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……それから、議論は平行線のまま、魔性達はきれいに二分になっていた。
半蔵はしばらく恐怖で固まっていたが、魔性達がガヤガヤと話しているうち、この状況をどうするか考えられるほど落ち着きを取り戻してきた。
――さて、このまま隠れているべきか、それともこっそりと逃げるべきか。
魔性は朝になり僧侶が来れば、退散せざるを得ないだろう。今のところ、自分が仏像に隠れていることに気づかれていない。このまま朝まで隠れることも、もしかしたらできるかもしれない。しかし、魔性達の近くにいるのは危険である。逃げるとするならば、議論が白熱し仏像に注目されていない今である。決断するなら、今だ――
と、半蔵は考えていたが、頭の中では、隠れる、逃げる、隠れる、逃げる、の繰り返しで踏ん切りがつかないでいた。
……このままなし崩し的に隠れることになりそうだった半蔵だが、ふと妙な気配を感じた。
仏像の近くに、誰かがいる。何者かの息遣いが聞こえるのだ。ここに人がいるわけがないので、魔性であろう。他の魔性たちは部屋の中心で輪になって話しているというのに、わざわざ輪から離れてこちらにいるようだ。
半蔵は仏像の細い目から、息遣いがする方を覗いた。
――――女がいた。こちらを見ていた。
「っ!!!」半蔵は後ろに倒れた。仏像にあたり、音を立てて揺れた。
魔性達は物音を聞き仏像に顔を向ける。魔性達は、仏像の近くにいる女を見た。
「【アザミ】、なぜそこにおるのだ」
「いえ、大したことはありません」
アザミと呼ばれた女は、夜風のような、涼やかな美しい声で応えた。
「ふん、ならばお前もこちらに来て、半蔵の処分について話さんか。これは魔性全員の問題であるぞ」
幸いなことに、魔性達は仏像の近くにいたアザミという女に気を取られ、仏像の動きに気づかなかったようだ。
半蔵は冷や汗をかきながら、アザミとやらの所在を確認するため再び覗いた。そうして、アザミを見た。
――――アザミは、美しかった。彼女の髪は長く、墨のように黒く艶やかで、月光を反射し光を携えたなだらかにうなり曲がる夜川のようだった。前髪は慎ましげに目の上で揃い、目は細く切れ長で、長くくるんとした睫毛に覆われた瞳は、雲を身にまとう煌々とした満月のように高貴で輝かしかった。くっきりとした鼻の下にある、ほのあかい口は、陶器のような白い肌に美しい模様を作っていた。
そして、彼女の象牙のように白く美しい首は艶かしく、首の下は、高貴のものが着るような、艷やかな黒い着物により隠されていた。――――
半蔵は感嘆した。彼女ほど美しい女性を見たことがなかったからだ。しかし、彼女にはどこか恐ろしい気配を漂わせていた。魔性であるからだろう。それに、彼女の目には、高貴さとともに蜘蛛の複眼のような得体のしれぬ不気味さがあった。
と、半蔵はしげしげとアザミを眺めていたが、途中ではっと気づいた。――そうだ、あの女は俺に気づいているような素振りをしていたのだ。悟られないよう隠れなければ。――
半蔵はそう思い、仏像の中で身をかがめ隠れようとした、が、半蔵はそうする前に固まってしまった。
アザミが横目でこちらをちらりと見た。やはり気づいている!!
