砂漠の国の王子は何しにニッポンに?

崎田毅駿

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ふきだすところを想像してふきだしそうに

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「あっ、そんなことが」
 結月は状況を想像してみた。向き合って座った二人。一方がお茶漬けを噴水のように吹き出したら……どういうことになるのかは誰にでも容易に分かろう。そのときの様子が脳裏のスクリーンに鮮明に浮かび、再生される。結月は忍び笑いをした。
「これはもう辛抱たまらないとなって、隣り合わせに座ることに変えたのです」
「斜めではだめだったんですね?」
「斜めの角度にも、ご飯粒が飛んでテーブルに付着していたので。どうせ席を移動するのなら、万全を期さねばならない」
 我慢できなくなって結月は笑い声を立てた。「そんなにおかしいか」と不満そうなアッシャーを、アレッサが憮然として「笑われるようなことをやっているのだから」と注意した。
「アッシャーさん、と呼んでもいいですか」
 目尻を指先で拭いつつ、許可を求める。アッシャーは訝しげに唇を尖らせ、即答した。
「いいとも。名前がアッシャーなのだから当然だよ」
「ではアッシャーさん、聞いた限りではあなたの方が全面的に悪いみたいです」
「言うな。僕も理解はできているのだ」
「やっぱり」
「やっぱりとはどういう意味だ?」
 この台詞にアレッサが素早く、「“やっぱり”とは」と始めようとする。が、これに被せるようにして、かつさらに素早くアッシャーが「知っている!」と言い返した。
「言葉の意味を尋ねてるんじゃないっ。そのくらい知っていることを、おまえは知っているだろうが」
 アッシャーが荒っぽい言い回しになるのを、アレッサは何故か微笑で受け流す。
「結月、さん。そなたは何という意味で“やっぱり”と使ったのだ? 教えてください」
 語尾が「です・ます」調と「だ・である」調が入り乱れて揃ってないが、今指摘するといたずらに話が長引きそう。
(ここはスルーして、説明だけしておこう。安藤さんを待たせてしまっているし)
「アッシャーさん、日本語お上手ですね」
「む? そ、そうか? まあ、アレッサほどではないが身に付いたと思っている」
 若干、照れたように目をそらすアッシャー。
「それほど優秀なアッシャーさんなら、ご自身の悪いことも、どうすればいいのかもお分かりのはずだと思っていたんです。だから、やっぱりと言いました。――こんな説明で伝わりますか?」
「――分かる」
 アッシャーは口の両端をちょっと上向きにして、大いに得心したようだ。
「二度も三度も同じミスをせぬよう、これからは欲望を抑え、今まで以上に注意する。心に誓う」
 台詞だけ聞くと、小さな子供の頃に習う凄く当たり前のことを言っているだけな気もするが、当人が満足げなのでいいのだろう。
 異国の人を知るための取材という観点からすれば物足りないが、ずっと関わってばかりもいられない。
(キャラクター作りの材料としてなら、充分にインスピレーションを受けたし)
 結月は心の中のメモにイメージをしっかり刻みつけつつ、二人に目礼した。
「二度もお邪魔してすみませんでした。残りの旅も楽しんでください」
「いえ。あなたになら何度お邪魔されてもよい」
 いい感じの微笑を返すアッシャー。“お邪魔”の“お”は取るべきだと思うが。
 その隣に座っていたアレッサは席を立ち、アッシャーと対面する位置の椅子に座り直した。それからこほんと咳払いをし、
「えー、アッシャー。あまり時間を掛けてもいられないので、残りを食すように。もう食べ頃を過ぎている」
 と促した。彼だけ急に緊張したように見受けられるが、その理由が結月には分からなかった。
 後ろ髪引かれる思いはあったものの、いい加減にタイムアップだろう。安藤が結月を探してこちらにやって来たら、話は続けられるものの、騒がしくなっていよいよお店と他のお客に迷惑だ。
 もう一度お辞儀して彼らのテーブルから離れると、自分のいた席へと戻り……かけたところで思い出した。本来の目的は、落っことした消しゴムを見付けること。自分のおっちょこちょいぶりに苦笑いを禁じ得ない。
 少々ばつが悪いが、アッシャー達のいるテーブルの横を通って、さらに奥へと歩いて行き、ようやく見付ける。大きくて古そうな空調機器の足元に、ぴたりと寄り添うように消しゴムがあった。

 十分近く経過していたというのに、安藤は結月の出したノートをまだ読んでいた。分量から言って、読むのにそんなに時間は掛からないはず――と不審がった結月だが、安藤の手元のノートを受けから除くと、全然別のページを開いていた。
(もう、しょうがないなあ。こういう人だと分かっているから、よその社向けの作品のアイディアは別個にしているけれども、最初はびっくりした)
「お待たせしてすみません、安藤さん。やっと見付けてきました」
「え? 早かったですねと言おうとしていたのに」
 とぼけたことを言う。安藤は基本的に活字、いや文字中毒者なのかもしれない。字を目で一旦追い始めると、集中力が凄いし、際限がない。
「十分ぐらい経っていますよ。それで……ご感想を」
 恐る恐る尋ねる。編集者にプロットなどの出来を尋ねるこの瞬間は、何度経験してもどきどきする。
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