28 / 38
その13
しおりを挟む
警察捜査陣が問題の鍵穴を調べた結果、極細い鉤状の金属でいじった痕跡が見つかった。この事実と、ケシンやワンダーマンに対する恨み、鍵開けの技術を有するといった点から、縫川健吾が参考人として呼ばれた。それが事件からちょうど一週間の木曜のこと。
「縫川は三週間ばかり前を皮切りに、ケシン先生宅を訪れたことは認めたそうよ。それも三回ね」
普段より一日早い土曜、子供達プラス横路は教室に集まり、日野の事後報告を聞いていた。
「一度目は穏便な話し合いを、二度目はその続き、三度目は謝罪をするためとか。そして縫川の証言は、ケシン先生の記憶とも矛盾しなかった」
「だったら、少なくともナイフを持ち出す機会はあった。方法はまだ分からないけれど」
色めき立つ七尾達に、日野は冷や水を浴びせる。
「ところがアリバイ成立。犯行があったと目される午前一時から三時まで、出版社の人間と仕事の打ち合せを兼ねて飲んでいたというのよ」
「出版の仕事?」
「超能力の本ですって。よくあるやつよ。縫川は刑事に云い放ったらしいわ。『自分が犯人だとしたら、ナイフを箱からワンダーマンさんの自宅にテレポーテーションさせ、そのまま超遠隔操作の念動力で、彼の喉を掻き切ったことになりますねえ』と」
「超能力者ならできるってことじゃない。あいつが超能力者だって自称してるんだから、さっさと逮捕すればいいんだわ」
無双が憤然として吐き捨てた。本気の発言ではないらしい。
「はい、質問」
目に隈を作った七尾が挙手をした。大会出場がいよいよ迫り、練習もしたいが、事件も気になる。そんな具合で、寝不足なのだ。
「ケシン先生はナイフを毎日眺めてましたか? 云い換えると、ナイフが無事あることを毎日確認していたかって意味ですが」
「まさか。別にナイフのコレクターという訳ではないのよ。まあ、書斎に入る度に、箱にちらっと目をやるぐらいでしょうね」
「箱は確認しても、ナイフはどうだか分からないんですよね」
「そうなるわね……」
日野の語尾が曖昧になる。七尾が何を云いたいのか、ぴんと来た様子だ。
だが、次に発言したのは法月だった。
「そうか。外見がそっくりの箱を用意して、すり替えたか!」
「うん。それでうまく行くと思うんだ。縫川さんは三度、ケシン先生の家に行ってる。一回目に箱を写真に収め、偽物を作る。二回目のとき、偽物と本物をすり替える。持ち帰った本物にじっくり取り組み、ナイフを手に入れる。三回目で、本物と偽物をまた入れ換える」
「先生が箱の中身を確かめない限り、ばれない!」
衣笠が感極まったように叫ぶ。黄色い声に、隣に座っていた天野が耳を塞いでいた。
「種を見破る能力は相変わらず、君が一番だな」
法月が誉めると、七尾は「それほどでも」と謙遜してみせた。そこへ天野が突っかかる。
「だけどよ、ナイフの謎を解いたって、アリバイがあるんなら、どうにもならねえよ。同じやり口を使った、別の人間が犯人としか――」
「僕は縫川さんにあったことないから分からないんだけど、縫川さんがワンダーマンになりすませると思う?」
相手の台詞を遮って、皆に尋ねる口ぶりの七尾。彼女がゆっくりと見渡す内に、日野が答えた。
「技術的には問題ないでしょうね。かつては意外と有能なマジシャンだったんだし。ワンダーマンは喋らないから、声でばれることもない。スタッフの人とは会話せざるを得ないでしょうが、風邪気味とか何とか云ってごまかせる」
「体格はどうです?」
「身体つきそのものは似てる。ただ、身長がね。多分、縫川が五センチは高い」
「その程度なら、シルクハットで帳消しにできます。膝の辺りをちょっと曲げるだけでも、かなり低くなるし」
「できそうな気がしてきたわ」
日野も認める。
ワンダーマンが移動のときも扮装を解かなかった理由が、縫川のなりすましのためだとしたら、辻褄が合ってくる。収録を押し気味にしたのも、わざとだったかもしれない。
「縫川がワンダーマンに変装していたとして、それがあいつのアリバイとどう関係して来るんだ?」
天野は「分からん」という風に首をしきりに捻りつつ、聞いた。
