「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g

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第4話:快適すぎる軟禁生活は「おやつ」がいっぱい


「……ここ、どこ?」

 翌朝。俺が目を覚ましたのは、見慣れない天井の下だった。
 いや、見慣れないというか、豪華すぎて目が潰れそうな天井だ。シャンデリアが朝日を反射してキラキラと輝いている。
 背中の感触もおかしい。
 俺が冒険者生活で愛用していた煎餅布団とは雲泥の差。まるで雲の上で寝ているかのような、最高級の羽毛マットレスだ。

「ああ、そうだった……連行されたんだった」

 記憶が蘇る。
 昨日、治療院で旦那様ことオルドリン様に確保され、お姫様のように抱き上げられ屋敷に強制送還されたのだ。
 俺はのろのろと上半身を起こした。右足首には丁寧に包帯が巻かれ、痛みも引いている。さすが王都の一流医師の処置だ。

 部屋を見渡す。
 ここは俺の部屋ではない。かといって、客間でもない気がする。
 広さは俺の部屋の三倍。壁一面の本棚、猫足の家具、そして窓からは王都の街並みが一望できる。
 どうやら俺は、この屋敷で最も警備が厳重で、かつ最も豪華な部屋――おそらく当主のプライベートエリアに近い部屋に収容されたらしい。

 ガチャリ。

 重厚な扉が開く音がした。
 現れたのは、銀色のワゴンを押した執事と、その後ろに続くオルドリン様だ。

「目が覚めたか」
「あ、旦那様。おはようございます」

 俺はベッドの上で居住まいを正した。
 さて、ここからが正念場だ。
 半年間の家出、そして怪我。
 昨日は感情的になっていたけれど、一夜明けて冷静になった旦那様から、こってりと絞られるに違いない。「貴族の自覚が足りない」とか「離婚だ」とか言われても文句は言えない立場だ。

 俺は覚悟を決めて、頭を下げようとした。
 しかし、オルドリン様が開口一番に放った言葉は、予想の斜め上を行くものだった。

「……枕の高さは、合っていたか?」
「はい?」
「昨夜、君が寝苦しそうにしていたから、三回ほど変えてみたんだが。今の硬さで首は痛くないか?」

 真顔だった。
 怒りの形相ではなく、まるで高級ホテルのコンシェルジュのような真剣な眼差しで、俺の首元を心配している。

「あ、はい。すごく快適で、爆睡でした」
「そうか。ならよかった」

 オルドリン様は安堵の息をつくと、執事に目配せをした。
 執事がワゴンをベッドサイドに寄せる。
 そこには、焼きたてのパン、彩り豊かなフルーツ、温かいスープ、そしてなぜか山のような焼き菓子(マドレーヌやクッキー)が積まれていた。

「朝食だ。……あと、口寂しい時にと思って、菓子も用意させた」
「えっと、こんなに?」
「足りなければ言ってくれ。パティシエに焼き増しさせる」
「いやいや、十分すぎます! ……あの、お説教は?」
「説教?」

 オルドリン様は不思議そうに首を傾げた。

「なぜ私が君を叱る必要がある」
「だって、勝手に出て行ったし、怪我もしたし……」
「それは君を守りきれなかった私の責任だ。君が謝ることではない」

 きっぱりと言い切った。
 そして、彼は部屋の隅にある大きなライティングデスクにドサリと書類の束を置くと、当然のようにそこの椅子に座った。

「え、旦那様? お仕事は?」
「ここでやる」
「はい?」
「君は全治一ヶ月の重傷人だ。急変するかもしれない。私がそばで容態を見る必要がある」

 いやいやいや!
 ただの捻挫ですよ!? 急変って何!? 捻挫が悪化して死ぬことなんてあります!?
 俺はツッコミを入れたかったが、彼の表情があまりに真剣すぎて言葉を飲み込んだ。
 彼は万年筆を取り出し、書類に向かい始めた。
 どうやら本気らしい。
 これが、俺への処罰なのだろうか?
『軟禁刑:ただし環境はスイートルーム、看守(旦那様)付き』という。

