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14.わるい予感
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「うん。実は、制約を破らずに、どんなことができるかを考えているんだ。坂口君の言ってた『何度でも願いが叶うようにしてくれ』っていうのが、理想だと思うんだよね。け度、それは条件に引っ掛かるからだめ。代わりに何とかできないかなと考える内に、一つ、思い付いたことがある」
「ふうん。聞かせて」
「たとえば、『願いが何度でも叶う能力を、吾妻さんに与えてほしい』というのはどうだろう?」
「……要するに、自分以外の人に何度でも願いが叶う力をあげて、あとでその人に自分の願いを叶えてもらうってことね?」
頭がいいというか、ずる賢いというか。
「ん、ま、そうなる。ただ、『何度でも願いが叶うようにしてくれ』が反則なら、これも反則かな」
「厳密には規則を決めてなくて、神様判定でアウトって感じ」
「ああ、ありそうだなあ。ははは」
快活に笑って、岸本君はまた別の方法を考え始めたみたい。
このあと私達は呪文の発音練習をやって時間を使い、会議室をあとにした。
「吾妻さんはいつ試してみる気なんだろう? 僕は気長にやるつもりでいるけど」
生徒昇降口に差し掛かったところで、岸本君がふと思い付いたみたいに聞いてきた。私はほとんど即答した。
「もちろん、できる限り早くよ」
「もちろんて」
「後悔の思いがずっと頭を離れない人のためだもの。なるべく早い方がいいに決まってる」
「……本当に願いが叶うかどうか分からないけれど、充分に注意して行ってきなよ。できたら行く前に相談して欲しいくらいだ」
「えっ。心配してくれるの?」
外靴に履き替えるのを一度空振りするくらいに驚いた。
「そりゃ心配だよ。タイムスリップだなんて。願い事には、現代へ確実に帰ってこられるように条件を付け足すのがいいよ。後悔を取り除けようが取り除けまいが十日経ったら現代に戻る、みたいな」
「考えてみるわ」
その場では肯定的な返事をしたけれども、本心を言えばおばあちゃんの後悔を取り除くまでは帰らない気でいるんだよね。約五十年前の時代、しばらく味わってみたい気持ちもあるし。いくら岸本君相手でも、相談したからってどうにもならない。
行くときはメモを残すくらいはするけど、そっと出発しようと思った。
* *
(考えてみれば……)
同級生の吾妻家に向かう途上、岸本は自転車を漕ぎながら思った。
(仮に吾妻さんが過去に行ったとして、現代に残る僕らが必ずしも吾妻さんの不在を認識できるとは限らないんだよな)
今、日曜日の朝九時半。例の夢の話に関して、色々と思い浮かんだことがあって、その話をするために彼は吾妻の家に向かっていた。今朝思い立ったもので、約束はしていないし、事前に連絡も入れていない。いなかったいなかったで、出直すつもりだ。
(過去に出発したその時点にまた戻って来れば、現代に残った者からすれば、吾妻さんはずっとその場にいたように見えるはず。だから過去に行くんだったら、本当にその願いが叶った証拠をどこかに残してきて欲しいな。たとえば家にずっとある物置や仏壇の裏に、自分の名前を彫った石を置いてくるとか。現代に戻ってその石があれば、間違いなく過去に行った証拠になるはず)
そういったアドバイス?をするのも、この訪問の目的だ。あとは下手に過去の出来事を変えるような行動は控えるようにって言っておこうと思う。
(まあ、あの吾妻さんのことだから充分承知しているはずだけど)
家が見えるところまで来た。ちょうど、門扉を通って誰か出て来る。
(吾妻さんのお母さんだ)
小学生低学年の頃は割と頻繁に遊びに来ていたので、当然、顔見知りだ。
(出掛けるにしては普段着のような。まあ、いいタイミングだから挨拶をして――)
そう考えた矢先、吾妻の母と目が合った。
「ああ、岸本君」
「お、おはようございます」
いきなり手招きをされたことに戸惑いつつ、岸本は朝の挨拶をしてから自転車を降りて駆け寄った。
「お久しぶりです」
「おはよう、岸本君。びっくりした。書いてあったこと、本当だったわ。何か知ってる?」
「書いてあったこと?」
「静香がいつの間にかいなくなっていて、うちのおばあちゃんも連れ出したみたいだから、何ごとかと思って静香の部屋を見たら、机にこんなメモと封筒が置いてあったのよ」
その手にはミニレター用の小さな封筒と、うさぎのキャラクターがプリントされたメモ用紙一枚。封筒の方はまだ開けられていたいようだ。
