「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g

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第3章 俺たちは『公務』じゃなくて、『新婚旅行(ハネムーン)』がしたい

第24話:白銀の誓いと、二人の宝物

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 白銀領での滞在最終日。
 空は突き抜けるような青。
 ダイヤモンドダストがキラキラと舞う中、領主の館の前には黒山の人だかりができていた。

「――領主様! ありがとうございました!」
「奥様もお元気で! また来てくださいね!」
「この冬も無事に越せそうです! クライス伯爵万歳!」

 歓声と拍手。
 集まったのは、役人たちだけでなく、街の住民たちだった。
 俺とオルドリンが馬車に乗り込もうとすると、子供たちが駆け寄ってきて、雪で作った花束(氷細工)や、手作りのクッキーを差し出してくる。

「……すごい人気だな、オルドリン」

 俺、ルシアンが感嘆の声を漏らすと、隣のオルドリンは少し気恥ずかしそうに口元を覆った。

「……以前はこんなことはなかった。私が来ると、皆、凍りついたように静まり返っていたものだが」
「それはアンタが『氷の魔王』オーラ全開だったからだろ」
「違いない」

 彼は苦笑したが、その表情はとても柔らかい。
 昨夜の雪見風呂と甘い時間で、彼の中の「氷」はすっかり溶けきっているようだ。今の彼は、ただの「幸せな愛妻家」の顔をしている。
 
「ルシアン様」

 見送りの列の先頭にいた代官が、深々と頭を下げた。

「あなた様のおかげで、閣下の氷のような心が……あ、いえ、閣下のご負担が軽減されました。この白銀領に本当の太陽が昇ったかのようです」
「言い過ぎですよ。俺はただ、ちょろちょろしてただけです」
「いいえ。どうかこれからも、閣下を支えて差し上げてください。……我々の平和のためにも」

 代官は茶目っ気たっぷりにウインクした。
 どうやら「奥様がご機嫌なら、旦那様もご機嫌(=平和)」という図式が完全にバレているらしい。

「行くぞ、ルシアン。……あまり引き止められると、帰りたくなくなる」

 オルドリンが俺の腰を抱き寄せ、エスコートした。
 俺たちは人々に手を振り、特注の馬車へと乗り込んだ。

「さようならー! お元気でー!」

 遠ざかる歓声。
 窓の外を流れる白銀の街並みを見ながら、俺は胸がいっぱいになった。
 来てよかった。
 本当に、ついてきてよかった。


 ◇◇◇

 馬車が街道に入り、周囲が静寂に包まれると、オルドリンがふぅと息をついてソファに沈み込んだ。

「……疲れた?」
「心地よい疲れだ。……仕事も片付き、ダンジョンも踏破し、君との甘い時間も堪能した。これ以上ない成果だ」

 彼は満足げに俺の手を引き、自分の隣に座らせた。

「さて。……王都に着く前に、君に渡しておきたいものがある」
「え?」

 彼が懐から取り出したのは、小さなベルベットの小箱だった。
 二つある。

「これは……」
「開けてみてくれ」

 促されて箱を開く。
 そこには、六角形にカットされた青い宝石が埋め込まれた、シルバーのペンダントが収まっていた。
 宝石の中には、まるで吹雪を閉じ込めたような光の粒子が渦巻いている。

 『氷巨人の心核(ギガント・ハート)』。
 あのダンジョンで手に入れた、俺たちの戦利品だ。

「うわぁ……! すげぇ綺麗……!」
「現地の職人に無理を言って、最優先で仕上げさせた。……約束通り、お揃いだ」

 オルドリンがもう一つの箱を開ける。
 そこには、一回り大きなデザインの、同じ石を使ったペンダントがあった。

「君の方には『絶対守護』と『体温調整』の術式を組み込んでおいた。これがあれば、極寒の地でも、灼熱の砂漠でも、君は快適に過ごせる」
「高機能すぎるだろ! アンタのは?」
「私のは『魔力増幅』と……『共鳴』だ」
「共鳴?」
「ああ。君が身につけている限り、私はいつでも君の居場所と、君のピンチを感じ取れる」

 彼は少し照れくさそうに言った。

「つまり……君とは、魂レベルで繋がっているということだ」
「……へへ。なんか、迷子防止付きの結婚指輪みたいだな」
「ロマンのない言い方をするな」

 彼は笑って、俺の首にペンダントをかけてくれた。
 ひんやりとしたチェーンの感触。
 でも、胸元の石からは、不思議な温かさが伝わってくる。

「ありがとう、オルドリン。一生大事にするよ」
「私もだ」

 俺も彼にペンダントをつけてやった。
 黒いシャツの上に、青い輝きがよく映える。

「……似合うな」
「君ほどではないがな」

 俺たちは互いの胸元を見て、ニヤニヤと笑い合った。
 最強の素材で作った、世界に一組だけのペアアクセサリー。
 これを見るたびに、あの氷の迷宮での冒険と、二人で過ごした甘い夜を思い出せるだろう。


 ◇◇◇

 馬車は南へと進む。
 窓の外は相変わらずの雪景色だが、不思議と寒さは感じなかった。

「なあ、オルドリン」
「ん?」
「俺さ、最初は『役立たずの妻』になるのが怖かったんだ」

 俺はペンダントを指先で弄りながら、ぽつりと溢した。

「アンタはすごい人で、俺はただの凡人で。……今回も、足手まといになるんじゃないかって、少し不安だった」
「ルシアン……」
「でも、行ってよかった。アンタの仕事を手伝って、一緒に戦って、美味しいご飯食べて……。なんか、やっと本当の意味で『隣にいていいんだ』って思えた気がする」

 俺が素直な気持ちを伝えると、オルドリンはカップを置き、静かに俺を見つめた。

「……私は、君がいないとダメだ」
「え?」
「君は凡人だと言うが、私にとっては君こそが光だ。……冷え切った私の世界を溶かし、熱を与えてくれた。今回の遠征で、それが確信に変わったよ」

 彼は俺の肩に頭を乗せ、寄りかかってきた。
 大型犬のような甘え方だ。

「君が隣にいれば、私は最強でいられる。……だからこれからも、私の背中を守ってくれ、相棒」
「……おう。任せとけ、旦那様」

 俺は彼の頭を撫でた。
 サラサラの黒髪が指に絡む。
 以前は恐れ多かったこの行為も、今では自然なスキンシップだ。

 心地よい沈黙。
 馬車の揺れが、ゆりかごのように眠気を誘う。
 オルドリンの呼吸が、次第に深く、規則正しくなっていく。
 寝たようだ。
 激務と、昨夜の「頑張りすぎ」で、彼も疲れていたのだろう。

「……おやすみ、オルドリン」

 俺は彼の寝顔を見つめた。
 無防備で、少し幼く見える顔。
 この顔を守れるなら、俺は何度でも冒険に出るし、何度でも強くなろうと思う。

 胸元の青い石が、心臓に合わせてトクトクと脈打っている。
 俺は寝ている相棒の頬に、こっそりとキスをした。

「……ありがとな。大好きだぜ」

 俺の呟きに答えるように、オルドリンが夢の中で小さく微笑んだ気がした。

 白銀の地での冒険を終え、俺たちを乗せた馬車は、王都への帰路を滑るように走っていく。
 窓の外の景色がどんなに変わろうとも、俺たちの間にある温もりだけは、決して変わらない。
 より深く、より強く結ばれた絆と共に、俺たちの「新婚旅行」は幕を閉じた。
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