――これは、まずい――半蔵にはもう逃げるという選択肢しかなかった。しかし、こんなに近くにいるのに、どう逃げればいいのだろう。
アザミはまだ半蔵を見ている。ふっと笑った、ような気がした。
アザミは視線を魔性達のもとに戻し、口を開いた。
「半蔵様の処分について、私の望みはもう決めてあります」
「ほう、それはなんだ」
「【魔性にする】。それしかありません」
アザミははっきりと、まるで昔から決めていたかのようにそう告げた。
魔性達の半分――【魔性にする】派の者だろう――は勝ち誇ったように笑っていた。そうでない者達は苦虫を潰したような顔をしている。
天狗は口を開いた。
「そうか、【魔性にする】か。理由を聞いてもよいか?」
アザミは応える。
「ええ、はい……。……ただ、恥ずかしながら……まことに、恥ずかしながら、ほとんど私情によるものです。気を悪くしたら……ごめんなさい」
「結構。その方が聞きがいがあるものだ」
「ありがとうございます。私が半蔵様を魔性にしたい理由は……」
アザミは少し恥ずかしそうにうつむいたが、意を決して顔をあげた。顔には熱情を孕んだ、欲望の顔をしていた。
「私は……半蔵様に、私の手脚をすべてもがれて、太い指を体の中に入れられて……私を引き裂いて……そうしてめちゃくちゃにされたからです……」
……半蔵は意表をつかれ、目をまんまるにした。
天狗は今の言葉を聞き、少し照れるように顔を赤くしながら、考えるように眉間にシワを寄せている。
「それはつまり……やつに殺されたから。だな?」
「はい……。えぇ……ほんとうに、恥ずかしながら……」
アザミの様子にはどこか、色事を思い出し恍惚に浸っているような欲情の様相に見えた。
アザミは話を続ける。
「私……蜘蛛なんです。皆様もお知りでしょう。今は人の姿をしてますが、もともと、私は普通の蜘蛛だったんです……。いやらしく膨れた大きな腹をして、愛するものを絡めとるための長くしなやかな手脚を持った、女蜘蛛……。
半蔵様と出会ったあの日……私はとある民家にいました――蜘蛛というのは人肌恋しい生き物ですから、冷たい外よりも、民家の中で巣を作るものです――。私が巣でまどろんでいる時、半蔵様は【お仕事】をしに、この民家にやってきました。
民家の者は寝ていたのでしょう。半蔵様のお仕事は直ぐに終わりました。もう、民家の者は二度と起きられないようになりました。
ひと仕事終えた半蔵様は、手に入れた民家の中でおくつろぎなさいました。そうして、ふと半蔵様は部屋の隅を見て、私を見つけたのです。
半蔵様にとって、私はおもちゃでした。半蔵様は優しく、温かい手で私を手に取ると、その大きく太い荒々しい指で、私の脚をぷっつんともぎました。私は、感じたことのない痛みに身悶えました。私ははぁはぁと息を吐きながら彼を見ました。半蔵様は私の悶える様を笑っていたのです。それから、ぷっつん、ぷっつんと、脚をもぎ続けました。半蔵様は笑っていました。それで、それで……」
「それで、どうしたのだ」
「もう体だけになった私を、半蔵様は爪で突き刺し、そこから私を引き裂いたのです。体の中から、ドロドロの体液が溢れ出しました。私は声にならない声をあげて……冷たくなりました」
アザミは恥ずかしそうに、半蔵との出会いを語った。その顔は、恋慕う男を語る乙女のようだった。
半蔵は彼女の語る話に覚えがあった。確かに昔、ある民家に盗みに入り、ひと仕事終えて休憩している最中、ふと見つけた蜘蛛を、ふいに命を奪いたくなった――盗賊の性である――ので遊びながら殺した記憶がある。
アザミは話を続ける。
「私は、恥ずかしながら初心ですが、愛については、よく知ってるつもりです。半蔵様のあの行為は……愛、そのものだったと思うのです」
「愛! ははは! そうか! 愛か!」
天狗は愛という言葉を聞き、嬉しそうに応えた。その様子は自身の子供の恋事情を面白そうに聞く親のようだった。
「なるほど、やはりお前は魔性の者だ!お前は死んだあと、半蔵が恋しくて恋しくて、こうして魔性となって黄泉帰ったのだろう」
「えぇ、えぇ……! はい……! ほんとうに、ほんとうに、恋しくなって恋しくなって……半蔵様の影に追いすがって、ようやく魔性となって生まれたのです!」
アザミは、照れるように頷きながら、感慨深けに話した。
「蜘蛛とは、愛する者を殺すのです。幸福な愛の営みのあと、女蜘蛛は愛しさのあまり愛する者を殺すのです……あぁ、なんて甘美で美しいことでしょう!【殺す】とは、激しい愛の水にさらされた砂の、消えた跡にきらきらと残る美しい黄金のよう……そう、【殺す】とは、蜘蛛にとって【愛】そのものなんです!