「『おばあちゃんと一緒に出かけてきます。半日経てば戻ります。クラスメートの岸本君が来るはずだから来たら封筒渡してください。他の人が中を見たらだめだよ』ってあるでしょ。何か知ってる?」
「――いえ。僕が来たのは全然別の用事で」
急展開に内心、焦りを覚えながらも岸本は冷静に対応した。
「おばあちゃんというのは、昔、こちらの家でお会いしたことのある……?」
「ふうん。聞かせて」
「たとえば、『願いが何度でも叶う能力を、吾妻さんに与えてほしい』というのはどうだろう?」
「……要するに、自分以外の人に何度でも願いが叶う力をあげて、あとでその人に自分の願いを叶えてもらうってことね?」
頭がいいというか、ずる賢いというか。
「ん、ま、そうなる。ただ、『何度でも願いが叶うようにしてくれ』が反則なら、これも反則かな」
「厳密には規則を決めてなくて、神様判定でアウトって感じ」
「ああ、ありそうだなあ。ははは」
快活に笑って、岸本君はまた別の方法を考え始めたみたい。
このあと私達は呪文の発音練習をやって時間を使い、会議室をあとにした。
「吾妻さんはいつ試してみる気なんだろう? 僕は気長にやるつもりでいるけど」
生徒昇降口に差し掛かったところで、岸本君がふと思い付いたみたいに聞いてきた。私はほとんど即答した。
「もちろん、できる限り早くよ」
「もちろんて」
「後悔の思いがずっと頭を離れない人のためだもの。なるべく早い方がいいに決まってる」
「……本当に願いが叶うかどうか分からないけれど、充分に注意して行ってきなよ。できたら行く前に相談して欲しいくらいだ」
「えっ。心配してくれるの?」
外靴に履き替えるのを一度空振りするくらいに驚いた。
「そりゃ心配だよ。タイムスリップだなんて。願い事には、現代へ確実に帰ってこられるように条件を付け足すのがいいよ。後悔を取り除けようが取り除けまいが十日経ったら現代に戻る、みたいな」
「考えてみるわ」
その場では肯定的な返事をしたけれども、本心を言えばおばあちゃんの後悔を取り除くまでは帰らない気でいるんだよね。約五十年前の時代、しばらく味わってみたい気持ちもあるし。いくら岸本君相手でも、相談したからってどうにもならない。
行くときはメモを残すくらいはするけど、そっと出発しようと思った。
* *
(考えてみれば……)
同級生の吾妻家に向かう途上、岸本は自転車を漕ぎながら思った。
(仮に吾妻さんが過去に行ったとして、現代に残る僕らが必ずしも吾妻さんの不在を認識できるとは限らないんだよな)
今、日曜日の朝九時半。例の夢の話に関して、色々と思い浮かんだことがあって、その話をするために彼は吾妻の家に向かっていた。今朝思い立ったもので、約束はしていないし、事前に連絡も入れていない。いなかったいなかったで、出直すつもりだ。
(過去に出発したその時点にまた戻って来れば、現代に残った者からすれば、吾妻さんはずっとその場にいたように見えるはず。だから過去に行くんだったら、本当にその願いが叶った証拠をどこかに残してきて欲しいな。たとえば家にずっとある物置や仏壇の裏に、自分の名前を彫った石を置いてくるとか。現代に戻ってその石があれば、間違いなく過去に行った証拠になるはず)
そういったアドバイス?をするのも、この訪問の目的だ。あとは下手に過去の出来事を変えるような行動は控えるようにって言っておこうと思う。
(まあ、あの吾妻さんのことだから充分承知しているはずだけど)
家が見えるところまで来た。ちょうど、門扉を通って誰か出て来る。
(吾妻さんのお母さんだ)
小学生低学年の頃は割と頻繁に遊びに来ていたので、当然、顔見知りだ。
(出掛けるにしては普段着のような。まあ、いいタイミングだから挨拶をして――)
そう考えた矢先、吾妻の母と目が合った。
「ああ、岸本君」
「お、おはようございます」
いきなり手招きをされたことに戸惑いつつ、岸本は朝の挨拶をしてから自転車を降りて駆け寄った。
「お久しぶりです」
「おはよう、岸本君。びっくりした。書いてあったこと、本当だったわ。何か知ってる?」
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「『おばあちゃんと一緒に出かけてきます。半日経てば戻ります。クラスメートの岸本君が来るはずだから来たら封筒渡してください。他の人が中を見たらだめだよ』ってあるでしょ。何か知ってる?」
「――いえ。僕が来たのは全然別の用事で」
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「おばあちゃんというのは、昔、こちらの家でお会いしたことのある……?」
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