「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g

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第2章 俺たちは『伯爵と夫人』じゃなくて、『相棒』になりたい

第15話:強くなりたい理由


「……よし、今だ! ウィンドカッター!」

 ヒュンッ!

 俺、ルシアンが放った風の刃が、宙を舞う木の葉を切り裂いた。
 ……一枚だけ。

「……やっぱり、威力が足りないなぁ」

 早朝の裏庭。
 俺は練習用の木の枝を下ろし、がっくりと肩を落とした。
 額の汗を拭う。
 時刻はまだ夜明け前。屋敷の使用人たちも動き出していない静寂の時間だ。

 先日の「外交失敗」を経て、俺は「社交界よりも、二人で過ごす時間を大切にする」と決めた。
 そして、彼が一番楽しみにしている「週末の冒険」で、もっと頼れる存在になりたいと思っているのだが――。

 そこで、新たな壁にぶち当たった。

(連携は上手くいってる。……でも、俺の攻撃が軽すぎるんだよな)

 思い出されるのは、昨日のクエストだ。
 相手は硬い甲羅を持つ「ロックタートル」。
 オルドリンが氷魔法で相手の足を止め、ひっくり返して弱点を晒させる。そこへ俺が風魔法でトドメを刺す――という作戦だった。
 連携自体は完璧だった。
 でも、俺のウィンドカッターは亀の腹に浅い傷をつけただけで、結局最後はオルドリンが氷槍で貫いて倒したのだ。

『すまないルシアン、タイミングが早かったか?』
『いや、アンタは完璧だったよ。……俺の刃が通らなかっただけだ』

 あの時の悔しさ。
 彼は「相棒」だと言ってくれるし、サポート役としては機能しているかもしれない。
 でも、彼が作ってくれた決定機(チャンス)をモノにできない自分が、どうにも不甲斐なかった。

「せめて、チャンスボールくらいは確実に決められるようにならないとな……」

 俺は再び枝を構えた。
 オルドリンには内緒だ。
 彼に言えば「私が威力を調整して、もっと柔らかい敵を用意しよう」とか過保護なことを言い出しそうだからだ。
 俺は、俺自身の力で強くなりたいんだ。

「もう一回だ。……イメージしろ、鋭く、重い風を!」

 俺が集中しようとした、その時だった。

「……ルシアン?」

 背後から、寝ぼけたような、それでいて少し不満げな声が聞こえた。
 ギクリとして振り返る。
 そこには、ナイトガウンを羽織り、髪をボサボサにしたオルドリンが立っていた。
 眠そうだ。目をこすりながら、裸足で芝生を踏んでいる。

「うわっ、オルドリン!? 起きたのか?」
「……君がいないからだ」

 彼はふらふらと歩み寄り、俺の背中に覆いかぶさってきた。
 重い。大型犬が乗ってきたみたいだ。

「なぜ抜け出したんだ。……まだ寝ていようと言ったのに」
「いや、もう朝だし……」
「私の体感ではまだ夜だ。……君が隣にいないと、寒くて目が覚める」

 甘えん坊モード全開だ。
 俺の首筋に顔を埋め、スーハースーハーと深呼吸をしている。

「……で? こんなところで何をしているんだ」
「あー、えっと……」

 俺は手にした木の枝を隠そうとしたが、遅かった。
 オルドリンは半眼を開け、俺の手元と、切り裂かれた落ち葉を交互に見た。

「……魔法の練習か?」
「……バレたか」

 俺は観念してため息をついた。
 彼は少しだけ目を覚ましたようで、体を起こして俺の顔を覗き込んだ。

「なぜ隠れてやる? いつもなら、休日に一緒にやっているだろう」
「そうなんだけどさ。……ちょっと、自分の限界を試したくて」

 俺は視線を逸らした。

「昨日の亀、倒せなかったのが悔しくてさ。アンタが完璧なお膳立てをしてくれたのに、俺の火力が足りなくて……。だから、こっそり特訓して驚かせようと思ったんだよ」

 俺が本音を漏らすと、オルドリンはきょとんとして、それからくすりと笑った。

「君は……本当に、格好いいな」
「皮肉か?」
「いや、褒めている。……私に頼りきりになるのではなく、私の隣に並ぼうとしてくれている。その向上心が、たまらなく好きだ」

 彼は俺の頬にキスをした。

「だが、独学は効率が悪い。変な癖がつくと、せっかくの連携(コンビネーション)が崩れるぞ」
「うっ……それは困る」
「どうだ? 私が教えようか」
「え、でも……いいのか? 眠いだろ?」

