14 / 57
第2章 俺たちは『伯爵と夫人』じゃなくて、『相棒』になりたい
第14話:やきもちと、男のプライド
しおりを挟む「……ふぅ。これで5通目か」
クライス伯爵家のサンルーム。
俺、ルシアンは、山積みの手紙を前にペンを走らせていた。
書き慣れない貴族言葉と格闘し、指にはインクが滲んでいる。
先日の「夜会」での一件以来、屋敷の状況は一変していた。
あの公開ノロケ(餌付け)が功を奏したのか、あるいは面白がられたのか、俺宛のお茶会やランチの招待状が急増したのだ。
(あいつ、予想以上に人付き合い悪かったからな……。俺が代わりに人脈広げて、少しでも領地経営の役に立てれば……)
オルドリンは優秀だが、他貴族との交流を極端に嫌う。
俺には剣も魔法の才能もないが、「愛想」と「飲みニケーション(お茶だけど)」ならできるかもしれない。
いわゆる「内助の功」ってやつを目指してみようと思ったわけだ。
「よし、次は……男爵夫人とのお茶会か。情報収集(ゴシップ)に行ってくるか!」
俺は気合を入れて立ち上がった。自分にもできることが見つかった嬉しさに、ただ張り切っていたのだ。
この時の俺は、自分の行動が旦那様を追い詰めているとは、微塵も気づいていなかった。
◇◇◇
時計の針が、チクタクと音を立てている。
執務室。
オルドリンは、書類から顔を上げ、壁掛け時計を睨みつけた。
「……遅い」
「まだ予定時刻の十分前でございますよ、旦那様」
傍らに控える執事のセバスチャンが、呆れたように告げる。
「だが、いつもならもう帰ってきている頃だ。……馬車の車輪が外れたんじゃないか? あるいは、あまりの愛らしさに男爵夫人に誘拐されたとか」
「想像力が逞しすぎます。ルシアン様は社交を楽しんでおられるだけですよ」
「楽しむ……?」
オルドリンの眉間に、深い谷が刻まれた。
「私以外の人間と過ごす時間を、か?」
「お茶会ですから」
「私との時間より楽しいのか?」
「……張り合わないでください」
セバスチャンはため息をつき、新しい紅茶を淹れた。
ここ数日、オルドリンの機嫌は最悪だった。
理由は明白。妻であるルシアンが忙しすぎるからだ。
朝は手紙の返信、昼は他家の夫人とお茶会、午後は商工会とランチ。
家に帰ってきても、「今日はこんな話をした」「明日はあそこに行く」と、報告ばかり。
オルドリンが求めているのは「報告」ではなく、「イチャイチャ」なのだが、ルシアンは「役に立とう」と張り切っていて全く気づかない。
「……セバスチャン。私は、ルシアンの『相棒』になりたかった」
「はい」
「だが、これでは私はまた『待つだけの夫』で、彼が『仕事人間の妻』ではないのか」
「……否定はできませんな」
オルドリンはガックリと項垂れた。
寂しい。
死ぬほど寂しい。
ルシアンが楽しそうに笑っているのは嬉しいが、その笑顔が自分に向けられたものではないと思うと、胸の奥がどす黒い嫉妬で塗りつぶされそうになる。
以前は我慢もできたが、一緒にいることに慣れすぎた今はもうダメだった。
「……もう限界だ。迎えに行く」
「お止めください。あと五分で到着します」
「五分も待てない!」
オルドリンが立ち上がろうとした時、窓の外から馬車の音が聞こえた。
彼は弾かれたように窓辺に駆け寄り、カーテンの隙間から外を覗いた。
ルシアンが降りてくる。
元気そうだ。怪我もない。
「……帰ってきた!」
オルドリンは安堵の息を吐き、それから慌てて鏡の前に立った。
髪を整え、ネクタイを締め直す。
「どうだ、セバスチャン。やつれて見えないか?」
「いつも通りの美丈夫でございますよ。……さあ、お出迎えになられては?」
「うむ。……行ってくる」
オルドリンは風のような速さで廊下へ飛び出していった。
◇◇◇
そして週末の朝。
事件は起きた。
「ルシアン。今日は天気もいい。……久しぶりに、遠くの遺跡へ行かないか?」
朝食の席で、オルドリンが期待に満ちた目で誘ってきた。
週末冒険デート。俺たちの大切な日課だ。
だが、俺の手元には一枚の招待状があった。
「あー……ごめん、オルドリン。今日はダメなんだ」
「……なぜだ?」
「子爵家で『詩の朗読会』があるんだよ。どうしても来てくれって頼まれちゃってさ。断りきれなくて」
俺は申し訳なさに眉を下げながら言った。
正直、詩なんて興味ない。寝てしまう自信がある。
でも、その子爵はクライス家と取引のある重要人物だ。顔を立てておく必要があるだろう。
「……そうか」
カチャン、とフォークを置く音が響いた。
オルドリンが俯いている。
前髪で表情が見えないが、明らかにオーラが暗い。どんよりとした黒い靄が見えるようだ。
