「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g

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第2章 俺たちは『伯爵と夫人』じゃなくて、『相棒』になりたい

第14話:やきもちと、男のプライド

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「……ふぅ。これで5通目か」

 クライス伯爵家のサンルーム。
 俺、ルシアンは、山積みの手紙を前にペンを走らせていた。
 書き慣れない貴族言葉と格闘し、指にはインクが滲んでいる。

 先日の「夜会」での一件以来、屋敷の状況は一変していた。
 あの公開ノロケ(餌付け)が功を奏したのか、あるいは面白がられたのか、俺宛のお茶会やランチの招待状が急増したのだ。

(あいつ、予想以上に人付き合い悪かったからな……。俺が代わりに人脈広げて、少しでも領地経営の役に立てれば……)

 オルドリンは優秀だが、他貴族との交流を極端に嫌う。
 俺には剣も魔法の才能もないが、「愛想」と「飲みニケーション(お茶だけど)」ならできるかもしれない。
 いわゆる「内助の功」ってやつを目指してみようと思ったわけだ。

「よし、次は……男爵夫人とのお茶会か。情報収集(ゴシップ)に行ってくるか!」

 俺は気合を入れて立ち上がった。自分にもできることが見つかった嬉しさに、ただ張り切っていたのだ。
 この時の俺は、自分の行動が旦那様を追い詰めているとは、微塵も気づいていなかった。


 ◇◇◇

 時計の針が、チクタクと音を立てている。
 執務室。
 オルドリンは、書類から顔を上げ、壁掛け時計を睨みつけた。

「……遅い」
「まだ予定時刻の十分前でございますよ、旦那様」

 傍らに控える執事のセバスチャンが、呆れたように告げる。

「だが、いつもならもう帰ってきている頃だ。……馬車の車輪が外れたんじゃないか? あるいは、あまりの愛らしさに男爵夫人に誘拐されたとか」
「想像力が逞しすぎます。ルシアン様は社交を楽しんでおられるだけですよ」
「楽しむ……?」

 オルドリンの眉間に、深い谷が刻まれた。

「私以外の人間と過ごす時間を、か?」
「お茶会ですから」
「私との時間より楽しいのか?」
「……張り合わないでください」

 セバスチャンはため息をつき、新しい紅茶を淹れた。

 ここ数日、オルドリンの機嫌は最悪だった。
 理由は明白。妻であるルシアンが忙しすぎるからだ。
 朝は手紙の返信、昼は他家の夫人とお茶会、午後は商工会とランチ。
 家に帰ってきても、「今日はこんな話をした」「明日はあそこに行く」と、報告ばかり。
 オルドリンが求めているのは「報告」ではなく、「イチャイチャ」なのだが、ルシアンは「役に立とう」と張り切っていて全く気づかない。

「……セバスチャン。私は、ルシアンの『相棒』になりたかった」
「はい」
「だが、これでは私はまた『待つだけの夫』で、彼が『仕事人間の妻』ではないのか」
「……否定はできませんな」

 オルドリンはガックリと項垂れた。
 寂しい。
 死ぬほど寂しい。
 ルシアンが楽しそうに笑っているのは嬉しいが、その笑顔が自分に向けられたものではないと思うと、胸の奥がどす黒い嫉妬で塗りつぶされそうになる。
 以前は我慢もできたが、一緒にいることに慣れすぎた今はもうダメだった。

「……もう限界だ。迎えに行く」
「お止めください。あと五分で到着します」
「五分も待てない!」

 オルドリンが立ち上がろうとした時、窓の外から馬車の音が聞こえた。
 彼は弾かれたように窓辺に駆け寄り、カーテンの隙間から外を覗いた。
 ルシアンが降りてくる。
 元気そうだ。怪我もない。

「……帰ってきた!」

 オルドリンは安堵の息を吐き、それから慌てて鏡の前に立った。
 髪を整え、ネクタイを締め直す。

「どうだ、セバスチャン。やつれて見えないか?」
「いつも通りの美丈夫でございますよ。……さあ、お出迎えになられては?」
「うむ。……行ってくる」

 オルドリンは風のような速さで廊下へ飛び出していった。


 ◇◇◇

 そして週末の朝。
 事件は起きた。

「ルシアン。今日は天気もいい。……久しぶりに、遠くの遺跡へ行かないか?」

 朝食の席で、オルドリンが期待に満ちた目で誘ってきた。
 週末冒険デート。俺たちの大切な日課だ。
 だが、俺の手元には一枚の招待状があった。

「あー……ごめん、オルドリン。今日はダメなんだ」
「……なぜだ?」
「子爵家で『詩の朗読会』があるんだよ。どうしても来てくれって頼まれちゃってさ。断りきれなくて」

 俺は申し訳なさに眉を下げながら言った。
 正直、詩なんて興味ない。寝てしまう自信がある。
 でも、その子爵はクライス家と取引のある重要人物だ。顔を立てておく必要があるだろう。

