こころのこり、ほぐすには?

崎田毅駿

文字の大きさ
18 / 18

18.からくりとここに来た意味

しおりを挟む
 まず笑い声を立てたのは吾妻の方。
「だめだわっ、こらえきれない。あはは」
「そ、そうね。これには私も吹き出してしまったわ」
 背を丸くし、胸元に片手をあてがい我慢しようとしているおばあちゃん、いや、榊原純子。くすくすと笑いが漏れ聞こえる。
「あの、僕、そんなに笑われるようなことを言いました?」
「――言いました」
 蚊の鳴くような細い声で答えてくれたのは、おばあちゃんの方。
「岸本君がどこまで話を聞いているのか分かりませんけれど、すべてを聞いていないのは確か。それを笑っては失礼ね」
 笑いを収めた榊原純子は深呼吸を一つ下。それからまだ身体を震わせている孫娘に手を伸ばし、その背中をさすった。
「ほら、あなたもいい加減に笑うのをやめなさい」
「う、うん、分かった。がんばる」
 がんばるって何だよと岸本は思った。が、そのことで文句を言うよりも、早く説明が欲しい。自分はどこを間違えたのか。
「岸本君は、私の夫の名前を知っている?」
「え? 知りません。もちろんと言っていいのかどうか分からないけれど、今まで聞いた覚えがないです」
「だったら勘違いが生まれるのも仕方がないわ。私の夫は吾妻亨というのだけれど、元々は柏葉亨なのよ」
「えええ?」
 説明してもらったのに、かえって混乱した。岸本は額に片手を当てたまま、あれこれ考えた。告白を断ったのに何で? 名字が今は吾妻なのに何で昔は柏葉?
「柏葉は彼のお母様の旧姓なの。彼のお父様は随分と早くに亡くなられて、私達と同じ学校に通うようになったときには、もう柏葉姓だったわ。その後、彼のお母様が再婚なさって、吾妻の名前になったのよ」
「ああ、そういう……。で、でもそもそも告白、断ったんじゃないんですか」
 肝心な点を尋ねるのに、思わず力が入った。声が大きくなったことに気付き、両手で口を覆う。
 そこへ聞こえて来た男の声。
「榊原さん? そっちにいるの?」
 声のした方へ、榊原純子は振り返った。
「彼が来た。じゃ、行ってくるわね」
「うん。おばあちゃん、がんばって。榊原純子として想いをぶつけて」
 建物の影になって見えないが、柏葉亨なる男子生徒がやって来たのだと想像が付いた。
 告白タイムが終わるまでの間、岸本は吾妻から改めて、彼女のおばあちゃんが告白を受けるか否かをためらった背景を詳しく聞いた。
「――なるほどね。迷うのは分かる。でも、今の段階でOKしたら、富岡さんとの仲が険悪になるんじゃないの?」
「そんなことないと思うって、おばあちゃんが言っていた。二度目の告白は、柏葉君とおばあちゃんの二人が偶然にも同時にしたそうなんだけど、おばあちゃんが告白に踏み切る前に、富岡さんに謝ったんだって。彼への好意を隠し続けていたことと、告白されたのを黙っていたことを。事情を知った富岡さんたら、そんなの気にしなくてよかったのに!って泣いてくれたそうよ」
「そういうことがあったのか。じゃあ、今、一度目の告白を受け入れても多分、何の問題も起きないね」
「そうよ。だから私はこの願い事にしたの。よっぽど私が考えなしに突っ走る人だと思っていたみたいね、岸本君?」
「いや、そんな風にはつゆほども。吾妻さんほどの人が、どうして気付かないんだろうって心配した」
「心配ねぇ。本当によかったの、こんなことに貴重な願い事を叶えてもらう権利を使ってしまって」
「しょうがないよ。ま、君と君の家族を守る目的に沿っていれば、いつまでも使えると思うから」
「……それって、もしかして岸本君、私のこ――」
「あれ? でも変だな」
 不意に妙なことに気付いた岸本は、吾妻の台詞を遮った。
「吾妻さんがこの世から消えてしまうと思って、駆け付けたんだけど、実際にはそんな危機は迫っていなかったんだとね?」
「……そうなるわ」
「だったらどうして僕はこの時代に来ることができたんだろ?」
「さあ……。神様のサービスじゃない?」
 彼女の冗談めかした意見に、岸本が「まさか」と苦笑交じりに応じたそのとき、強めの突風が短く吹いた。ほとんど間を置かず、緑色をした平べったくて細長い物が、岸本の顔を目掛けて飛んできた。
「わ、何だ」
 手で払いのけると、偶然にもうまく指にそれは絡まった。木の葉っぱだった。
「何だよもう、こんなときに」
 指から葉っぱを外そうと引っ張った刹那、嫌な感じの弱い痛みが人差し指と中指の間に走る。
「痛っ。あーあ、切れてしまった」
 岸本は足下の土を靴で少し掘り起こすと、そこに葉っぱを落として埋めた。
 一連の流れを見ていた吾妻が、急に「あ」と叫び、口に手を当てた。
「何なに? まだおばあちゃん達は話し込んでいるから静かにしないと」
「私、分かった気がする。岸本君はやっぱり、私と私の家族を守るために、未来からはるばるやって来たんだって」

 おわり
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

ゼロになるレイナ

崎田毅駿
児童書・童話
お向かいの空き家に母娘二人が越してきた。僕・ジョエルはその女の子に一目惚れした。彼女の名はレイナといって、同じ小学校に転校してきて、同じクラスになった。近所のよしみもあって男子と女子の割には親しい友達になれた。けれども約一年後、レイナは消えてしまう。僕はそのとき、彼女の家にいたというのに。

化石の鳴き声

崎田毅駿
児童書・童話
小学四年生の純子は、転校して来てまだ間がない。友達たくさんできる前に夏休みに突入し、少し退屈気味。登校日に久しぶりに会えた友達と遊んだあと、帰る途中、クラスの男子数人が何か夢中になっているのを見掛け、気になった。好奇心に負けて覗いてみると、彼らは化石を探しているという。前から化石に興味のあった純子は、男子達と一緒に探すようになる。長い夏休みの楽しみができた、と思ったら、いつの間にか事件に巻き込まれることに!?

笑いの授業

ひろみ透夏
児童書・童話
大好きだった先先が別人のように変わってしまった。 文化祭前夜に突如始まった『笑いの授業』――。 それは身の毛もよだつほどに怖ろしく凄惨な課外授業だった。 伏線となる【神楽坂の章】から急展開する【高城の章】。 追い詰められた《神楽坂先生》が起こした教師としてありえない行動と、その真意とは……。

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

神ちゃま

吉高雅己
絵本
☆神ちゃま☆は どんな願いも 叶えることができる 神の力を失っていた

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

童話短編集

木野もくば
児童書・童話
一話完結の物語をまとめています。

クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました

藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。 相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。 さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!? 「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」 星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。 「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」 「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」 ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や 帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……? 「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」 「お前のこと、誰にも渡したくない」 クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。

処理中です...