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18.からくりとここに来た意味
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まず笑い声を立てたのは吾妻の方。
「だめだわっ、こらえきれない。あはは」
「そ、そうね。これには私も吹き出してしまったわ」
背を丸くし、胸元に片手をあてがい我慢しようとしているおばあちゃん、いや、榊原純子。くすくすと笑いが漏れ聞こえる。
「あの、僕、そんなに笑われるようなことを言いました?」
「――言いました」
蚊の鳴くような細い声で答えてくれたのは、おばあちゃんの方。
「岸本君がどこまで話を聞いているのか分かりませんけれど、すべてを聞いていないのは確か。それを笑っては失礼ね」
笑いを収めた榊原純子は深呼吸を一つ下。それからまだ身体を震わせている孫娘に手を伸ばし、その背中をさすった。
「ほら、あなたもいい加減に笑うのをやめなさい」
「う、うん、分かった。がんばる」
がんばるって何だよと岸本は思った。が、そのことで文句を言うよりも、早く説明が欲しい。自分はどこを間違えたのか。
「岸本君は、私の夫の名前を知っている?」
「え? 知りません。もちろんと言っていいのかどうか分からないけれど、今まで聞いた覚えがないです」
「だったら勘違いが生まれるのも仕方がないわ。私の夫は吾妻亨というのだけれど、元々は柏葉亨なのよ」
「えええ?」
説明してもらったのに、かえって混乱した。岸本は額に片手を当てたまま、あれこれ考えた。告白を断ったのに何で? 名字が今は吾妻なのに何で昔は柏葉?
「柏葉は彼のお母様の旧姓なの。彼のお父様は随分と早くに亡くなられて、私達と同じ学校に通うようになったときには、もう柏葉姓だったわ。その後、彼のお母様が再婚なさって、吾妻の名前になったのよ」
「ああ、そういう……。で、でもそもそも告白、断ったんじゃないんですか」
肝心な点を尋ねるのに、思わず力が入った。声が大きくなったことに気付き、両手で口を覆う。
そこへ聞こえて来た男の声。
「榊原さん? そっちにいるの?」
声のした方へ、榊原純子は振り返った。
「彼が来た。じゃ、行ってくるわね」
「うん。おばあちゃん、がんばって。榊原純子として想いをぶつけて」
建物の影になって見えないが、柏葉亨なる男子生徒がやって来たのだと想像が付いた。
告白タイムが終わるまでの間、岸本は吾妻から改めて、彼女のおばあちゃんが告白を受けるか否かをためらった背景を詳しく聞いた。
「――なるほどね。迷うのは分かる。でも、今の段階でOKしたら、富岡さんとの仲が険悪になるんじゃないの?」
「そんなことないと思うって、おばあちゃんが言っていた。二度目の告白は、柏葉君とおばあちゃんの二人が偶然にも同時にしたそうなんだけど、おばあちゃんが告白に踏み切る前に、富岡さんに謝ったんだって。彼への好意を隠し続けていたことと、告白されたのを黙っていたことを。事情を知った富岡さんたら、そんなの気にしなくてよかったのに!って泣いてくれたそうよ」
「そういうことがあったのか。じゃあ、今、一度目の告白を受け入れても多分、何の問題も起きないね」
「そうよ。だから私はこの願い事にしたの。よっぽど私が考えなしに突っ走る人だと思っていたみたいね、岸本君?」
「いや、そんな風にはつゆほども。吾妻さんほどの人が、どうして気付かないんだろうって心配した」
「心配ねぇ。本当によかったの、こんなことに貴重な願い事を叶えてもらう権利を使ってしまって」
「しょうがないよ。ま、君と君の家族を守る目的に沿っていれば、いつまでも使えると思うから」
「……それって、もしかして岸本君、私のこ――」
「あれ? でも変だな」
不意に妙なことに気付いた岸本は、吾妻の台詞を遮った。
「吾妻さんがこの世から消えてしまうと思って、駆け付けたんだけど、実際にはそんな危機は迫っていなかったんだとね?」
「……そうなるわ」
「だったらどうして僕はこの時代に来ることができたんだろ?」
「さあ……。神様のサービスじゃない?」
彼女の冗談めかした意見に、岸本が「まさか」と苦笑交じりに応じたそのとき、強めの突風が短く吹いた。ほとんど間を置かず、緑色をした平べったくて細長い物が、岸本の顔を目掛けて飛んできた。
「わ、何だ」
手で払いのけると、偶然にもうまく指にそれは絡まった。木の葉っぱだった。
「何だよもう、こんなときに」
指から葉っぱを外そうと引っ張った刹那、嫌な感じの弱い痛みが人差し指と中指の間に走る。
「痛っ。あーあ、切れてしまった」
岸本は足下の土を靴で少し掘り起こすと、そこに葉っぱを落として埋めた。
一連の流れを見ていた吾妻が、急に「あ」と叫び、口に手を当てた。
「何なに? まだおばあちゃん達は話し込んでいるから静かにしないと」
「私、分かった気がする。岸本君はやっぱり、私と私の家族を守るために、未来からはるばるやって来たんだって」
おわり
「だめだわっ、こらえきれない。あはは」
「そ、そうね。これには私も吹き出してしまったわ」
背を丸くし、胸元に片手をあてがい我慢しようとしているおばあちゃん、いや、榊原純子。くすくすと笑いが漏れ聞こえる。
「あの、僕、そんなに笑われるようなことを言いました?」
「――言いました」
蚊の鳴くような細い声で答えてくれたのは、おばあちゃんの方。
「岸本君がどこまで話を聞いているのか分かりませんけれど、すべてを聞いていないのは確か。それを笑っては失礼ね」
笑いを収めた榊原純子は深呼吸を一つ下。それからまだ身体を震わせている孫娘に手を伸ばし、その背中をさすった。
「ほら、あなたもいい加減に笑うのをやめなさい」
「う、うん、分かった。がんばる」
がんばるって何だよと岸本は思った。が、そのことで文句を言うよりも、早く説明が欲しい。自分はどこを間違えたのか。
「岸本君は、私の夫の名前を知っている?」
「え? 知りません。もちろんと言っていいのかどうか分からないけれど、今まで聞いた覚えがないです」
「だったら勘違いが生まれるのも仕方がないわ。私の夫は吾妻亨というのだけれど、元々は柏葉亨なのよ」
「えええ?」
説明してもらったのに、かえって混乱した。岸本は額に片手を当てたまま、あれこれ考えた。告白を断ったのに何で? 名字が今は吾妻なのに何で昔は柏葉?
