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転がる消しゴム
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「日本でアレンジされた外国料理というと……冷やし中華?」
安藤は、どこかで聞いたような豆知識を引っ張り出してきた。
「それも挙げていました。そもそもラーメンが元々伝わった物とはだいぶ変化してるみたいですが。あと、カレーライスとか」
「ふうん。そうなると寿司をフライにして練乳をかけた物でも認めなきゃいけないんですかね」
「それを寿司だと称して欲しくない気持ちは、どうしても心情的に残りますけど」
そんな風におしゃべりしながらの食事はやや時間を要し、丼を空にしてからようやく打ち合わせに入った。混み具合はと店内を見渡すと、だいぶ空席が目立つようになってきており、幸いだ。
「基本的なところの確認になるんですけど、書いた物が新塚先生からだめ出しされた場合、直しの期間はどのくらいもらえるんですか」
「そりゃあ、提出していただく時期によりますよ。早ければ早いほど、余裕がある」
「たとえば二度目の提出がぎりぎりになったとき、新塚先生の判定を仰ぐ時間がなくなるかも……」
「そのときはそのとき。見切り発車になるかもしれないし、どうしてもチェックしなければ気が済まないと先方から言われたら、表向き、ゆー先生が原稿を落としたことにして掲載を見送るかも」
「うわ」
「だから頑張りましょう。一発でOKをもらえるようなのを書けばいいんです。いざとなったらゆー先生も新塚先生の書かれたコラボ作品にだめ出しすればいい」
「何の意味があるのか分からない……。それ以前に、だめ出しできるはずがない」
キャリアから言ったら、そうなるのが世間というもの。
「分かりますがね。極端な話、新塚先生があなたの、そうだな、滝川透一が浮気をするエピソードを書いてきたら、どうします?」
「それは……」
滝川透一は『思い思われふるものか』の主要登場人物の一人で、一言で説明するなら真っ直ぐなキャラだ。異性にどれだけもてようが、これと決めた女性一筋。ただ、情熱を面に出すタイプではないため、単なるクールを気取ったすかした野郎、とヒロインに思い込まれている設定。
「ま……滝川ならこじらせれば、一度きりの浮気ぐらいは……いや、やっぱりだめだぁ」
「でしょ。そういうときはきっぱりだめ出ししなくちゃいけないですよ」
「うー、そんな作品を新塚先生が書くことはないと思いますが、いざってときは勇気を振り絞ります」
「ちょっと頼りないが、その意気です。こちら側からもお好きなキャラを自由に使ってくださいと、新塚先生にお伝えしておきます」
「はい……」
「あと、言わずもがなですが、キャラクター設定に関して、お互いに尋ねたいことがあれば遠慮なしに質問できるシステムになっているのはご存知の通りです。質問があったときは、できる限りお答えください。今後の自作のネタばらしになる等の理由があれば、回避可能です」
「分かりました」
「ホラーの方は、先ほどちらと出してもらった分、照会してみたんですが」
スマホを触りつつ、小刻みにうなずいた安藤。
「よし。他の方々のラインナップとの被りは今のところないので、どちらの案でもかまいません。もう少したたき台って言えるもの、今出せます?」
似通ったキャリアの若手作家を数名揃えて、ホラーで統一した作品を同時刊行しようという企画なのだ。
「固まってない部分もありますが、そこを考えながらでいいのなら」
テーブルの器を下げてもらい、鞄からノートを取り出す。
そのとき、どうしたものか、消しゴムが引っ掛かって一緒に出て来た。それだけなら特になんてことないのだけれども、予想していなかった分、手を出すのが遅れた。要するに、鞄から落ちて床を転がっていく。
「あっ。ああー」
元は直方体なのに、ある程度使い込んであるため、楕円に近い経常をした消しゴムは、不規則な動きで床を跳ね、どんどん転がっていく。結月は身体を折り畳むようにしてテーブルの下を覗き、消しゴムの転がっていく方向を見失わずにいるのが精一杯だった。
「どうしました? 何か落としましたか」
「はい、消しゴムを」
安藤が、どれ自分も探しますという風に身をかがめようとするのへ、「あ、いいですいいです。もう向こうに転がってしまいました」と制し、結月は席を立った。
「取ってきます。見付けるのにちょっと手間取りそうだから、先にノート見ていてもらえますか」
結月は先ほど取り出したノートのページを繰り、該当する箇所を開くと、安藤から見やすいように向きを変えてから渡した。
「それじゃ拝見」
ノートをおしいただくように受け取った安藤に軽く会釈し、消しゴムの転がった先へ向かう結月。
そのエリアはパーティションと背の高い鉢植えで仕切られていることもあり、結月達のテーブルからは死角になっていた。「こちらにも席があったんだ?」とその奥行きの広がりに、ちょっとだけびっくりする。
さらにびっくりしたことがあった。