「殺した時間を勘違いさせられる。木曜の午前一時から三時の間だってことになってるけれども、本当は収録が始まる前、水曜の午後六時ぐらいに殺しちゃったんじゃないかなあ」
「莫迦な! 全然違うじゃねえか。最低でも七時間は差があることになる。そんなの、警察が見落とすか?」
「水曜日の一時から二時ぐらいに、ワンダーマンさんにホットドッグを食べさせることができたら、警察も勘違いするかもしれない」
「あ?」
「この前、日野さんから聞いた話だと、死亡推定時刻っていうのは、胃の内容物を基準に弾き出されると思ったんだけど、合ってる?」
「え、ええ」
視線を向けられ、日野はどぎまぎした調子で対応した。
「詳しくはないけれど、今度の事件の場合だと、現場である自宅が全室冷房を効かせてあって、しかも温度がファジー設定されていたため、遺体の体温だけでは絞りにくい。だから胃の内容物が大いに役立ったと」
「縫川は三週間ばかり前を皮切りに、ケシン先生宅を訪れたことは認めたそうよ。それも三回ね」
普段より一日早い土曜、子供達プラス横路は教室に集まり、日野の事後報告を聞いていた。
「一度目は穏便な話し合いを、二度目はその続き、三度目は謝罪をするためとか。そして縫川の証言は、ケシン先生の記憶とも矛盾しなかった」
「だったら、少なくともナイフを持ち出す機会はあった。方法はまだ分からないけれど」
色めき立つ七尾達に、日野は冷や水を浴びせる。
「ところがアリバイ成立。犯行があったと目される午前一時から三時まで、出版社の人間と仕事の打ち合せを兼ねて飲んでいたというのよ」
「出版の仕事?」
「超能力の本ですって。よくあるやつよ。縫川は刑事に云い放ったらしいわ。『自分が犯人だとしたら、ナイフを箱からワンダーマンさんの自宅にテレポーテーションさせ、そのまま超遠隔操作の念動力で、彼の喉を掻き切ったことになりますねえ』と」
「超能力者ならできるってことじゃない。あいつが超能力者だって自称してるんだから、さっさと逮捕すればいいんだわ」
無双が憤然として吐き捨てた。本気の発言ではないらしい。
「はい、質問」
目に隈を作った七尾が挙手をした。大会出場がいよいよ迫り、練習もしたいが、事件も気になる。そんな具合で、寝不足なのだ。
「ケシン先生はナイフを毎日眺めてましたか? 云い換えると、ナイフが無事あることを毎日確認していたかって意味ですが」
「まさか。別にナイフのコレクターという訳ではないのよ。まあ、書斎に入る度に、箱にちらっと目をやるぐらいでしょうね」
「箱は確認しても、ナイフはどうだか分からないんですよね」
「そうなるわね……」
日野の語尾が曖昧になる。七尾が何を云いたいのか、ぴんと来た様子だ。
だが、次に発言したのは法月だった。
「そうか。外見がそっくりの箱を用意して、すり替えたか!」
「うん。それでうまく行くと思うんだ。縫川さんは三度、ケシン先生の家に行ってる。一回目に箱を写真に収め、偽物を作る。二回目のとき、偽物と本物をすり替える。持ち帰った本物にじっくり取り組み、ナイフを手に入れる。三回目で、本物と偽物をまた入れ換える」
「先生が箱の中身を確かめない限り、ばれない!」
衣笠が感極まったように叫ぶ。黄色い声に、隣に座っていた天野が耳を塞いでいた。
「種を見破る能力は相変わらず、君が一番だな」
法月が誉めると、七尾は「それほどでも」と謙遜してみせた。そこへ天野が突っかかる。
「だけどよ、ナイフの謎を解いたって、アリバイがあるんなら、どうにもならねえよ。同じやり口を使った、別の人間が犯人としか――」
「僕は縫川さんにあったことないから分からないんだけど、縫川さんがワンダーマンになりすませると思う?」
相手の台詞を遮って、皆に尋ねる口ぶりの七尾。彼女がゆっくりと見渡す内に、日野が答えた。
「技術的には問題ないでしょうね。かつては意外と有能なマジシャンだったんだし。ワンダーマンは喋らないから、声でばれることもない。スタッフの人とは会話せざるを得ないでしょうが、風邪気味とか何とか云ってごまかせる」
「体格はどうです?」
「身体つきそのものは似てる。ただ、身長がね。多分、縫川が五センチは高い」
「その程度なら、シルクハットで帳消しにできます。膝の辺りをちょっと曲げるだけでも、かなり低くなるし」
