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キャットたん
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「たこ焼き。ああ、これね」
その食べ物がたこ焼きという名称であることを今思い出したみたいに、目を見開いて爪楊枝で差し示す。容器を見ると、さっき吐き出したと思しき一個だけ、他と違って削り節が踊らずにぺったり付いていた。地面に落とさなかったのは、あれだけ騒ぎ立てた割には上品と言えなくもない。
そこへアレッサが割って入ってきた。
「お尋ねするが、ここにいる者達は皆、熱さで吐き出したことは分かっているのであろうか?」
「それは多分、分かっていると思います」
質問の意図が不明だったけれども、結月は率直に答えた。
「ならばよい。まずくて吐き出したと思われていないのであれば」
「……あなたはもう食べたんですね?」
「もちろん。実は購入時に、店の主から熱さに注意するように説明されたのだ。私はその警告を忠実に守ったのだが」
言葉を区切り、相棒?に目をくれるアレッサ。
「アッシャーは聞かずに、いきなり口の中に入れて、このざまである」
「言うな、アレッサ。寒さが強いであろう。熱くてちょうどよいと思ったのだ」
小柄な方はアッシャーという名前らしい。アレッサ相手に話す日本語は、さっきまでとは違って、ざっくばらんな感じがする上に、片言ではない。
結月は何だかいいなと、微笑した。
「とにかくこのあとはお気を付けて。こんなに時間が経ったら、さすがにもう冷めているかもしれませんけど」
「サメテイル? 鮫の……尾っぽ?」
“冷める”を知らないらしいアッシャーは、日本語と英語を組み合わせた妙な解釈をした。
結月が苦笑いを堪えて説明しようとするのをアレッサが制し、彼自らがお国の言葉でアッシャーに説明する。何語だかさっぱり分からない中、“さめる”と“ひえる”だけ日本語としてはっきり聞き取れた。
(冷めると冷えるはまた少し違う気がするんだけど、まあいいか)
安藤のいるところへぼちぼち戻ろうと、結月は後ずさり気味に外国人二人の成り行きを見守る。アッシャーとアレッサは、まだ結月がそばで聞いているものと思い込んでいるのか、日本語でやり取りを続けていた。
「分かった。でも念のため、おまえが食べることを望む」
「まったく、猫舌なんだから」
「“ネコジタ”とは何だ?」
まだ聞いていたい気もしたが、これ以上列を離れていると横入りと誤解される確率が高まる。結月は「あの、じゃ、戻ります」と声を掛けて、そのままきびすを返した。
「えらく話し込んでいましたね」
「うん。見た目と違って楽しい人達だった。面白いし」
列に戻って振り返ると、ちょうどたこ焼き一つを飲み込んだところらしいアレッサが黙ってお辞儀をするのが見えた。一方、アッシャーは今まさにたこ焼きを口に入れたばかりだったようで。
「あひーっ!」
再び、叫んだ。
さらに十分ほど待たされて、結月と安藤もようやく店へ通された。思った以上に広い。出入り口近くのテーブルに案内された結月は、先に入った外国人二人組を何逃げなく探してみたものの、見付からなかった。
「太い柱の向こうにまだスペースがありますから。そっちなんでしょう」
結月の行動の意味を読んだ様子で、安藤が言った。
「そうなんですか」
「あの二人を見て、創作意欲を刺激されたとかですか」
「まあ、多少は。あの見た目で凄い猫舌なんてギャップがかわいい」
「ここのお茶漬けも割と熱いから、ふーふー冷ましてからになるんだろうなあ。おっと、先生、意欲がわくのはいいですが、今は先に注文を決めなくちゃ」
メニューを開く。豊富な品数から二人とも一つに絞りきれず、ミニサイズの茶漬け二種類が味わえるというお好みハーフセットで海鮮茶漬けとネバとろ茶漬け、しらす茶漬けと親子鮭茶漬けをそれぞれ組み合わせてオーダー。ご飯の蒸らし待ちで少し時間が掛かると言われた。打ち合わせするのにちょうどいい。
「予めお伝えしたように、優先すべき事柄は二つ。夏に向けて怖い系の話をこしらえる。新塚先生とキャラクター相互出演。もちろんそれぞれ別々に」
「ホラーは単行本、新塚先生とのコラボレーションは雑誌掲載の短い物でしたね。締め切りが早いのは……」
「建前上の締め切りは後者の方が先ですね。その上、ほとんど延ばせないと思ってください。人様のキャラクターを借りて動かすとなると、書き上げたあとのチェックで大きな変更を迫られる余地がありますので、余裕を大幅に見ておかなくてはいけない」
「分かりました。それで新塚先生はどのキャラクターを貸してくださるんでしょうか」
緊張を覚えつつ聞いた結月。新塚千春と言えば、ライトノベル界隈では大御所の域に達したトップクラスの小説家で、知略系現代ファンタジーと日常の謎系キャラミステリを両輪として活躍している。いくら結月の『思い思われふるものか』が人気を博したと言っても、新塚の域にはまだまだ遠く及ばない。
「機嫌がよかったのか、なんて言ったら失礼に当たるかな。気前よく、どれでも好きなキャラクターを選んでいいとの言葉をもらっています」
「えっ」
驚きが有り余って絶句してしまった結月。目の前の編集者はにこりとするだけで、続きを何も言ってくれない。
「あ、あの、それは本当なのでしょうか」
