魔性の誘惑

古郷智恵

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 半蔵が目を見開いて、口をパクパクさせながら見ていると、天狗は修行部屋の中心まで歩き、どすんとまるで我が家のように座った。そうして数分も経たぬうち、修行部屋の扉から、わらわらと様々な魔性達が入り込んできた。修行部屋はまるで絵巻物のように、魔性達でいっぱいになった。

 すべての魔性が入り終わると、魔性達は中心を空けるように輪になって座った。初めに入ってきた天狗も輪の中に座り、魔性達を見回して口を開いた。

 「これで、全員か?」

 闇に響く、低く恐ろしい声である。声に応え、天狗の横にいた鬼のような魔性はキョロキョロと魔性達を確認した。

 「ああ、間違いねぇ。ちゃんとこの辺に住む魔性達が集まってる」

 「よろしい」と天狗のような魔性は頷いた。天狗は顎に生えた白く長い髭を触りながら話を続ける。


 「皆の者、よく集まってくれた。かの仏の前であるから緊張していることだろう。しかし、今回の話合いでここ以上に最適な場所はない。なぜならば、ここに悪人は来ぬからだ。議題が議題だけに、悪人に聞かれては困るからな。それに、ここの仏は聞き耳を立てぬ。ここでの話合いは昔にもしているし、邪魔立てもされていないからな。
 ……さて、これから話合いを始めよう。議題は」

 と、天狗はぎらりとした目で魔性達を見回し、口を開く。



 「下総を荒らしまわる盗賊、
 【半蔵】の処分の裁決である」



 ――【半蔵】!?
 
 半蔵は、心臓に杭が刺されたような気がした。息が止まり、体が動かなくなった。

 ――半蔵とは、俺か? ……いや、同じ名前のやつはごまんといる。……いやいや、下総の盗賊で半蔵といえば、やはり俺しかいない。では、何故?妖が、俺に何の因縁があるのだ。それに審議とは?何か妖の逆鱗に触れるような、失態を犯してしまったか?――

 半蔵の心のうちは疑問と不安でいっぱいになった。そんな半蔵をよそに天狗は話を続ける。

 「やつの素行は、皆の知っている通りだろう」

 「ああ、もちろん知っている」百足のような魔性が肯定した。「ここらに盗賊はたくさんおるが、あそこまで悪いやつは、そうもあるめぇ。窃盗、詐欺、殺人、強盗、強姦……おおよそ罪という罪のすべて、やつは犯した」

 「しかし、それがなんだというのだ」隣の蛇のような魔性は応えた。「申し訳ないが、俺は新参者であるから半蔵なぞ知らん。が、盗賊ならば罪を犯して当然だろう。それに、俺たちは検非違使でも閻魔でもない。やつが悪いことをしてるからといって、何の問題があるのだ」
 
 「その【悪いこと】の【程度】が問題なのだ!」
 天狗はその魔性の無知をなじるように、かっと目を見開き、大きな声で応えた。
 
 「やつはここ最近に現れた盗賊の中でも、特に才のある盗賊だ。やつの悪心や欲望は計り知れん。今はまだ名が知られてきた程度だが、将来、この日の本の民皆が知る、大悪党になるに違いない」

 魔性達は天狗の言葉を聞き、ざわめきだした。

 「それはいけない! 人と魔性、そこには超えてはならない【悪】の境がある。些事なる悪は人にくれてやってもいいが、大なる悪は魔性の領分である!」

 「そうであろう、そうであろう!このままやつを放っておく事はできんのだ!」

 天狗は顔を赤くして、興奮するように叫んだ。魔性達は、ならばどうするのかという面持ちで天狗を見つめた。
 天狗は魔性達を見回す。そうして、また自身の白い髭を触りながら、静かに、言葉をたがえないように、といった様子で口を開いた。



 「そこで――――そこで、半蔵の処分を決める。やつを【殺す】か、それとも【魔性にする】か」


 
 半蔵は、頭がくらくらした。半蔵には天狗が何を言っているか分からなかった。いや、理解することから逃げていた。――殺す、殺す、……誰を? ……魔性にする? 俺を?――

 周りの魔性達は緊張した面持ちで天狗を見つめた。天狗は話を続ける。

 「【殺す】とはもはや語るまでもない、その言葉の通りだ。我ら魔性の憂いを失くす、簡単な方法だ。それより皆が気になるのは、【魔性にする】の方だろう。なんてことはない、かの京の酒呑童子様のように、盗賊から魔性へと導くのだ。人が魔性の領分に入りそうならば、人を魔性にすればよいのだ」

 「魔性にする! なるほどいい案だ! それがいい!」

 「いや、少し考えてほしい」と、あの蛇のような魔性は盛り上がる周りを諌めるように話し始めた。「あくまで、やつが大悪党になるのは将来の話だ。それも可能性の話。今のやつを魔性にしたところで木っ端な魔性にしかならないだろう。であるならば、殺した方が手間もかからないのでは?」

 周りの魔性はその言葉を聞き、確かにそうだと口々に喋り出した。天狗もまた、なるほどと、顎に手をあてて考え込んでいる。


 ……しかしまた、【魔性にする】派の意見があがった。そして【殺す】派の反対意見もあがる。交互に、ああでもないこうでもないと、魔性たちの議論は続く。


 法堅寺は魔性の声で騒がしくなり始めた……。
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