延期なんだけど、それでも放送が先になったという事実がおばあちゃんを、恩人に対して顔向けできない、申し訳ないという気持ちにさせるのだ。
「そんな弱気は似合わないよ。おばあちゃん、元気出して」
戻ってきたおばあちゃんを励ましてみるんだけど、今ひとつ手応えが感じられないでいる日々が続いていた。実際の診断では、菌に関してはもう大丈夫、肺炎はほんのわずか肺の機能が衰えることになるけれども、問題ないレベル。あとは長くベッドで横たわっていたことから来る身体能力の低下をリハビリで回復すれば、ほとんど元通りだっていうのに。
「もう少し若い内に、何度かドラマに出て復帰しておくべきだったかも。そうしていたらきっと、大事な撮影でこんなことにはならなかったわ」
私はお医者さんじゃないから分からないけれども、菌が入ったのはたまたまだと聞いた。運が悪かっただけで、体調や年齢なんかとは関係ない。あ、ちなみにだけど、おばあちゃんと一緒に川に入って熱演をした小さな子は何ともなかったから安心して。
「そんなことないって。偶然だよ偶然。運が悪かっただけ」
「……でもね。あなたは知らないでしょうけれども、現役のときの私はそれはそれは運がよくて。周りの人に助けられて来たの」
小学六年生のとき、同級生のお母さんが広告会社勤めで、その関係で芸能人のグラビア撮影を見学しに行ったのがきっかけでスカウトされた。そこからテレビコマーシャルがいきなり決まって名前と顔が少し知られるようになり、当時売れっ子だった男性アイドルに何故か気に入られて、映画の妹役に抜擢。高校受験を機に休業状態に入り、そのまま引退しようかなと気持ちが傾いていたけれども、一年後、家族揃って船で旅行中にひょんなことからより華やかな道が開けてしまう。
「海外の有名な刑事ドラマが、日本でのエピソードを撮るために乗り込んでいたのよ。その回の出演者には当然、日本人俳優も多くいて、十六歳の少女という役もあった。その役に決まっていた子がひどい船酔いになって、それでも無理をして続けていたら、船の揺れで転倒して、頭を打ってしまって。さすがにもう無理だ、乗客から代役を探そうという無茶苦茶な話が通ったのよね。外国人スタッフは誰一人として“亜咲香純子”なんて知らなかったけれども、日本人俳優やマネージャーさんには知られているから、すぐに見付かっちゃった」
以前、おばあちゃんはおかしそうに話したけれども、ここにはちょっぴり謙遜が入っていることを私は知っている。その場にいた人から昔話として聞いたのよね。実際のところ、外国人スタッフが乗客の中で条件に当てはまりそうな少女をチェックして回り、最終的に主役を張る有名な俳優(もちろん外国人)が「この子で行こう。是が非でも口説き落としてくれ」と決定したそうだ。
とにかく、おばあちゃんの幸運は、実力があってこその強運なんだよね。だからなのかな。運悪く病気になりましたなんて言われて、落ち込んじゃっている。
「今さらだけれども、人間、いつ何が起きるか分からないものだと、改めて気付かされた」
悟ったみたいに言い始めたおばあちゃん。
「まあ、これまで後悔のないように過ごしてきたつもりだから、過去に関してはほとんど未練はない。あるとしたらこれから先ね。今もしも身体が動かなくなったり、万が一死んじゃったりしたら、あなたともこんな風に話せなくなる」
「怖いこと言わないでよ、おばあちゃん」
「こればかりは自分の意志だけでどうにかなるものじゃないから。ほんと、人生何があるか分からない」
だめだ~。どうにかして弱気を取り払わなくっちゃ。本当に具合が悪くなってしまうかもしれない。
私は話題を換えようと口を開いた。けれども特に何も出て来ない。考えている余裕もなかった。
「ねえ、おばあちゃん。話、聞かせて」
「うん? 何の話がいいの?」
「昔のおばあちゃんの話。さっきぽろっと言ったでしょ。過去に関してはほとんど未練がないって」
「ええ、言いましたね」
「ほとんどって言うからには、ちょっとは未練があるってこと?」
病室にお見舞いに来てくれたドラマのスタッフさん達が頭を下げてお詫びするのへ、「私の方こそこんなていたらくで、申し訳ございません」と謝っていた。周りの人に迷惑を掛けるのがたまらなく辛い、っていうタイプなんだよね。
