「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g

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第2章 俺たちは『伯爵と夫人』じゃなくて、『相棒』になりたい

第16話:初めての野営(キャンプ)

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「うわぁ……! すげぇ!」

 目の前に広がる絶景に、俺は思わず声を上げた。
 鏡のように静まり返った湖面。
 その向こうに聳える雄大な山々。
 そして、空が茜色から群青色へとグラデーションを描き始めている夕暮れの空。

 ここは王都から馬車で半日かけた場所にある、ミラル湖だ。
 今回のクエストは、この湖の畔に生息する「水辺の薬草」の採取。日帰りでは厳しい距離のため、俺たちは初めての「お泊まり遠征」に来ていた。

「綺麗な場所だな、ルシアン」
「ああ。毎朝の特訓のご褒美には最高だよ」

 隣に立つオルドリンが、湖面を渡る風に髪をなびかせながら微笑んだ。
 今日の彼は、いつもの重厚な魔道師ローブではなく、少し動きやすい冒険者風の衣装(それでも生地は最高級だが)を着ている。
 それがまた新鮮で、俺は少しドキッとする。

「さて、日も落ちてきたことだし……そろそろ野営の準備をするか」

 俺が背負い袋を下ろすと、オルドリンが自信満々に頷いた。

「任せておけ。君に最高の夜を提供しよう」
「え?」

 嫌な予感がした。
 彼が懐から取り出したのは、虹色に輝く魔石が埋め込まれた、見たこともない魔道具だった。

「展開(オープン)」

 彼が魔力を流し込むと、魔石がカッと光り輝き、空中に複雑な魔法陣が描かれた。
 ズズズズ……と地面が揺れ、そこになんと――。

「……は?」

 二階建ての、白い洋館が現れた。
 いや、洋館というより、小さな宮殿だ。
 テラス付き。ガラス窓完備。煙突からは煙が出ている(暖炉付き?)。

「空間圧縮魔法を応用した『携帯用ヴィラ』だ。中にはジャグジーもあるし、ベッドは王室御用達のシルクを使っている。料理も自動調理機能がついているから――」
「ストーーーップ!!!」

 俺は全力で叫び、彼の手を掴んで魔力供給を遮断した。
 シュン……という音と共に、宮殿は幻のように消え去った。

「な、なぜ止めるんだルシアン。これから夕食のフルコースが……」
「バカかアンタは! 俺たちは冒険しに来たんだぞ!」
「冒険……?」
「そうだよ。魔法で快適に過ごすんじゃなくて、不便を楽しむのも冒険の一部なんだよ!」

 俺は力説した。
 せっかく特訓して、少しずつ「冒険者」らしくなってきたのだ。
 ここで王都の屋敷と変わらない環境で過ごしたら、ただの旅行になってしまう。
 俺がやりたいのは「グランピング」じゃない。「ガチキャンプ」なんだ!

「不便を、楽しむ……?」
「そう。火を起こして、肉焼いて、コーヒー淹れて。……そういうのがいいんじゃんか」

 俺が訴えると、オルドリンはきょとんとして、それから困ったように眉を下げた。

「……すまない。私は君に、少しでも快適に過ごしてほしくて」
「気持ちは嬉しいけどさ。……昨日はアンタが魔法の先生だったけど、今日は俺がキャンプの先生になってやるよ」

 俺はニッと笑い、背負い袋から使い古したテントと、薪の束を取り出した。

「俺流に付き合ってくれよ。絶対楽しいから」
「……分かった。君がそう言うなら」

 彼は少し興味深そうに頷いた。


 ◇◇◇

「いいかオルドリン、まずは火起こしだ」
「ファイアボールでいいか?」
「ダメ! それじゃ木っ端微塵になるだろ。……こうやって、小さな火種を作って、空気を送り込んで……」

 俺たちは湖畔の開けた場所に陣取った。
 俺が教える通りに、オルドリンがぎこちない手つきで薪を組む。
 魔法なら指パッチンで終わる作業を、あえて手で行う。
 昨日の特訓では俺が教わる側だったが、今は俺がリードする番だ。

「……ついた!」
「おお、上手いじゃん!」

 パチパチと薪が燃え上がり、オレンジ色の炎が揺らめく。
 オルドリンは、煤で少し汚れた指先を見つめ、子供のように目を輝かせた。

「魔法の火とは違うな。……温かみが、じんわりと伝わってくる」
「だろ? 自分の手で作った火は特別なんだよ」

 次は食事だ。
 俺は鉄串に肉と野菜を刺し、塩胡椒を振って火にかざした。
 脂が滴り、ジュウと音を立てて香ばしい匂いが立ち込める。

「はい、焼けたよ」
「……これを、このまま齧るのか?」
「そう。豪快にな」

 俺が手本を見せると、彼もおずおずと串焼きを口にした。
 パリッとした皮、溢れる肉汁。

「……美味い」
「だろ?」
「屋敷の料理より雑味があるはずなのに……なぜか、格別に美味い」
「外で食う飯は三割増しなんだよ」

 俺たちは並んで座り、ハフハフと言いながら肉を貪った。
 高級ワインの代わりに、鉄のカップに入れた安いエールで乾杯する。
 パチパチと爆ぜる薪の音。
 湖から吹く風の音。
 そして、隣にいる愛しい人の体温。

「……なあ、ルシアン」
「ん?」
「楽しいな。……こういうのも」

 オルドリンが、炎に照らされた横顔で微笑んだ。
 その顔には、いつもの貴族としての鎧はなく、ただ一人の男としての安らぎがあった。

「私が知らなかった世界を、君はたくさん教えてくれる」
「お互い様だよ。俺だって、魔法の面白さはアンタに教えてもらったし」
「ふふ、そうだな。……君のおかげで、私の世界は色鮮やかになった」