「悪い! 次の休みは絶対空けるから! 今日だけ我慢してくれ!」
「……行ってくればいい」
「え?」
「君は忙しい身だ。私の相手などしていられないだろう」
拗ねた。
完全に拗ねた。
彼は席を立つと、俺の方を見ずに言った。
「私は部屋に篭る。……夕食もいらない」
「ちょ、待てって!」
俺は慌てて追いかけたが、彼は執務室に入り、鍵をかけてしまった。
引きこもりモード突入だ。
これはまずい。
俺は朗読会どころじゃなくなった。
「セバスチャン! キャンセルだ! 子爵には仮病でも何でもいいから断りの連絡を入れてくれ!」
「畏まりました。私にお任せください」
俺は扉の前で深呼吸をし、ドンドンとノックをした。
「オルドリン! 開けてくれ!」
「……忙しい」
「嘘つけ! 拗ねてるだけだろ!」
返事がない。
俺はため息をつき、最終手段に出た。
「開けないなら、鍵を壊して入るぞ! ……風よ(ウィンド)!」
「待て! 私の部屋を壊すな!」
ガチャリと鍵が開いた。
中に入ると、オルドリンはデスクに突っ伏していた。
最強の魔法使いの威厳はどこへやら。ただの寂しがり屋の塊がそこにいた。
「……朗読会は?」
「やめた。今のアンタを置いて行けるかよ」
俺が近づくと、彼は顔を上げ、潤んだ瞳で俺を睨んだ(威力ゼロ)。
「……君は、最近おかしい」
「何がだよ」
「私より、他の人間を優先する。……お茶会だの、ランチだの、朗読会だの。君は私の妻だろう? なぜ私との時間を削ってまで、あんな有象無象の相手をするんだ」
彼は切切と訴えた。
「私は、君といる時間が全てだ。週末の冒険を糧に、一週間働いているんだ。……君が帰ってくるのを、時計を見ながら待っている私の気持ちが分かるか?」
その言葉に、俺はハッとした。
俺は「オルドリンの役に立ちたい」一心で動いていた。
でも、それが彼にとっては「自分がないがしろにされている」と感じる原因になっていたのだ。
本末転倒だ。俺は何のために頑張ってたんだ。
「……ごめん。俺、勘違いしてた」
俺は彼の隣にしゃがみ込み、その大きな手を握った。
「俺、アンタの役に立ちたかったんだよ。アンタは人付き合い嫌いだし、俺が代わりに外交すれば、少しは負担が減るかなって」
「……」
「俺には魔法も権力もないからさ。せめて『良きパートナー』として、できる役割を全うしたくて必死だったんだ」
俺がしょぼんとしながら言うと、オルドリンは目を見開いた。
そして、深いため息をつくと、俺を抱き寄せて膝の上に乗せた。
「……バカだな、君は」
「うっさい。へっぽこなのは自覚してるよ」
「そうじゃない。……私は、そんなものを君に求めていない」
彼は俺の背中に顔を埋め、子供のように擦り寄ってきた。
「人脈などいらない。評判などどうでもいい。……私が欲しいのは、君との時間だけだ」
「オルドリン……」
「君が誰かに愛想を振りまいている間、私がどれほど寂しいか……。これなら、引きこもりでいてくれた方がずっといい」
極論すぎる。
でも、その重すぎる愛が、今は愛おしかった。
俺が頑張れば頑張るほど、彼を孤独にさせていたなんて。
「……悪かったよ。張り切りすぎた」
俺は彼の頭を撫でた。サラサラの黒髪が指に絡む。
「俺もさ、アンタの隣に立つのに相応しい男になりたくて、焦ってたのかも」
「君はそのままで相応しい。……いや、私には勿体ないくらいだ」
彼は顔を上げ、俺を見つめた。
「もう頑張りすぎないでくれ。……君が誰かのために笑うのは、私だけにしてくれ」
「独占欲つえーな」
「当然だ。君は私の『特別』なのだから」
彼は以前、俺が言った言葉を返してきた。
俺は苦笑して、彼の首に腕を回した。
「分かったよ。ほどほどにする。……週末は、アンタのために絶対空けるよ」
「約束だ」
「おう。約束する。……じゃあ、今日はこのままどこにも出かけないで、家でダラダラ過ごすか?」
俺がそう言うと、オルドリンの瞳がキラリと光った。
「……朗読会に行かなくて、本当によかった」
「え?」
「君のその可愛い口を、詩の朗読ではなく、私の名前を呼ぶために使わせてもらう」
彼は妖艶に笑い、俺を抱き上げた。
「ちょ、待って! 朝だぞ!?」
「関係ない。……一週間分の寂しさを、埋めさせてもらう」
執務室のソファに押し倒される。
抵抗する気も起きなかった。
まあ、これだけ寂しがらせたんだ。埋め合わせくらいしないとな。
俺は観念して目を閉じた。
役に立とうとして空回りする俺と、それを寂しがる旦那様。
相変わらずのへっぽこ夫婦だけど、この温度感が一番俺たちらしいのかもしれない。