「こんな重大なことで嘘なんかつきますか。よりどりみどりです。よかったじゃありませんか。三人か四人、希望するキャラクターがいると言ってましたよね、ゆー先生?」
「言いましたが……困った」
その食べ物がたこ焼きという名称であることを今思い出したみたいに、目を見開いて爪楊枝で差し示す。容器を見ると、さっき吐き出したと思しき一個だけ、他と違って削り節が踊らずにぺったり付いていた。地面に落とさなかったのは、あれだけ騒ぎ立てた割には上品と言えなくもない。
そこへアレッサが割って入ってきた。
「お尋ねするが、ここにいる者達は皆、熱さで吐き出したことは分かっているのであろうか?」
「それは多分、分かっていると思います」
質問の意図が不明だったけれども、結月は率直に答えた。
「ならばよい。まずくて吐き出したと思われていないのであれば」
「……あなたはもう食べたんですね?」
「もちろん。実は購入時に、店の主から熱さに注意するように説明されたのだ。私はその警告を忠実に守ったのだが」
言葉を区切り、相棒?に目をくれるアレッサ。
「アッシャーは聞かずに、いきなり口の中に入れて、このざまである」
「言うな、アレッサ。寒さが強いであろう。熱くてちょうどよいと思ったのだ」
小柄な方はアッシャーという名前らしい。アレッサ相手に話す日本語は、さっきまでとは違って、ざっくばらんな感じがする上に、片言ではない。
結月は何だかいいなと、微笑した。
「とにかくこのあとはお気を付けて。こんなに時間が経ったら、さすがにもう冷めているかもしれませんけど」
「サメテイル? 鮫の……尾っぽ?」
“冷める”を知らないらしいアッシャーは、日本語と英語を組み合わせた妙な解釈をした。
結月が苦笑いを堪えて説明しようとするのをアレッサが制し、彼自らがお国の言葉でアッシャーに説明する。何語だかさっぱり分からない中、“さめる”と“ひえる”だけ日本語としてはっきり聞き取れた。
(冷めると冷えるはまた少し違う気がするんだけど、まあいいか)
安藤のいるところへぼちぼち戻ろうと、結月は後ずさり気味に外国人二人の成り行きを見守る。アッシャーとアレッサは、まだ結月がそばで聞いているものと思い込んでいるのか、日本語でやり取りを続けていた。
「分かった。でも念のため、おまえが食べることを望む」
「まったく、猫舌なんだから」
「“ネコジタ”とは何だ?」
まだ聞いていたい気もしたが、これ以上列を離れていると横入りと誤解される確率が高まる。結月は「あの、じゃ、戻ります」と声を掛けて、そのままきびすを返した。
「えらく話し込んでいましたね」
「うん。見た目と違って楽しい人達だった。面白いし」
列に戻って振り返ると、ちょうどたこ焼き一つを飲み込んだところらしいアレッサが黙ってお辞儀をするのが見えた。一方、アッシャーは今まさにたこ焼きを口に入れたばかりだったようで。
「あひーっ!」
再び、叫んだ。
さらに十分ほど待たされて、結月と安藤もようやく店へ通された。思った以上に広い。出入り口近くのテーブルに案内された結月は、先に入った外国人二人組を何逃げなく探してみたものの、見付からなかった。
「太い柱の向こうにまだスペースがありますから。そっちなんでしょう」
結月の行動の意味を読んだ様子で、安藤が言った。
「そうなんですか」
「あの二人を見て、創作意欲を刺激されたとかですか」
「まあ、多少は。あの見た目で凄い猫舌なんてギャップがかわいい」
「ここのお茶漬けも割と熱いから、ふーふー冷ましてからになるんだろうなあ。おっと、先生、意欲がわくのはいいですが、今は先に注文を決めなくちゃ」
メニューを開く。豊富な品数から二人とも一つに絞りきれず、ミニサイズの茶漬け二種類が味わえるというお好みハーフセットで海鮮茶漬けとネバとろ茶漬け、しらす茶漬けと親子鮭茶漬けをそれぞれ組み合わせてオーダー。ご飯の蒸らし待ちで少し時間が掛かると言われた。打ち合わせするのにちょうどいい。
「予めお伝えしたように、優先すべき事柄は二つ。夏に向けて怖い系の話をこしらえる。新塚先生とキャラクター相互出演。もちろんそれぞれ別々に」
「ホラーは単行本、新塚先生とのコラボレーションは雑誌掲載の短い物でしたね。締め切りが早いのは……」
「建前上の締め切りは後者の方が先ですね。その上、ほとんど延ばせないと思ってください。人様のキャラクターを借りて動かすとなると、書き上げたあとのチェックで大きな変更を迫られる余地がありますので、余裕を大幅に見ておかなくてはいけない」
「分かりました。それで新塚先生はどのキャラクターを貸してくださるんでしょうか」
緊張を覚えつつ聞いた結月。新塚千春と言えば、ライトノベル界隈では大御所の域に達したトップクラスの小説家で、知略系現代ファンタジーと日常の謎系キャラミステリを両輪として活躍している。いくら結月の『思い思われふるものか』が人気を博したと言っても、新塚の域にはまだまだ遠く及ばない。
「機嫌がよかったのか、なんて言ったら失礼に当たるかな。気前よく、どれでも好きなキャラクターを選んでいいとの言葉をもらっています」
「えっ」
驚きが有り余って絶句してしまった結月。目の前の編集者はにこりとするだけで、続きを何も言ってくれない。
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