魔王様は切実に隠居したい

塩おむすび

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第1章 とっても悪い魔王様

魔王様は悪い報せを聞く

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 今日も今日とて魔王城は平和な日々。
 その城主であるノアは1人穏やかな日差しの下、自室でうとうとと昼寝をしていた。

 その時だったーー。


「魔王様!」

「うわぁ!?」


 ノックの音すら置き去りに、慌てた様子で部屋に駆け込んできたルークに、ノアはとっさに飛び上がるほど驚いた。


「な、なんだ…ルークか…。驚かせるなよ、全くもう…」

「申し訳ございません。ですが火急にお伝えしたいことがございまして、参上いたしました」

「ん?なんかあったのか?」

「『勇者』が、現れました」





 ・・・・・・・・・・





「ヴォルフ!」


 ルークからの報告に急いで身なりを整えたノアは、玉座の間の扉を開いた。
 そこには魔王幹部の面々が揃っていたが、その中で斥候部隊を担当していたヴォルフはその身のいたるところを血に染めて、苦しそうに地に伏して呻いていた。


「すまねぇ魔王様…。こんなダセェ姿になっちまって…」

「これ以上は話すな!余計な血が流れるであろう!おい、薬の用意はどうなっている!」

「とりあえず今はある分で対応しております。残りはメルト殿が随時作成をすると言っておられました」

「おまたセー、追加のおクスリだよー。あ、魔王サマ来タんだ」


 どこからともなく現れたメルトは薬をドバドバとヴォルフにかける。「いてぇ!」と声が上がるが「ソレくらい我慢しテよー」と叱られている。


「それで、お前は次の勇者の姿は見たのか?」

「あいにくほとんど確認できやしませんでしたよ。俺たちは人間が普通じゃ気づかない距離から探りを入れてたのに、あいつは正確に俺たちのいる場所を攻撃してきたんだ!なんかカラクリがあるに違いねぇ!」

「ふむ…女神の加護で感覚を強くするものでも授かったか…?しかし今回の勇者はずいぶんと好戦的なようだ。とりあえず、今はまだ様子を見た方がいいだろう。幸いお前が勇者を発見したのは魔族と人間の領土の境だ、準備をする時間は大いにある。頼めるな、リリシュ?」

「ええ、もちろんですわ魔王様。それがアタシたちのお仕事ですもの、相手が男となれば尚更。魔王様が聞きたいコト、全て吸い取ってきて差し上げますわぁん」


 扇状的な肢体のサキュバスは、ペロリと真っ赤な唇を蠱惑的に舐めて、ばっちりと長いまつげでウィンクまで決めた。





 ・・・・・・・・・・





「それで、この期間で揃えられた情報がこれってことですね…」

「ああ、どれもこれも聞いたことがない言葉ばかりだったらしい。だがこれで確信した。新しい勇者は

「この世界の人間じゃない…?そんな…じゃあ一体どこから…」

「おそらく、他の世界から呼び寄せられた人間だ。にわかには信じがたいが、古文書の一つにこの世界とは異なる世界が存在すると仮定付けて、その世界の情報を少しでも解明しようと試みた記録があった。その書物によれば、見たことのない植物の種や動物の皮なんかを呼び寄せることができたらしい。ただ、人間はおろか動物を含む生物を呼び寄せることができた記録は全くなかった。本当に異なる世界から今回の勇者を呼び寄せたのだとしたら…まさしく神のごとき術だ。おそらく…いや、確実に女神が直接介入してきている」

「女神様が…」


 ノアの共犯になった時点で、いずれ人間の敵となることは決まっていた。
 だが、一時は力を貸してくれていたはずの女神と敵対することになるとは、さすがのルークも思っていなかった。


「……怖いか?」

「怖くない…と言えば嘘になります。僕たちにとって女神様は絶対的な存在で、世界の浄化を願い、人間を良き方向に導く善なる光の神と教えられていますから。そんな存在と明確に敵対することになった事実は……それなりに覚悟していたとはいえすぐに飲み込むには重い、ですね…」

「別に、今すぐ決意を固めなきゃいけないわけじゃない。リリシュの部隊の話によれば相手は未だ境の町で逗留しているらしい。おおかた準備を整えているんだろう。そこからここまで来るのにせいぜい早くて半年から1年くらいだ。その間に考えればいい」

「そう、ですね…」

(けれど、なぜか…言いようのない嫌な予感がするんです。今にもあなたが、僕の目の前からいなくなってしまいそうな…そんな予感が)


 ルークは自分の頭に浮かんだ最悪の想像をとっさに振り払う。そういうことを考えているから重要な場面での判断のミスを生むのだ。今はただ、目の前のことに集中した方がいい。

 出会った時のようにノアの目の前にルークが跪くと、ノアは驚いたように目を瞠った。


「ノア様」

「なんだよ、改まって」

「今の僕はあなたのおかげで生きています。あなたに拾われたこの命にかけて、あなたの身は必ず守ります。だからどうか、あなただけでも生きてください」


 ノアの手を取り、その手のひらに軽く口付ける。自らの悪夢を払い除けてくれたその手に、思いも言葉も願いも全て乗せられるようにと。


「大袈裟だなぁお前は。俺には優秀な側近がいるからな、きっと大丈夫だ。それに俺は強いからな!」


 そう言うとノアは安心させるように笑う。
 そうしてようやくルークも笑みを見せたのだった。
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