「……そうか」

 カチャン、とフォークを置く音が響いた。
 オルドリンが俯いている。
 前髪で表情が見えないが、明らかにオーラが暗い。どんよりとした黒い靄が見えるようだ。

「悪い! 次の休みは絶対空けるから! 今日だけ我慢してくれ!」
「……行ってくればいい」
「え?」
「君は忙しい身だ。私の相手などしていられないだろう」

 拗ねた。
 完全に拗ねた。
 彼は席を立つと、俺の方を見ずに言った。

「私は部屋に篭る。……夕食もいらない」
「ちょ、待てって!」

 俺は慌てて追いかけたが、彼は執務室に入り、鍵をかけてしまった。
 引きこもりモード突入だ。
 これはまずい。
 俺は朗読会どころじゃなくなった。

「セバスチャン! キャンセルだ! 子爵には仮病でも何でもいいから断りの連絡を入れてくれ!」
「畏まりました。私にお任せください」

 俺は扉の前で深呼吸をし、ドンドンとノックをした。

「オルドリン! 開けてくれ!」
「……忙しい」
「嘘つけ! 拗ねてるだけだろ!」

 返事がない。
 俺はため息をつき、最終手段に出た。

「開けないなら、鍵を壊して入るぞ! ……風よ(ウィンド)!」
「待て! 私の部屋を壊すな!」

 ガチャリと鍵が開いた。
 中に入ると、オルドリンはデスクに突っ伏していた。
 最強の魔法使いの威厳はどこへやら。ただの寂しがり屋の塊がそこにいた。

「……朗読会は?」
「やめた。今のアンタを置いて行けるかよ」

 俺が近づくと、彼は顔を上げ、潤んだ瞳で俺を睨んだ(威力ゼロ)。

「……君は、最近おかしい」
「何がだよ」
「私より、他の人間を優先する。……お茶会だの、ランチだの、朗読会だの。君は私の妻だろう? なぜ私との時間を削ってまで、あんな有象無象の相手をするんだ」

 彼は切切と訴えた。

「私は、君といる時間が全てだ。週末の冒険を糧に、一週間働いているんだ。……君が帰ってくるのを、時計を見ながら待っている私の気持ちが分かるか?」

 その言葉に、俺はハッとした。
 俺は「オルドリンの役に立ちたい」一心で動いていた。
 でも、それが彼にとっては「自分がないがしろにされている」と感じる原因になっていたのだ。
 本末転倒だ。俺は何のために頑張ってたんだ。

「……ごめん。俺、勘違いしてた」

 俺は彼の隣にしゃがみ込み、その大きな手を握った。

「俺、アンタの役に立ちたかったんだよ。アンタは人付き合い嫌いだし、俺が代わりに外交すれば、少しは負担が減るかなって」
「……」
「俺には魔法も権力もないからさ。せめて『良きパートナー』として、できる役割を全うしたくて必死だったんだ」

 俺がしょぼんとしながら言うと、オルドリンは目を見開いた。
 そして、深いため息をつくと、俺を抱き寄せて膝の上に乗せた。

「……バカだな、君は」
「うっさい。へっぽこなのは自覚してるよ」
「そうじゃない。……私は、そんなものを君に求めていない」

 彼は俺の背中に顔を埋め、子供のように擦り寄ってきた。

「人脈などいらない。評判などどうでもいい。……私が欲しいのは、君との時間だけだ」
「オルドリン……」
「君が誰かに愛想を振りまいている間、私がどれほど寂しいか……。これなら、引きこもりでいてくれた方がずっといい」

 極論すぎる。
 でも、その重すぎる愛が、今は愛おしかった。
 俺が頑張れば頑張るほど、彼を孤独にさせていたなんて。

「……悪かったよ。張り切りすぎた」

 俺は彼の頭を撫でた。サラサラの黒髪が指に絡む。

「俺もさ、アンタの隣に立つのに相応しい男になりたくて、焦ってたのかも」
「君はそのままで相応しい。……いや、私には勿体ないくらいだ」

 彼は顔を上げ、俺を見つめた。

「もう頑張りすぎないでくれ。……君が誰かのために笑うのは、私だけにしてくれ」
「独占欲つえーな」
「当然だ。君は私の『特別』なのだから」

 彼は以前、俺が言った言葉を返してきた。
 俺は苦笑して、彼の首に腕を回した。

「分かったよ。ほどほどにする。……週末は、アンタのために絶対空けるよ」
「約束だ」
「おう。約束する。……じゃあ、今日はこのままどこにも出かけないで、家でダラダラ過ごすか?」

 俺がそう言うと、オルドリンの瞳がキラリと光った。

「……朗読会に行かなくて、本当によかった」
「え?」
「君のその可愛い口を、詩の朗読ではなく、私の名前を呼ぶために使わせてもらう」

 彼は妖艶に笑い、俺を抱き上げた。

「ちょ、待って! 朝だぞ!?」
「関係ない。……一週間分の寂しさを、埋めさせてもらう」

 執務室のソファに押し倒される。
 抵抗する気も起きなかった。
 まあ、これだけ寂しがらせたんだ。埋め合わせくらいしないとな。

 俺は観念して目を閉じた。
 役に立とうとして空回りする俺と、それを寂しがる旦那様。
 相変わらずのへっぽこ夫婦だけど、この温度感が一番俺たちらしいのかもしれない。

 結局その日は、一歩も部屋から出ることなく、甘くて重い「仲直り」の時間を過ごすことになったのだった。
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