「できそうな気がしてきたわ」
日野も認める。
ワンダーマンが移動のときも扮装を解かなかった理由が、縫川のなりすましのためだとしたら、辻褄が合ってくる。収録を押し気味にしたのも、わざとだったかもしれない。
「縫川がワンダーマンに変装していたとして、それがあいつのアリバイとどう関係して来るんだ?」
天野は「分からん」という風に首をしきりに捻りつつ、聞いた。
「殺した時間を勘違いさせられる。木曜の午前一時から三時の間だってことになってるけれども、本当は収録が始まる前、水曜の午後六時ぐらいに殺しちゃったんじゃないかなあ」
「莫迦な! 全然違うじゃねえか。最低でも七時間は差があることになる。そんなの、警察が見落とすか?」
「水曜日の一時から二時ぐらいに、ワンダーマンさんにホットドッグを食べさせることができたら、警察も勘違いするかもしれない」
「あ?」
「この前、日野さんから聞いた話だと、死亡推定時刻っていうのは、胃の内容物を基準に弾き出されると思ったんだけど、合ってる?」
「え、ええ」
視線を向けられ、日野はどぎまぎした調子で対応した。
「詳しくはないけれど、今度の事件の場合だと、現場である自宅が全室冷房を効かせてあって、しかも温度がファジー設定されていたため、遺体の体温だけでは絞りにくい。だから胃の内容物が大いに役立ったと」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
観察者たち
崎田毅駿
ライト文芸
夏休みの半ば、中学一年生の女子・盛川真麻が行方不明となり、やがて遺体となって発見される。程なくして、彼女が直近に電話していた、幼馴染みで同じ学校の同級生男子・保志朝郎もまた行方が分からなくなっていることが判明。一体何が起こったのか?
――事件からおよそ二年が経過し、探偵の流次郎のもとを一人の男性が訪ねる。盛川真麻の父親だった。彼の依頼は、子供に浴びせられた誹謗中傷をどうにかして晴らして欲しい、というものだった。
サウンド&サイレンス
崎田毅駿
青春
女子小学生の倉越正美は勉強も運動もでき、いわゆる“優等生”で“いい子”。特に音楽が好き。あるとき音楽の歌のテストを翌日に控え、自宅で練習を重ねていたが、風邪をひきかけなのか喉の調子が悪い。ふと、「喉は一週間あれば治るはず。明日、先生が交通事故にでも遭ってテストが延期されないかな」なんてことを願ったが、すぐに打ち消した。翌朝、登校してしばらくすると、先生が出勤途中、事故に遭ったことがクラスに伝えられる。「昨日、私があんなことを願ったせい?」まさかと思いならがらも、自分のせいだという考えが頭から離れなくなった正美は、心理的ショックからか、声を出せなくなった――。
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
籠の鳥はそれでも鳴き続ける
崎田毅駿
ミステリー
あまり流行っているとは言えない、熱心でもない探偵・相原克のもとを、珍しく依頼人が訪れた。きっちりした身なりのその男は長辺と名乗り、芸能事務所でタレントのマネージャーをやっているという。依頼内容は、お抱えタレントの一人でアイドル・杠葉達也の警護。「芸能の仕事から身を退かねば命の保証はしない」との脅迫文が繰り返し送り付けられ、念のための措置らしい。引き受けた相原は比較的楽な仕事だと思っていたが、そんな彼を嘲笑うかのように杠葉の身辺に危機が迫る。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ゼロになるレイナ
崎田毅駿
児童書・童話
お向かいの空き家に母娘二人が越してきた。僕・ジョエルはその女の子に一目惚れした。彼女の名はレイナといって、同じ小学校に転校してきて、同じクラスになった。近所のよしみもあって男子と女子の割には親しい友達になれた。けれども約一年後、レイナは消えてしまう。僕はそのとき、彼女の家にいたというのに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる