こころのこり、ほぐすには?

崎田毅駿

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15.とめなくちゃ!

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「そうなの。ちょっと病気をして入院していたのだけれど、おとといリハビリも無事に済んで帰ってきたところだった。全快しているからといって、いきなり連れ出すなんて、あの子どうかしたのかしら」
「とりあえず、封筒の中を見たいのですが」
「そうよね。上がってもらった方がいいかしら。もちろん、封筒の中身は見ないから。ただ、岸本君、あなたの判断で見せてくれるのなら見るけれども」
「それでいいんですか」
 驚きで目を丸くなるのが自分でも何となく分かった。普通、娘がいきなりいなくなって置き手紙をしていたら、メモによる指図なんて無視して中を読もうとするものではないか。
「ええ。十二時間は待つつもり、静香はばかをする子じゃないし、おばあちゃんだって付いているのだからね」
「あ、携帯端末は?」
 はたと思い当たり、基本的なことを確認する岸本。すると吾妻の母は眉根を寄せ、その表情が曇った。
「それが二人とも置いていってるの。そこは不安なんだけれども……」
「分かりました。とにかく、中を読んでみます」
 例の夢のことが書かれている可能性が高い。となると家の中、部屋の中で一人で読むのがいいだろう。岸本はそう判断し、お言葉に甘えて家に上がらせてもらった。以前よく来た思い出が蘇り、ほとんど変わっていないなと実感する。
「岸本君、静香の部屋を使って」
「いいんですか」
「ええ。ただし、ドアは開け放しておいてね」
 通されたクラスメートの部屋もまた、昔とあまり変わっていなかった。以前に比べると、いわゆる女子らしさが減っているような気がした。ぬいぐるみの数が少なくなっているし、壁に貼ってあったタレントやアニメのポスターも消えている。かといって衣服に力を入れている風にも思えない。
「読んだら、全部とは言わないけれども、内容を大まかに教えてくれたら嬉しいわ」
「分かりました。僕もなるべくそうしたいです」
 あとでお茶を持って行くからと言ってくれた吾妻の母にお礼を述べて、部屋で一人になる。封筒はのり付けされていた。勉強机の筆立てを覗くと、カッターナイフがあったのでそれを使って開けてみた。手が震えないよう、注意を払って。中からは青みがかった既製品の便せんが一枚、出て来た。
<これを読んでいるのが岸本君だとしたら、ミカマサの言葉は正しかったことになるし、多分、正しいんだと思う。>
 いきなり、変わった出だしの文面だった。何だこれは戸戸惑うも、岸本は続きに目を通す。
<岸本君。願い事が決まり、呪文も満足に言えるようになったので、試してみることにしました。事前に相談しなくてごめんね。
 最初に書いたミカマサというのは、夢の中で願いを叶えるって言ってた声の主。呪文を唱えたら突然目の前に現れて、相手がそう名乗ったの。でも坂口君はそんなこと言ってなかったから、ひょっとしたら適当に名乗っているだけかも。
 ともかく、現れたミカマサに願い事を伝えた。私はおばあちゃんが、今の私ぐらいの年頃のときに、好きな男子からの告白をやむを得ず断ったことの後悔を解消させてあげたい、できるのなら過去に行っておばあちゃんが告白にOKの返事をしたのを見届けてから、元の時間に戻りたいって。そうしたら過去に行くのは可能だけど、元の時間に戻すのは無理なんだって。十二時間くらい空けないと、失敗する恐れが出て来る。時空のつなぎ目がどうとかこうとか言って、要するに一旦切った紙切れの端と端とをぴったりくっつけて張り直すとわずかな隙間が残る恐れがある、のりしろを充分にとって貼り合わせれば隙間はできないっていう理屈みたい。そういうわけで、帰れるのはそっちを出発してから十二時間後になる。今日の夜九時頃ね。
 岸本君が今朝来ると分かったのは、ミカマサが教えてくれたの。伝言を残す時間をくれたから。あと、おばあちゃんも連れて行くかどうか少し迷った。私一人で行って過去のおばあちゃんが心変わりするよう説得し、告白を受け入れるように持って行くか、それともおばあちゃん自身を連れて行き、子供の頃のおばあちゃんとして全部分かった上で告白OKするか。おばあちゃんの希望は後者だった。過去の自分に入り込むにはおばあちゃん自身を連れて行かなくちゃできないってミカマサが言うから、着いて来てもらうことに決めた。
 もう時間がないみたい。
 お母さんやお父さんに説明を求められたら、うまく言っておいてね。お願い。岸本君ならできる! じゃあ、行ってくる>
 出発直前に書いたのか、焦っていたから文章が多少行きつ戻りつしていたのかななどと感想を抱き、岸本はふうと息をついた。
(状況は分かった。が、これをうまく説明できるかな、吾妻さんのお母さんに)
 右手の指で頭を掻きながら、改めて文面に目を通していく。
「……え?」
 途中でとんでもない可能性に気が付いた。血の気が引く音を聞いたような気すらした。
え その可能性、いや危険性に気付いたら、もう居ても立ってもいられなくなった。さっきと違って両手で髪をかきむしり、どうすればいいんだどうすればいいんだと呪文のように繰り返す。
(呪文……そうだ。僕も過去に行って、吾妻さんとおばあちゃんを止めるんだ! 願い事は決まったぞ!)
 岸本は練習しておいた通り、呪文をしっかりした発音とアクセントで言った。
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