 彼は俺の肩に頭を乗せた。
 甘えるような仕草。
 俺も彼の頭に自分の頭を乗せ、夜空を見上げた。


 ◇◇◇

 食後。
 俺たちは焚き火を囲んで、淹れたてのコーヒーを飲んでいた。
 頭上には、こぼれ落ちそうなほどの満天の星空が広がっている。
 天の川がはっきりと見え、時折流れ星が尾を引いていく。

「すげぇ……」
「ああ。……美しいな」

 言葉はいらなかった。
 ただ、この静寂と、星の光を共有しているだけで十分だった。

 オルドリンが、俺の手を握った。
 俺も握り返す。
 指と指を絡ませ、暖かさを確かめ合う。

「……なあ、オルドリン」
「なんだ」
「俺さ、じいちゃんになっても、こうやってアンタと冒険したいな」

 ふと、口をついて出た言葉だった。
 未来の話。
 ずっと先の話。

「腰が曲がっても、杖ついてもさ。……『今日の焚き火はいい色だ』とか言って、二人で茶を啜るの。……どう?」

 俺が聞くと、オルドリンは少し驚いたように瞬きをして、それから優しく目を細めた。

「……最高だな」
「だろ?」
「もし君が歩けなくなったら、私が背負って歩こう。魔法で浮かせてもいいが……やはり、背中の温もりを感じたいからな」
「ははっ、そこは魔法使えよ。重いぞ?」
「君一人の重さくらい、何でもない。……私の人生の全てを懸けて、君を支え続けると誓う」

 彼は真剣な眼差しで言った。
 プロポーズみたいだ。
 いや、俺たちもう結婚してるけど。
 何度目かのプロポーズをされた気分で、俺は胸が熱くなった。

「……俺もだよ」

 俺は彼の方を向き、もう片方の手で彼の頬に触れた。

「アンタがボケて魔法の使い方を忘れても、俺が手を引いてやるよ。……『こっちは危ないぞ』って」
「ふふ、それは頼もしいな」
「だからさ……長生きしろよ、旦那様」

 俺が言うと、彼は俺の手のひらに頬を寄せ、目を閉じた。

「ああ。……君を置いて死ねないからな。しぶとく生きるさ」

 その言葉が、俺たちの「契約」だった。
 政略結婚の契約書なんかより、ずっと重くて、ずっと確かな約束。

 俺たちは静かにキスをした。
 星空の下、焚き火の暖かさに包まれて。
 深く、長く、互いの存在を刻み込むようなキス。
 冷たい夜風さえも、二人の熱を冷ますことはできなかった。


 ◇◇◇

「……さて、そろそろ寝るか」
「そうだな。夜風が冷えてきた」

 火の始末をして、俺たちはテントに向かった。
 俺が持ってきたのは、ソロ用の小さなテントだ。
 男二人が寝るには、正直かなり狭い。

「……ルシアン。これ、入れるのか?」
「入れる入れる。くっつけばなんとかなるって」
「くっつく……(ゴクリ)」

 オルドリンが喉を鳴らしたのが聞こえた。
 また変なスイッチが入ったな。
 まあいい。寒いし、湯たんぽ代わりにはちょうどいいだろう。

 テントの中に入り、毛布にくるまる。
 狭い。
 肩と肩がぶつかり、足が絡まる。
 でも、それが嫌じゃなかった。

「……狭いな」
「文句言うなよ。たまにはこういうのも楽しいだろ?」
「ああ。……こちらの方が、君を近くに感じられる」

 オルドリンは俺を背後から抱きしめ、首筋に鼻を埋めた。
 彼の鼓動が背中越しに伝わってくる。
 トクトクと、俺と同じリズムを刻んでいる。

「ルシアン」
「ん?」
「愛している」
「……知ってる」

 俺は彼の腕に自分の手を重ねた。

「俺も愛してるよ。……おやすみ、オルドリン」
「おやすみ、私の愛しい相棒」

 俺たちは密着したまま、眠りについた。
 不便で、狭くて、地面が少し硬い。
 でも、ここが世界で一番安心できる場所だ。

 テントの外では、虫たちが歌い、星々が見守っている。
 俺たちの旅はまだ始まったばかりだ。
 明日起きたら、また新しい景色を見に行こう。
 この最強で最愛のパートナーと一緒に。


 ◇◇◇

 翌朝。
 小鳥のさえずりと共に目を覚ますと、俺はガッチリとオルドリンにホールドされていた。
 動けない。
 金縛りかと思うほどの拘束力だ。

「……んぅ……ルシアン……」
「お、おはよう」
「……まだ、寝ていよう。くっついていたい、あと五時間くらい」
「寝すぎだ! 帰るぞ!」

 俺は苦笑しながら、彼を揺り起こした。
 幸せな朝だ。
 昨日の残り火でスープを温め、パンと一緒に食べる。
 ただそれだけのことが、こんなにも楽しい。

 撤収作業を終え、俺たちは帰路についた。
 行きよりも、足取りは軽い。

「次は海に行きたいな」
「海か。いいな。……水泳着を用意させよう」
「普通のやつな! 変な機能ついたやつとかナシだぞ!」
「……チッ」
「今舌打ちした!?」

 俺たちの喧嘩(じゃれ合い)は続く。
 これからも、きっと色々なことがあるだろう。
 すれ違うこともあるかもしれないし、喧嘩することもあるかもしれない。
 でも、今の俺たちなら大丈夫だ。
 だって俺たちは、最強の「夫婦」であり、最高の「相棒」なのだから。

 俺は隣を歩くオルドリンの手を、ぎゅっと握りしめた。
 彼もまた、強く握り返してくれた。
 その温もりがある限り、俺の冒険はハッピーエンドへと続いていくのだ。
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