「……いただきます」

 俺はとりあえず、出された朝食を食べることにした。
 美味い。
 昨日の治療院での騒動が嘘のように、平和な時間が流れる。
 カリカリ、と旦那様のペンが走る音だけがBGMだ。
 冒険者としての自由気ままな生活も楽しかったけれど、こうして誰かに守られて食べる食事も、悪くないな……なんて思い始めた時だった。

「水はいるか?」

 突然、オルドリン様が顔を上げて聞いた。

「えっ、あ、まだ大丈夫です」
「そうか」

 カリカリカリ……。
 三分後。

「寒くないか? 毛布を足そうか」
「平気です! 適温です!」
「そうか」

 カリカリ……。
 五分後。

「本を読むか? 最近流行りの冒険小説を取り寄せたんだが」
「あ、それはちょっと読みたいかも」
「分かった。どれだ。全部か?」
「いや一冊でいいです!」

 ……集中できない!!
 俺が一口パンを食べるたびに旦那様の視線が飛んでくる。
 監視されているというより、これは……過保護だ。
 ペットショップで買ってきたばかりのハムスターを見守る飼い主のそれだ。

「あの、旦那様」
「なんだ。何が欲しい。国か?」
「規模がでかい! 違います、俺のことは気にしなくて大丈夫ですから、どうぞ仕事にお戻りください!」
「気にしないでいられるわけがないだろう」

 オルドリン様は即答した。
 そして、書類を置いて溜息をつき、ベッドの端に腰掛けた。
 近い。

「……君が目の前にいるのが、まだ信じられないんだ」

 彼は少し自嘲気味に笑った。
 その表情が、いつもの「氷の伯爵」とは違って、ひどく人間臭くて、俺は不覚にもドキッとしてしまった。

「執務室で一人、君のいない空間で仕事をするのは……思った以上に堪えた。だから、今は少し、こうさせてくれ」
「……はい」

 そんなふうに言われたら、拒否できるわけがない。
 俺は観念して、大人しく「飼育されるハムスター」に徹することにした。


 ◇◇◇

 午後三時。おやつの時間。
 軟禁生活(二日目にして既に順応済み)のハイライトだ。

「ルシアン、果物を剥いたぞ」

 オルドリン様が差し出した皿には、芸術的なまでに美しく皮を剥かれた桃と、一口サイズにカットされたリンゴが並んでいた。
 彼は魔法使いとしても超一流だが、まさかナイフ捌きまで達人級だとは知らなかった。
 というか、伯爵様が自ら果物を剥くってどうなの? メイドの仕事を奪ってない?

「ありがとうございます。そこに置いといてください」

 俺は本から目を離さずに礼を言った。
 彼がくれた冒険小説が面白すぎて、今は食べるよりも続きを読むのに忙しい。ちょうどクライマックスの激闘シーンなのだ。
 ページをめくりながら、手探りで皿の方へ手を伸ばす。
 フォーク、フォーク……。

 カチ。

 指先が何かに触れた。
 掴もうとした瞬間、ふわりと甘い香りが鼻先をくすぐり、唇に何かが当たった。

「……ん?」

 反射的に口を開けると、冷たい果肉が放り込まれた。
 咀嚼する。美味い。
 飲み込むと、またすぐに次の果肉が唇に当たる。
 パクり。モグモグ。
 うん、この桃、甘くて最高だ。

 俺は小説の世界に没頭しながら、わんこそばの要領で次々と口に運ばれてくるフルーツを無意識に平らげていった。
 そして、最後の一切れを飲み込んだ時、ふと我に返った。

(……あれ? 俺、自分で食べてたっけ?)

