魔王様は切実に隠居したい

塩おむすび

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第2章 隠居に成功(?)した魔王様

魔王様は女神のお膝元を訪れる

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「ごめんなぁポチ。昨日は突然知らない部屋に飛ばされて不安だっただろ?」

「あぉん、くぅーん」

「一応ルークの部屋に転移させておいたんだけど…。お前からしたら知らない場所だもんなぁ…本当にごめんな」

「きゅーん…」

「それはそれとして…お前、ルークの部屋めちゃくちゃに荒らしてたみたいだな?向こうに戻ったルークがもの凄い笑顔で『次そちらに伺った際はその子犬とたっぷり話をさせていただきます』って言ってたぞ」

「きゃうん?」

「そんな可愛い顔しても騙されないからな!」


 結局宿を出る頃には太陽は真上におり、ノアは前回の経験もあって乗り合い馬車を使うことにしたのだった。

 宗教国家エルトワーレは女神ルミエラを唯一神とする『女神教』の総本山である。その教えは国内外に広く知れ渡っており、影響力もその分強いと聞く。
 国としてもとても栄えており、宗教絡み特有の閉鎖的な雰囲気はなく、活気があり賑やかな雰囲気から観光客も多い。


「わんちゃんだぁ!可愛い!」


 そんな国へ向かう乗り合い馬車の中、ノアの向かいに座っていた少女が子犬を見て目を輝かせた。


「可愛いだろ?優しく頭を撫でてあげると喜ぶぞ」

「触っていいの?」

「ゆっくりなら」


 少女は恐る恐るといった風に子犬に手を伸ばし、ゆっくりとその頭を小さく撫でる。子犬はされるがままになっており、ゆらゆらと尻尾を揺らしている。


「わぁー!可愛い…お母さん、わんちゃん可愛いねぇ!」

「ええ、そうね。ありがとうございます旅人さん」

「いえいえ、同じ馬車に乗ったのも何かの縁ですから。お二人はエルトワーレにどのようなご用事で?」

「主人がエルトワーレにある神殿の神官をしているんです。残念ながら神職の方は皆、神殿に住まう決まりなので私たちは分かれて暮らしているのですが、こうして定期的に会う機会を作っていただけるんです」

「そうですか…こんな小さいお子さんがいるのにお母様だけでは大変では?」

「仕方ありません。女神に仕えるものとして、主人は女神を第一に考えた生活をしなければいけませんからね。会える時間があるだけでも感謝しないと」

(ずいぶんと身勝手な女神だな。自分の信者はたとえ家庭があろうと自分のものだとでも言いたいみたいだ)

「本当は…この子のためを思えば家族全員で暮らした方がいいのかもしれません。ですが、女神教の教義に反するようなことは軽々しく願えませんからね…。旅人さんも気をつけてくださいね。エルトワーレは開かれた国ですが、いつどこで誰が何を聞いているかわかりませんから」

「肝に銘じておきます」


 ついに敵の本拠地に潜入するのだという実感が今さらながらに湧いてくる。
 目指すは宗教国家エルトワーレ。
 女神の威光をもって遍く人々を照らす中心地であり、聖女と勇者の住まう国。





 ・・・・・・・・・・





 エルトワーレの神殿は女神教の総本山らしく、とても大きく荘厳なものである。国内外から観光に訪れる人々や女神教の信者が集まる場所で、ノアが訪れた際も多くの人が神殿へと訪れていた。

 中に入り祈りを捧げるためにはもちろん『お布施』というものが必要になってくる。要は信仰心に見合った金額を要求してくるのだ。


「女神様にお目通りを願いたい」


 ルークが神殿の前にいる神官に金貨を一枚渡すと、神官はにこやかに中へと案内してくれた。
 礼拝堂にある豪奢なステンドグラスは光に照らされており、その前には女神ルミエラの石像が置かれていた。周りにいる信者らしき人々は熱心にその石像に向かって祈りを捧げているが、ノアは1人並んだ長椅子の一番後ろに腰掛けてその様子を静かに見ていた。


(ずいぶんとまぁ…金のかかった装飾だな。人間の中で最も信者の多い宗教だと献金も相当集まっているんだろうな)


 足元に子犬を降ろすと、そのまま女神の像を見上げた。


(俺はお前に勝たなくちゃいけない。たとえ神だろうと、魔族も人間もお前のおもちゃにする権利なんてない。俺が必ず、お前の心臓を貫いてみせる)


 ノアはそのまま立ち上がり、神殿を後にする。足元にいたはずの子犬は、知らない間にどこかへ消えていた。
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