「柏葉は彼のお母様の旧姓なの。彼のお父様は随分と早くに亡くなられて、私達と同じ学校に通うようになったときには、もう柏葉姓だったわ。その後、彼のお母様が再婚なさって、吾妻の名前になったのよ」
「ああ、そういう……。で、でもそもそも告白、断ったんじゃないんですか」
肝心な点を尋ねるのに、思わず力が入った。声が大きくなったことに気付き、両手で口を覆う。
そこへ聞こえて来た男の声。
「榊原さん? そっちにいるの?」
声のした方へ、榊原純子は振り返った。
「彼が来た。じゃ、行ってくるわね」
「うん。おばあちゃん、がんばって。榊原純子として想いをぶつけて」
建物の影になって見えないが、柏葉亨なる男子生徒がやって来たのだと想像が付いた。
告白タイムが終わるまでの間、岸本は吾妻から改めて、彼女のおばあちゃんが告白を受けるか否かをためらった背景を詳しく聞いた。
「――なるほどね。迷うのは分かる。でも、今の段階でOKしたら、富岡さんとの仲が険悪になるんじゃないの?」
「そんなことないと思うって、おばあちゃんが言っていた。二度目の告白は、柏葉君とおばあちゃんの二人が偶然にも同時にしたそうなんだけど、おばあちゃんが告白に踏み切る前に、富岡さんに謝ったんだって。彼への好意を隠し続けていたことと、告白されたのを黙っていたことを。事情を知った富岡さんたら、そんなの気にしなくてよかったのに!って泣いてくれたそうよ」
「そういうことがあったのか。じゃあ、今、一度目の告白を受け入れても多分、何の問題も起きないね」
「そうよ。だから私はこの願い事にしたの。よっぽど私が考えなしに突っ走る人だと思っていたみたいね、岸本君?」
「いや、そんな風にはつゆほども。吾妻さんほどの人が、どうして気付かないんだろうって心配した」
「心配ねぇ。本当によかったの、こんなことに貴重な願い事を叶えてもらう権利を使ってしまって」
「しょうがないよ。ま、君と君の家族を守る目的に沿っていれば、いつまでも使えると思うから」
「……それって、もしかして岸本君、私のこ――」
「あれ? でも変だな」
不意に妙なことに気付いた岸本は、吾妻の台詞を遮った。
「吾妻さんがこの世から消えてしまうと思って、駆け付けたんだけど、実際にはそんな危機は迫っていなかったんだとね?」
「……そうなるわ」
「だったらどうして僕はこの時代に来ることができたんだろ?」
「さあ……。神様のサービスじゃない?」
彼女の冗談めかした意見に、岸本が「まさか」と苦笑交じりに応じたそのとき、強めの突風が短く吹いた。ほとんど間を置かず、緑色をした平べったくて細長い物が、岸本の顔を目掛けて飛んできた。
「わ、何だ」
手で払いのけると、偶然にもうまく指にそれは絡まった。木の葉っぱだった。
「何だよもう、こんなときに」
指から葉っぱを外そうと引っ張った刹那、嫌な感じの弱い痛みが人差し指と中指の間に走る。
「痛っ。あーあ、切れてしまった」
岸本は足下の土を靴で少し掘り起こすと、そこに葉っぱを落として埋めた。
一連の流れを見ていた吾妻が、急に「あ」と叫び、口に手を当てた。
「何なに? まだおばあちゃん達は話し込んでいるから静かにしないと」
「私、分かった気がする。岸本君はやっぱり、私と私の家族を守るために、未来からはるばるやって来たんだって」
おわり
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