「――あれ?」
行列の先に並んでいた外国人、アッシャーとアレッサの二人がテーブルに就いていた。
安藤は、どこかで聞いたような豆知識を引っ張り出してきた。
「それも挙げていました。そもそもラーメンが元々伝わった物とはだいぶ変化してるみたいですが。あと、カレーライスとか」
「ふうん。そうなると寿司をフライにして練乳をかけた物でも認めなきゃいけないんですかね」
「それを寿司だと称して欲しくない気持ちは、どうしても心情的に残りますけど」
そんな風におしゃべりしながらの食事はやや時間を要し、丼を空にしてからようやく打ち合わせに入った。混み具合はと店内を見渡すと、だいぶ空席が目立つようになってきており、幸いだ。
「基本的なところの確認になるんですけど、書いた物が新塚先生からだめ出しされた場合、直しの期間はどのくらいもらえるんですか」
「そりゃあ、提出していただく時期によりますよ。早ければ早いほど、余裕がある」
「たとえば二度目の提出がぎりぎりになったとき、新塚先生の判定を仰ぐ時間がなくなるかも……」
「そのときはそのとき。見切り発車になるかもしれないし、どうしてもチェックしなければ気が済まないと先方から言われたら、表向き、ゆー先生が原稿を落としたことにして掲載を見送るかも」
「うわ」
「だから頑張りましょう。一発でOKをもらえるようなのを書けばいいんです。いざとなったらゆー先生も新塚先生の書かれたコラボ作品にだめ出しすればいい」
「何の意味があるのか分からない……。それ以前に、だめ出しできるはずがない」
キャリアから言ったら、そうなるのが世間というもの。
「分かりますがね。極端な話、新塚先生があなたの、そうだな、滝川透一が浮気をするエピソードを書いてきたら、どうします?」
「それは……」
滝川透一は『思い思われふるものか』の主要登場人物の一人で、一言で説明するなら真っ直ぐなキャラだ。異性にどれだけもてようが、これと決めた女性一筋。ただ、情熱を面に出すタイプではないため、単なるクールを気取ったすかした野郎、とヒロインに思い込まれている設定。
「ま……滝川ならこじらせれば、一度きりの浮気ぐらいは……いや、やっぱりだめだぁ」
「でしょ。そういうときはきっぱりだめ出ししなくちゃいけないですよ」
「うー、そんな作品を新塚先生が書くことはないと思いますが、いざってときは勇気を振り絞ります」
「ちょっと頼りないが、その意気です。こちら側からもお好きなキャラを自由に使ってくださいと、新塚先生にお伝えしておきます」
「はい……」
「あと、言わずもがなですが、キャラクター設定に関して、お互いに尋ねたいことがあれば遠慮なしに質問できるシステムになっているのはご存知の通りです。質問があったときは、できる限りお答えください。今後の自作のネタばらしになる等の理由があれば、回避可能です」
「分かりました」
「ホラーの方は、先ほどちらと出してもらった分、照会してみたんですが」
スマホを触りつつ、小刻みにうなずいた安藤。
「よし。他の方々のラインナップとの被りは今のところないので、どちらの案でもかまいません。もう少したたき台って言えるもの、今出せます?」
似通ったキャリアの若手作家を数名揃えて、ホラーで統一した作品を同時刊行しようという企画なのだ。
「固まってない部分もありますが、そこを考えながらでいいのなら」
テーブルの器を下げてもらい、鞄からノートを取り出す。
そのとき、どうしたものか、消しゴムが引っ掛かって一緒に出て来た。それだけなら特になんてことないのだけれども、予想していなかった分、手を出すのが遅れた。要するに、鞄から落ちて床を転がっていく。
「あっ。ああー」
元は直方体なのに、ある程度使い込んであるため、楕円に近い経常をした消しゴムは、不規則な動きで床を跳ね、どんどん転がっていく。結月は身体を折り畳むようにしてテーブルの下を覗き、消しゴムの転がっていく方向を見失わずにいるのが精一杯だった。
「どうしました? 何か落としましたか」
「はい、消しゴムを」
安藤が、どれ自分も探しますという風に身をかがめようとするのへ、「あ、いいですいいです。もう向こうに転がってしまいました」と制し、結月は席を立った。
「取ってきます。見付けるのにちょっと手間取りそうだから、先にノート見ていてもらえますか」
結月は先ほど取り出したノートのページを繰り、該当する箇所を開くと、安藤から見やすいように向きを変えてから渡した。
「それじゃ拝見」
ノートをおしいただくように受け取った安藤に軽く会釈し、消しゴムの転がった先へ向かう結月。
そのエリアはパーティションと背の高い鉢植えで仕切られていることもあり、結月達のテーブルからは死角になっていた。「こちらにも席があったんだ?」とその奥行きの広がりに、ちょっとだけびっくりする。
さらにびっくりしたことがあった。
「――あれ?」
行列の先に並んでいた外国人、アッシャーとアレッサの二人がテーブルに就いていた。
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