あぁ、私、彼に殺された。殺されたんです。彼はにっこり微笑んで、私を裸にするように裂いたんです!愛しい者のように、体を触られ、命も触られた私!愛とは殺すこと、半蔵様は私に、愛を与えたんです!」
アザミはまるで恋する乙女のようだった――いや、実際そうなのかもしれない――。
「ふんふん、お前がやつを愛する理由はわかった。だがなぜ【殺す】でなく、【魔性にする】と決めたのだ?」
「……でも、やっぱり私、もっと半蔵様のことが知りたいんです。半蔵様の声が聞きたい、半蔵様の肌に触れたい、半蔵様の……血を浴びたい。半蔵様とより深くより長く、親密で、懇ろな仲になりたんです。だから、今一度、殺すのは待って欲しいんです」
「ふふふ、やはり女だな。好きな相手と一緒になりたいから【魔性にする】のか。……アザミよ、お前は素晴らしい女だ。わしも長年、女というものをたくさん見てきたが、お前ほど愛情深い女は見たことがない。それでいて、お前の愛は死と隣り合わせにある。魔性として黄泉帰ったのも頷ける。
……だがやはり、半蔵と愛し合ったあとは、【殺す】のだろう?」
「……それは!」アザミはこれ以上にないほどの明るい笑顔で、はっきりと答えた。
「もちろんです!」
天狗は感心したように頷いた。周りの魔性もアザミの言葉に感心しているようだった。
天狗は口を開く。
「うむ。これはもう、やつの処分は決まったようなものじゃないか?【魔性にする】派はもちろん、【殺す】派も満足するだろう。それに、アザミの恋路を邪魔するような無粋なやつは、ここにはおらぬだろう?」
「そうだそうだ!」と鬼のような魔性は賛同した。「それに、結局あいつは死ぬんだ!俺たち魔性も文句はない!」
「確かに」と蛇のような魔性も応える。「魔性にして、大妖になり生き延びたら儲けもの、木っ端なものになっても愛が実るだけ……。これ以上の処分はないな」
「……よし、皆の結論は決まったな!下総の盗賊、半蔵は……
【魔性にする】!!」
――冗談じゃない!――
――【魔性にされる】だけならば、一応生きているのだし、まだ諦めもついた。だがあの気狂い女に愛されて、殺されるのはたまったもんじゃない!――
半蔵はだらだらと汗をかきながら、必死に逃げる策を考える。だが、今の魔性の目は、アザミのいる仏像前に向けられている。ここから気づかれずに逃げるのは不可能であろう。さらに、そもそもアザミはこちらに気づいているのだ。半蔵が逃げるのを許しはしないだろう。
蜘蛛の巣に捕らわれた虫、そんな状況だった。今はまだ食べられていないが、それだけだ。巣から抜け出せず、食われるのを待つだけの、無力な虫。
――仏様、どうか、俺をお助けください。これからは、今までの罪悪を贖い、仏の道を志します、ですからどうか!――
半蔵にはもう、仏にすがるしかなかった。半蔵は仏の中で、仏に祈っていた。
半蔵はしばらく恐怖で固まっていたが、魔性達がガヤガヤと話しているうち、この状況をどうするか考えられるほど落ち着きを取り戻してきた。
――さて、このまま隠れているべきか、それともこっそりと逃げるべきか。
魔性は朝になり僧侶が来れば、退散せざるを得ないだろう。今のところ、自分が仏像に隠れていることに気づかれていない。このまま朝まで隠れることも、もしかしたらできるかもしれない。しかし、魔性達の近くにいるのは危険である。逃げるとするならば、議論が白熱し仏像に注目されていない今である。決断するなら、今だ――
と、半蔵は考えていたが、頭の中では、隠れる、逃げる、隠れる、逃げる、の繰り返しで踏ん切りがつかないでいた。
……このままなし崩し的に隠れることになりそうだった半蔵だが、ふと妙な気配を感じた。
仏像の近くに、誰かがいる。何者かの息遣いが聞こえるのだ。ここに人がいるわけがないので、魔性であろう。他の魔性たちは部屋の中心で輪になって話しているというのに、わざわざ輪から離れてこちらにいるようだ。
半蔵は仏像の細い目から、息遣いがする方を覗いた。
――――女がいた。こちらを見ていた。
「っ!!!」半蔵は後ろに倒れた。仏像にあたり、音を立てて揺れた。
魔性達は物音を聞き仏像に顔を向ける。魔性達は、仏像の近くにいる女を見た。
「【アザミ】、なぜそこにおるのだ」
「いえ、大したことはありません」
アザミと呼ばれた女は、夜風のような、涼やかな美しい声で応えた。
「ふん、ならばお前もこちらに来て、半蔵の処分について話さんか。これは魔性全員の問題であるぞ」
幸いなことに、魔性達は仏像の近くにいたアザミという女に気を取られ、仏像の動きに気づかなかったようだ。
半蔵は冷や汗をかきながら、アザミとやらの所在を確認するため再び覗いた。そうして、アザミを見た。
――――アザミは、美しかった。彼女の髪は長く、墨のように黒く艶やかで、月光を反射し光を携えたなだらかにうなり曲がる夜川のようだった。前髪は慎ましげに目の上で揃い、目は細く切れ長で、長くくるんとした睫毛に覆われた瞳は、雲を身にまとう煌々とした満月のように高貴で輝かしかった。くっきりとした鼻の下にある、ほのあかい口は、陶器のような白い肌に美しい模様を作っていた。
そして、彼女の象牙のように白く美しい首は艶かしく、首の下は、高貴のものが着るような、艷やかな黒い着物により隠されていた。――――
半蔵は感嘆した。彼女ほど美しい女性を見たことがなかったからだ。しかし、彼女にはどこか恐ろしい気配を漂わせていた。魔性であるからだろう。それに、彼女の目には、高貴さとともに蜘蛛の複眼のような得体のしれぬ不気味さがあった。
と、半蔵はしげしげとアザミを眺めていたが、途中ではっと気づいた。――そうだ、あの女は俺に気づいているような素振りをしていたのだ。悟られないよう隠れなければ。――
半蔵はそう思い、仏像の中で身をかがめ隠れようとした、が、半蔵はそうする前に固まってしまった。
アザミが横目でこちらをちらりと見た。やはり気づいている!!
