砂漠の国の王子は何しにニッポンに?

崎田毅駿

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絶対と多様性

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「それはまたどうして」
「当方から出したリクエストを聞いていただけるのと、どれでもいいから使っていいと許可を出されるのとではだいぶ違う気がする。試されているっていうか」
「うーん、分からなくもないですけど、結果から見れば同じでしょ。好きなキャラを使わせてもらうっていう。完成後、先方のチェックが入るのも同じ」
「そうなのかなあ。あと、こちらが失礼なことになってないか心配になってきました」
「と言いますと?」
「つまり、大先輩が――」
 答えようとしたところへ注文した料理が届いた。しばし口をつぐんでテーブルに並べられるのを見守る。出汁を自らお好みの量かけるスタイルで、とりあえずかけずに食べて味わうのもいいらしい。説明をし終えた店員が伝票を置いて去ったところで、先にいただきますをする。
「見た目だけで美味しい予感がします」
「それはよかったです。でも肝心なのは味が口に合うかどうか」
 ご飯から立ち上る湯気越しに言葉を交わし、二つあるミニ丼の左側を手に取った。それぞれ結月がネバとろ、安藤が鮭親子である。ほとんど同時に一口食べて、満足げにうなずいた。
「これは当たりだなぁ」
 続けてもう一つのミニ丼も一口。
「出汁をかけなくても美味しいから、次の段階に進むのを躊躇ってしまいます」
「ああ、分かる、分かります。出汁をかけると元には戻れないっていう。けれども大丈夫。ここの料理は出汁をかけて後悔することはありません……全メニューを試した訳ではありませんが」
 予防線のつもりか、少し不安にさせるようなことを付け足した安藤。
 尤も、こんな些末なことでいつまでも躊躇する必要なんてないのだから、結月は聞き流す。出汁の入ったハンドサイズのポットを持ち、傾ける。が、注ぎ口から何も流れて来ない。
「あ、それ、頭のところを回すようになってます」
 安藤の手つきを見て、ポットの上蓋に当たる箇所を回して緩め、改めて傾けると出汁が出て来た。ほんのり、茶色に染まった液体を丼に静かに注いでいく。ネバとろの方は刻んだオクラや摺り下ろした山芋などが出汁に揺られて散っていき、海鮮の方は生の魚の切り身が白く色づいていく。二つ同時にかけたのは失敗だったかなと思いつつ、海鮮の丼の縁に口を当てて出汁を飲む。続けて、ご飯と具をかきこんだ。
「お、これはもったいないかも」
「もったいない?」
「白ご飯にこの出汁だけをかけて食べてみたい。出汁のみでも充分に美味しく感じたので」
「なるほどー。自分の感覚だと、それは味が薄そうな気もしますが」
「味覚は人それぞれだから。あ、そういえば私、前から気になっている宣伝文句があるんですよ」
 ちょっと箸を止め、相手を見やる結月。安藤も同じように食べるのを中断し、見返してきた。
「何でしょう?」
「宣伝と言うとちょっと違うのかもしれませんが、新しいスイーツなんかが発売されるときによくある紹介記事。あの見出しで、『これ、絶対に美味しいやつ』みたいな表現あるじゃないですか」
「ありますね。あ、先生が言いたいこと、分かったかも」
「じゃあ、どうぞ言ってください」
 安藤に話すよう促したのは、結月が目の前のお茶漬けをまた食べたくなったため。自分ばかり話していたら、ぬるくなってしまう。
「味覚は人それぞれって仰ったばかりだから。食べ物の新商品を紹介する記事で、『絶対に美味しい』はおかしいだろうと。違います?」
「当たってます。定評のある料理ならまだしも、世に出たばかりの食べ物を『絶対に美味しい』なんて言い表すのは、何か引っ掛かりを覚えて。もちろん、言いたいニュアンスは分かってるつもりですけど」
「一時ほどは目に付かなくなったと思いますが、確かによく使われる表現だ。うん、多様性を認めることが求められる時代に、珍しいと言えるかもしれませんね」
「ええ。けど、多様性を認めるっていうのも、割といい加減なものなんだなと思わされたことが少し前にありまして」
「何でしょう? って、打ち合わせが進みませんが」
「安藤さんがだめだというのなら、引っ込めます」
「いえ。食べながらだと仕事の話にはなかなか集中できない恐れが」
「では――外で行列に並んでいるときにもちょっと言いましたが、メキシコからの留学生が知り合いにいまして」
「大学での話ですか」
「はい。男性で、とても日本語が上手なんですが、食べ物は合わないみたいなんですね。一部の日本食」
「日本でもメキシコ料理ばかり食べている、と」
「いえ、日本食を食べないんじゃないんです。ただ、そのままではなく、彼流のアレンジをする。とりあえずチリソースを付けて試してみる」
「うわ」
「天ぷらも刺身もチリソース。それで合わない!食べられない!とはならずに、これで美味しくなったともりもり食べるんです」
「多様性を認める立場から言えば、文句を付けられない。でも、日本の文化である日本食を台無しにされている気もしますねえ」
「居酒屋を利用しているとき、そのことで私や他の知り合いが、メキシコ人の彼に『やめなよ』って言って責めてたんですよ。そうしたら隣のテーブルの人が、何となく聞いていたんでしょうね。『日本だって外国の料理をあれこれアレンジしてきているんだし、あんまり言わないであげて』って。あ、その人は女性です。多分、日本の方」
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