というのも――ドラマの方は撮影はほとんど済んでいたから、おばあちゃんが入院しても何ら障害にはならなかったけど、放送は少し先送りされることに決まった。サプライズとして亜咲香純子の限定復帰を公表したいのに、当のおばあちゃんが入院中だと格好が付かない。それどころか、別の形でワイドショーの芸能ニュースになりかねない。そういった配慮による放送延期なんだけど、それでも放送が先になったという事実がおばあちゃんを、恩人に対して顔向けできない、申し訳ないという気持ちにさせるのだ。
「そんな弱気は似合わないよ。おばあちゃん、元気出して」
戻ってきたおばあちゃんを励ましてみるんだけど、今ひとつ手応えが感じられないでいる日々が続いていた。実際の診断では、菌に関してはもう大丈夫、肺炎はほんのわずか肺の機能が衰えることになるけれども、問題ないレベル。あとは長くベッドで横たわっていたことから来る身体能力の低下をリハビリで回復すれば、ほとんど元通りだっていうのに。
「もう少し若い内に、何度かドラマに出て復帰しておくべきだったかも。そうしていたらきっと、大事な撮影でこんなことにはならなかったわ」
私はお医者さんじゃないから分からないけれども、菌が入ったのはたまたまだと聞いた。運が悪かっただけで、体調や年齢なんかとは関係ない。あ、ちなみにだけど、おばあちゃんと一緒に川に入って熱演をした小さな子は何ともなかったから安心して。
「そんなことないって。偶然だよ偶然。運が悪かっただけ」
「……でもね。あなたは知らないでしょうけれども、現役のときの私はそれはそれは運がよくて。周りの人に助けられて来たの」
小学六年生のとき、同級生のお母さんが広告会社勤めで、その関係で芸能人のグラビア撮影を見学しに行ったのがきっかけでスカウトされた。そこからテレビコマーシャルがいきなり決まって名前と顔が少し知られるようになり、当時売れっ子だった男性アイドルに何故か気に入られて、映画の妹役に抜擢。高校受験を機に休業状態に入り、そのまま引退しようかなと気持ちが傾いていたけれども、一年後、家族揃って船で旅行中にひょんなことからより華やかな道が開けてしまう。
「海外の有名な刑事ドラマが、日本でのエピソードを撮るために乗り込んでいたのよ。その回の出演者には当然、日本人俳優も多くいて、十六歳の少女という役もあった。その役に決まっていた子がひどい船酔いになって、それでも無理をして続けていたら、船の揺れで転倒して、頭を打ってしまって。さすがにもう無理だ、乗客から代役を探そうという無茶苦茶な話が通ったのよね。外国人スタッフは誰一人として“亜咲香純子”なんて知らなかったけれども、日本人俳優やマネージャーさんには知られているから、すぐに見付かっちゃった」
以前、おばあちゃんはおかしそうに話したけれども、ここにはちょっぴり謙遜が入っていることを私は知っている。その場にいた人から昔話として聞いたのよね。実際のところ、外国人スタッフが乗客の中で条件に当てはまりそうな少女をチェックして回り、最終的に主役を張る有名な俳優(もちろん外国人)が「この子で行こう。是が非でも口説き落としてくれ」と決定したそうだ。
とにかく、おばあちゃんの幸運は、実力があってこその強運なんだよね。だからなのかな。運悪く病気になりましたなんて言われて、落ち込んじゃっている。
「今さらだけれども、人間、いつ何が起きるか分からないものだと、改めて気付かされた」
悟ったみたいに言い始めたおばあちゃん。
「まあ、これまで後悔のないように過ごしてきたつもりだから、過去に関してはほとんど未練はない。あるとしたらこれから先ね。今もしも身体が動かなくなったり、万が一死んじゃったりしたら、あなたともこんな風に話せなくなる」
「怖いこと言わないでよ、おばあちゃん」
「こればかりは自分の意志だけでどうにかなるものじゃないから。ほんと、人生何があるか分からない」
だめだ~。どうにかして弱気を取り払わなくっちゃ。本当に具合が悪くなってしまうかもしれない。
私は話題を換えようと口を開いた。けれども特に何も出て来ない。考えている余裕もなかった。
「ねえ、おばあちゃん。話、聞かせて」
「うん? 何の話がいいの?」
「昔のおばあちゃんの話。さっきぽろっと言ったでしょ。過去に関してはほとんど未練がないって」
「ええ、言いましたね」
「ほとんどって言うからには、ちょっとは未練があるってこと?」
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