 視線を上げる。
 目の前には、フォークを持ったまま固まっているオルドリン様がいた。
 真剣な眼差しで、俺の咀嚼回数を確認するように見つめている。

「……あの、旦那様?」
「ん、全部食べたか。偉いぞ」
「えっと、もしかして俺、食べさせてもらってました?」
「君が本を読むのに必死で、フォークを探して空振りしていたからな。……時間のロスだと思って、手伝った」

 真顔で言われた。
 「あーん」をしてイチャつこうとか、そういう甘い雰囲気ではない。
 彼は本気で「俺が本を読むのを邪魔しないように」、そして「効率的に栄養を摂取させるために」、無言で餌付けを行っていたのだ。

「……すいません、ありがとうございます」
「構わない。……よく食べる姿は、見ていて気持ちがいい」

 そう言って、彼は満足げに空になった皿を下げた。
 よく見ると、彼の耳の先が少し赤い。
 効率化だなんだと言いつつ、やっぱり世話を焼くのが楽しいらしい。

(……なんか、大型犬に世話されてる子犬の気分だ)

 甘やかされているというより、庇護されている。
 俺は恥ずかしさよりも、その不器用な献身がなんだかおかしくて、くすぐったい気持ちになった。


 ◇◇◇

 その夜。
 夕食(もちろん部屋食だ)を終え、そろそろ就寝の時間。

「じゃあ、俺は寝ますね。旦那様も部屋に戻って休んでください」
「ああ。おやすみ」

 そう言って、オルドリン様は立ち上がった。
 そして、部屋を出ていく……のではなく、部屋の隅にある大きなソファへと向かい、そこにあった毛布を広げ始めた。

「……えっ、旦那様? 何してるんですか?」
「何って、寝る準備だが」
「そこで!?」
「言っただろう。容態が急変するかもしれないと。私がここで寝ずの番をする」
「いやいやいや! 狭いですよそこ! 旦那様、身長何センチですか!?」
「百八十五だが」
「絶対はみ出しますって! むしろ身体痛めて、明日の仕事に支障が出ますよ!」

 頑固だ。
 この人、一度言い出したら聞かないタイプだ。
 大男が二人掛けのソファに小さくなって寝ようとしている姿は、あまりにもシュールで、そして俺の罪悪感を刺激する。

「……あー、もう!」

 俺は溜息をつき、ベッドの端に寄ってスペースを空けた。
 キングサイズのベッドだ。大人二人が寝ても余裕はある。

「ソファで寝て風邪でも引かれたら、俺の看病をしてくれる人がいなくなります。こっちで寝てください」
「なっ……!?」
「合理的でしょ?」
「い、いや、しかし! それでは君の足に障るかもしれないし、何より……けじめが……!」

 オルドリン様はおろおろと狼狽えた。
 顔を真っ赤にして、視線を泳がせている。
 俺は怪我人だし、彼に襲われる心配なんて微塵もしていないのに、彼の方が勝手にドギマギしているのだ。

「はぁ……分かりましたよ」

 俺は予備の枕を二つ手に取ると、ベッドの中央に並べた。
 万里の長城のごとく、ベッドを左右に分断する壁を作る。

「これでどうですか? これなら俺の足に当たる心配もないし、領域も侵されません」
「……境界線、か」
「はい。この枕を超えたら、罰金として旦那様の分のおやつをいただきます」

 冗談めかして言うと、オルドリン様は真剣な顔でその「壁」を見つめ、やがてコクリと頷いた。

「……分かった。その防衛ラインは死守しよう」
「はいはい、おやすみなさい」

 彼はベッドの端、落ちるギリギリのところに、直立不動の姿勢で横になった。
 枕の壁を挟んで、背中合わせになる。
 甘い雰囲気もへったくれもない、完全なる「分割統治」だ。
 でも、背中越しに感じる彼の気配と、かすかな息遣い。
 それが、なぜだかとても心地よくて、安心できるものに感じられた。

(これが、軟禁生活……?)

 いや、違うな。
 これはやっぱり「過保護な飼育」だ。
 甘いお菓子と、徹底された安全管理で、俺をこの場所に繋ぎ止めようとする、不器用な罠だ。
 そして俺は、その居心地の良さに、まんまと絆されつつある自分を自覚していた。

「おやすみ、ルシアン。……枕は、越えないから安心してくれ」

 背後から聞こえた、クソ真面目で優しい声を聴きながら、俺は吹き出しそうになるのを堪えて目を閉じた。
 俺の冒険者としての野生の勘が告げている。
 「このダンジョン(旦那様の腕の中)、攻略難易度は低いけど、脱出は不可能だぞ」、と。

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