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第4話:王子と、そして彼と
しおりを挟むこの世界に転生してから、何度目の春だろう。
俺の名前はリセル。この平凡な村で、服飾師の見習いとして暮らしている。
元々は別の世界——日本という場所で、事務職として静かに暮らしていた。けれど、気がつけばこの異世界に転生していた。
そこで出会ったのが、幼なじみのセス。彼は俺にとって、前世からずっと大切な存在だった。
彼はこの世界の中心“主人公”だったから。
セスは強くて真っ直ぐで、ちょっと不器用だけど優しい人だ。
子どもの頃からずっと一緒に育ってきたけど……俺は知っている。彼はやがて、俺ではない誰かと恋に落ちる運命にあることを。
——そう、このBLゲームの中で、セスは「運命の恋」をする。
そして俺は、ただの“モブ”キャラだ。
春の陽射しが穏やかに降り注ぐ昼下がり。広場では市が立ち、木造の屋台からは焼き菓子の甘い香りが漂っていた。
少し離れた場所に立ち、布を抱えたまま足を止める。
視線の先には、人だかりの中で談笑するふたりの姿。
セスと、王子。
……ついにセスは運命と出会ってしまった。
覚悟していたつもりだったのに、本当は全然できていなかったみたいだ。
二人並ぶその光景は、まるで劇の一幕のようだった。
陽光を浴びて輝く銀髪、仕立ての良い上着に身を包んだ王子が微笑み、セスは少し照れたように視線を逸らしながらも、どこか楽しげに笑っていた。
セスのあんな笑い方、久しぶりに見た。
胸が、締めつけられる。痛いのに、目を逸らせない。
優雅で、気さくで、まっすぐな言葉を交わす王子の隣に立つセスは——あまりにも、眩しかった。
(あの王子と一緒にいれば、セスは必ず幸せになれる)
隣にいるのが俺じゃなくても、セスを大事に守ってくれるのなら、それでいいじゃないか。
この気持ちを自覚した時にそう決めたはずだ。それなのに——
幸せそうな二人を目の当たりして、俺の覚悟はあっけなく消えてしまいそうだった。
思ってはいけないとわかっていても、セスの幸せだけを願えない自分がいる。
俺だって、彼がこんなに好きなのに。
どうしてモブは運命になれないんだろう?
手の中の布が、くしゃりと音を立てた。
湖のほとりは静かだった。波一つない水面が、雲をそのまま映し込んでいる。
誰もいないこの場所は、昔から俺の避難場所だった。
気持ちが乱れたとき、迷ったとき、ここで何度も考えて、泣いて、決めてきた。
(セスの幸せだけを願いたいのに。どうしても、諦められないんだ。セスへのこの気持ちが)
セスが笑うたびに、歩くたびに、呼吸をするだけで、胸がぎゅっと苦しくなる。
好きになった瞬間からもずっと、幸せだった。たとえ、それが長くは続かないと知っていても。
でも——
「王子さまとなら、きっとゲームのスチルみたいにセスも毎日笑って……」
言いかけた言葉は、喉の奥で消えた。
これを言ってしまえば、俺の退場を早める理由になってしまう気がしたから。
風がそっと、湖面をなぞる。
冷たくて、優しくて、それでも現実を連れてくる風だった。
◇◇◇
夜。食卓に並んだのは、春野菜のポタージュと、少し焦がしたパン。
こうしてセスと並んでごはんを食べるのも、あとどれくらいだろうか。そんなことを考えながら、スプーンを手に取る。
「今日は楽しかった? 王子さまと、一緒だったんでしょう?」
何気ない風を装って、笑顔を浮かべて尋ねたつもりだった。でも、セスの視線が、まっすぐ俺を貫いた。
「……あいつの話、誰から聞いた?」
いつもより低い、慎重な声。
「市で見かけたんだよ。すごく楽しそうだったから……ううん、それだけ。気にしないで」
返事になっていない返事をして、俺は笑う。
恋を自覚してからこういう時のためにと何度も練習した笑顔だから、もう自然にできるはずなのに、どうしてだろう、口の端が少しだけ震えた。
「お前……最近、ほんと変だぞ」
また、この言葉。でも今夜のセスは、目が違った。
鋭く、まるで——何かを確かめるみたいに見ていた。
けれど、それでも俺は笑うしかなかった。
だって、今夜もまた彼と食卓を囲めている。その事実だけが、俺の唯一の救いだったから。
(どうか、バレないで。この笑顔の下にある、俺の全部が——セスを手放したくないって、叫んでいること)
スープの湯気が、ゆっくりと昇って消えていった。
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