 俺が聞くと、彼はニヤリと悪戯っぽく笑った。

「大丈夫だ。世界最高の魔法使いが、マンツーマンで指導しよう。……君の風は、もっと鋭くなる」
「ははっ、頼もしいな! お願いします、オルドリン先生!」

 俺は無邪気に喜んだ。
 まさか、その「指導」がとんでもなく不純な動機に基づいているとは知らずに。


 ◇◇◇

「――違う。もっと力を抜いて」

 数分後。
 俺は、事態を激しく後悔していた。

「あのさ、オルドリン。……近くない?」
「近くないと教えられない」

 現在の状況。
 俺の後ろにオルドリンが密着し、俺の手を包み込むように握っている。いわゆるバックハグ状態だ。
 俺の背中には彼の胸板がぴったりと当たり、耳元には彼の吐息がかかる。

「これ、魔法の練習だよな? 社交ダンスじゃないよな?」
「魔法だ。……魔力の共鳴(レゾナンス)には、皮膚の接触面積が広いほど効率が良いんだ」
「絶対嘘だろそれ!」
「本当だ。……ほら、集中して」

 彼が俺の耳元で囁く。
 低音ボイスが鼓膜を震わせ、背筋がゾクゾクする。
 集中? 無理だろこんなの!

「君の中にある風の魔力をイメージして。……それを、私の魔力がガイドする」

 彼の手のひらから、温かくて強大な力が流れ込んでくるのを感じた。
 悔しいけれど、彼の言っていることは(技術的には)正しいらしい。
 彼のエスコートによって、俺の中で散漫だった魔力が、一本の鋭い矢のように凝縮されていくのが分かる。

「いまだ。放て」
「う、うん……ウィンドカッター!」

 俺が枝を振ると同時に、鋭い風の刃が飛び出した。

 ヒュパァァン!!

 風の刃は一直線に飛び、的の代わりにしていた太い薪を、音もなく真っ二つに両断した。

「うおっ、すげぇ!」

 俺は目を見開いた。
 今までとは切れ味が段違いだ。これなら、あの亀の甲羅だって切り裂けるかもしれない。

「できたな。筋がいいぞ、ルシアン」
「マジかよ……。アンタとくっつくと、こんなに変わるのか?」
「ああ。私たちの相性が抜群だからな」

 オルドリンは俺の肩に顎を乗せ、満足げに微笑んだ。

「これなら、次の冒険では私が足止めをして、君がトドメを刺せるだろう。……ただし」
「ただし?」
「この『密着指導』を、毎朝続けることが条件だがな」

 彼は俺の腰をギュッと抱きしめ、首筋に吸い付くようなキスをした。

「……っ!?」
「魔力のパスを繋ぐためだ。……深い意味はない」
「あるだろ! 絶対楽しんでるだろ!」

 俺が抗議すると、彼は喉を鳴らして笑った。

「当たり前だ。……君が強くなるのは嬉しいが、君が私なしでも戦えるようになるのは、寂しいからな」
「なんだそれ」
「だから、こうして体に教え込ませてもらう。……君の力は、私と共にあって初めて完成するのだと」

 独占欲たっぷりの理屈だ。
 でも、この体勢が嫌かと言われれば、そうでもない。
 彼の体温は心地いいし、一緒に強くなっているという実感がある。

「……分かったよ」
「素直でよろしい」

 彼は嬉しそうに俺の髪を撫でた。

「でも、スパルタで頼むぞ? 俺、今度こそアンタの役に立ちたいんだ」
「焦る必要はない。二人で強くなればいい」

 オルドリンは俺の手を取り、指先に口づけた。

「君の風が私の氷を運び、私の氷が君の風を鋭くする。……それが私たちの戦い方だ」
「……へへ。なんか、いいなそれ」

 その言葉に、俺は胸が熱くなった。
 個人の強さじゃ敵わなくても、二人なら最強になれる。
 それが、俺たちの目指す「相棒」の形なのかもしれない。

「よし、もう一本いくぞ! 次はもっと上手くやる!」
「ああ。付き合おう、私の相棒」

 朝日が昇り始め、屋敷の庭を照らし出す。
 使用人たちが起き出してくる気配がするが、俺たちは構わず特訓(という名のイチャイチャ)を続けた。

 俺が最強の魔法使いの隣に並び立つ日は、案外近いかもしれない。
 まあ、そのためにはこの甘すぎる指導に耐え、理性を保つ修行も必要そうだけどな。

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