結局その日は、一歩も部屋から出ることなく、甘くて重い「仲直り」の時間を過ごすことになったのだった。
932
あなたにおすすめの小説
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー
AI比較企画作品
婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。
フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」
可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。
だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。
◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。
◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。
悪役の僕 何故か愛される
いもち
BL
BLゲーム『恋と魔法と君と』に登場する悪役 セイン・ゴースティ
王子の魔力暴走によって火傷を負った直後に自身が悪役であったことを思い出す。
悪役にならないよう、攻略対象の王子や義弟に近寄らないようにしていたが、逆に構われてしまう。
そしてついにゲーム本編に突入してしまうが、主人公や他の攻略対象の様子もおかしくて…
ファンタジーラブコメBL
不定期更新
英雄の溺愛と執着
AzureHaru
BL
転生した世界は前世でどハマりしたBLゲーム。最推しは攻略対象!ではなく、攻略対象達の剣術の師匠である、英雄の将軍閣下。メチャクチャイケオジでドストライクだった主人公はこのイケオジみたさにゲームをやっていた。その為に、ゲームの内容など微塵も覚えていなかった。
転生したからには将軍閣下を生でみないとというファン根性で付きまとう。
付き纏われていることに気づいていた将軍だか、自分に向けられる視線が他とは違う純粋な好意しかなかったため、戸惑いながらも心地よく感じていた。
あの時までは‥。
主人公は気づいていなかったが、自分達にかけらも興味を持たないことに攻略対象者達は興味をそそられ、次第に執着していく。そのことにいち早く気づいたのは剣術指南役の将軍のみ。将軍はその光景をみて、自分の中に徐々に独占欲が芽生えていくのを感じた。
そして戸惑う、自分と主人公は親子ほどに歳が離れているのにこの感情はなんなのだと。
そして、将軍が自分の気持ちを認めた時、壮絶な溺愛、執着がはじまる。
【本編完結】落ちた先の異世界で番と言われてもわかりません
ミミナガ
BL
この世界では落ち人(おちびと)と呼ばれる異世界人がたまに現れるが、特に珍しくもない存在だった。
14歳のイオは家族が留守中に高熱を出してそのまま永眠し、気が付くとこの世界に転生していた。そして冒険者ギルドのギルドマスターに拾われ生活する術を教わった。
それから5年、Cランク冒険者として採取を専門に細々と生計を立てていた。
ある日Sランク冒険者のオオカミ獣人と出会い、猛アピールをされる。その上自分のことを「番」だと言うのだが、人族であるイオには番の感覚がわからないので戸惑うばかり。
使命も役割もチートもない異世界転生で健気に生きていく自己肯定感低めの真面目な青年と、甘やかしてくれるハイスペック年上オオカミ獣人の話です。
ベッタベタの王道異世界転生BLを目指しました。
本編完結。番外編は不定期更新です。R-15は保険。
コメント欄に関しまして、ネタバレ配慮は特にしていませんのでネタバレ厳禁の方はご注意下さい。
BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました
厘
BL
ナルン王国の下町に暮らす ルカ。
この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。
ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。
国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。
☆英雄騎士 現在28歳
ルカ 現在18歳
☆第11回BL小説大賞 21位
皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる