【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g

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第2章

第16話:焔を分け合うということ

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 夜は、静かに深まっていた。拠点の窓辺に置かれたランプだけが、部屋の輪郭を淡く照らしている。外から聞こえるのは、遠くの馬車の音と、風が屋根を撫でる気配だけだった。

 今日一日、特別な任務があったわけではない。調査報告も済み、急ぎの呼び出しもない。だからこそ、この静けさが、少しだけ落ち着かない。

 アッシュは、椅子に腰を下ろし、剣を膝に乗せた。刃の状態を確かめるでもなく、ただ指先で柄をなぞる。無属性の感覚は安定している。焔の余韻が、胸の奥で静かに均衡を保っていた。

 向かい側で、カイルが書類を閉じる。紙を揃え、机の端に置く仕草が、ひどく丁寧だった。

「……今日は、これで終わりだ」

 独り言のような声。

「お疲れさまでした」

 そう返すと、彼は小さく頷いた。

 ランプの焔が、わずかに揺れる。意図したものではない。ただ、夜の空気が動いただけだ。それでも、その揺らぎに、自然と意識が向いた。

 アッシュは、立ち上がり、ランプの前に歩み寄った。

「……この焔も、随分と役割が変わりましたね」

 ぽつりと零す。

 カイルは、椅子から立ち上がり、少し距離を置いて並んだ。

「象徴から、実用品へ、か」

「言い方が現実的すぎます」

 思わず笑うと、彼もわずかに口元を緩めた。

 焔を見つめていると、不思議と、アッシュの胸の奥が静かになる。無属性は、過剰に反応しない。抑え込まれているわけではない。ただ、居場所を得ている。

「……分け合う、という感覚は」

 アッシュは、言葉を探しながら続けた。

「守るとか、預けるとか、そういうものとは違いますね」

「同意する」

 カイルの答えは、即座だった。

「どちらかが上に立つわけでも、支配するわけでもない。ただ、同じ火を見ている」

 同じ焔。
 同じ温度。

 それは、祝福でも、誓約でもない。生き方そのものだ。

 アッシュは、ランプの側面に手を伸ばし、そっと触れた。熱はあるが、火傷するほどではない。確かな存在感。

「……あなたが王位を辞退したと聞いたとき」

 今さらのように、言葉がこぼれた。

「正直、俺は、あなたから何かを奪ってしまったのだと思いました」

 過去形にしたのは、自覚があるからだ。

「だが今は、違うと思えます」

 カイルは、ランプから視線を外し、アッシュを見た。

「奪われたのではない。……選んだ」

 その言葉は、これまで何度も聞いたはずなのに、今夜は、違う重さを持っていた。

「そして、選び続けている」

 アッシュは、ゆっくりと頷いた。

 沈黙が落ちる。だが、それは居心地のいいものだった。

 ふと、カイルが一歩近づく。触れるほどではない。だが、気配がはっきりと重なる距離。

「……アッシュ」

 名前を呼ばれる。

 それだけで、無属性が静かに応じる。高ぶりも、拒絶もない。自然な反応。

「これから先、私は、何度も選択を迫られるだろう」

 低い声。

「王家の影は消えない。調査官としての責任も、軽くはない」

 それでも、と彼は続ける。

「隣に誰がいるかは、揺らがない」

 胸の奥で、何かが静かに定まった。

「……俺もです」

 短く、だが迷いはなかった。

「冒険者として、無属性を抱えたまま生きる。……その選択に、あなたが含まれている」

 言葉にしてしまえば、案外、穏やかだった。

 カイルの手が伸び、アッシュの腰を引き寄せた。
 抵抗なく身を預けると、お互いの鼓動が重なる位置で、体温が混ざり合う。

 カイルは、焔を灯した。ランプの火とは違う、彼自身の焔。小さく、しかし確かな光。

 二つの火が、並ぶ。

 無属性が、その間で静かに呼吸を始める。制御でも、抑圧でもない。共存。

「……これでいい」

 誰に言うでもなく、アッシュは呟いた。

「いい」

 彼も、同じ言葉を返す。そして、アッシュの額にそっと唇を落とした。

 夜は、まだ長い。だが、闇は、もはや脅威ではなかった。

 焔は、特別な儀式の中にあるのではない。
 同じ部屋で、同じ夜を過ごすこと。
 言葉を選び、沈黙を共有すること。

 それらすべてが、焔を灯し続ける行為なのだと、今は分かる。

 ランプの火を落とす。闇が広がるが、完全な暗闇にはならない。窓の外の灯りと、胸の奥の温度が、それを拒む。

 寝台に向かう前、アッシュは一度だけ振り返った。

 カイルは、静かに焔を消し、腕を広げてこちらを見ていた。

「……明日も、選びますか」

 問いは、確認に近い。

「もちろんだ」

 答えは、即座だった。

 その言葉に、もう不安は混じらない。

 焔を分け合うということは、
 特別になることではない。

 日々を、共に選び続けることだ。

 アッシュはカイルの腕の中へと歩み寄る。
 優しいぬくもりに包まれながら、アッシュは灯りを背に、愛しい人と共に夜へと身を預けた。
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