――これは、まずい――半蔵にはもう逃げるという選択肢しかなかった。しかし、こんなに近くにいるのに、どう逃げればいいのだろう。
アザミはまだ半蔵を見ている。ふっと笑った、ような気がした。
アザミは視線を魔性達のもとに戻し、口を開いた。
「半蔵様の処分について、私の望みはもう決めてあります」
「ほう、それはなんだ」
「【魔性にする】。それしかありません」
アザミははっきりと、まるで昔から決めていたかのようにそう告げた。
魔性達の半分――【魔性にする】派の者だろう――は勝ち誇ったように笑っていた。そうでない者達は苦虫を潰したような顔をしている。
天狗は口を開いた。
「そうか、【魔性にする】か。理由を聞いてもよいか?」
アザミは応える。
「ええ、はい……。……ただ、恥ずかしながら……まことに、恥ずかしながら、ほとんど私情によるものです。気を悪くしたら……ごめんなさい」
「結構。その方が聞きがいがあるものだ」
「ありがとうございます。私が半蔵様を魔性にしたい理由は……」
アザミは少し恥ずかしそうにうつむいたが、意を決して顔をあげた。顔には熱情を孕んだ、欲望の顔をしていた。
「私は……半蔵様に、私の手脚をすべてもがれて、太い指を体の中に入れられて……私を引き裂いて……そうしてめちゃくちゃにされたからです……」
……半蔵は意表をつかれ、目をまんまるにした。
天狗は今の言葉を聞き、少し照れるように顔を赤くしながら、考えるように眉間にシワを寄せている。
「それはつまり……やつに殺されたから。だな?」
「はい……。えぇ……ほんとうに、恥ずかしながら……」
アザミの様子にはどこか、色事を思い出し恍惚に浸っているような欲情の様相に見えた。
アザミは話を続ける。
「私……蜘蛛なんです。皆様もお知りでしょう。今は人の姿をしてますが、もともと、私は普通の蜘蛛だったんです……。いやらしく膨れた大きな腹をして、愛するものを絡めとるための長くしなやかな手脚を持った、女蜘蛛……。
半蔵様と出会ったあの日……私はとある民家にいました――蜘蛛というのは人肌恋しい生き物ですから、冷たい外よりも、民家の中で巣を作るものです――。私が巣でまどろんでいる時、半蔵様は【お仕事】をしに、この民家にやってきました。
民家の者は寝ていたのでしょう。半蔵様のお仕事は直ぐに終わりました。もう、民家の者は二度と起きられないようになりました。
ひと仕事終えた半蔵様は、手に入れた民家の中でおくつろぎなさいました。そうして、ふと半蔵様は部屋の隅を見て、私を見つけたのです。
半蔵様にとって、私はおもちゃでした。半蔵様は優しく、温かい手で私を手に取ると、その大きく太い荒々しい指で、私の脚をぷっつんともぎました。私は、感じたことのない痛みに身悶えました。私ははぁはぁと息を吐きながら彼を見ました。半蔵様は私の悶える様を笑っていたのです。それから、ぷっつん、ぷっつんと、脚をもぎ続けました。半蔵様は笑っていました。それで、それで……」
「それで、どうしたのだ」
「もう体だけになった私を、半蔵様は爪で突き刺し、そこから私を引き裂いたのです。体の中から、ドロドロの体液が溢れ出しました。私は声にならない声をあげて……冷たくなりました」
アザミは恥ずかしそうに、半蔵との出会いを語った。その顔は、恋慕う男を語る乙女のようだった。
半蔵は彼女の語る話に覚えがあった。確かに昔、ある民家に盗みに入り、ひと仕事終えて休憩している最中、ふと見つけた蜘蛛を、ふいに命を奪いたくなった――盗賊の性である――ので遊びながら殺した記憶がある。
アザミは話を続ける。
「私は、恥ずかしながら初心ですが、愛については、よく知ってるつもりです。半蔵様のあの行為は……愛、そのものだったと思うのです」
「愛! ははは! そうか! 愛か!」
天狗は愛という言葉を聞き、嬉しそうに応えた。その様子は自身の子供の恋事情を面白そうに聞く親のようだった。
「なるほど、やはりお前は魔性の者だ!お前は死んだあと、半蔵が恋しくて恋しくて、こうして魔性となって黄泉帰ったのだろう」
「えぇ、えぇ……! はい……! ほんとうに、ほんとうに、恋しくなって恋しくなって……半蔵様の影に追いすがって、ようやく魔性となって生まれたのです!」
アザミは、照れるように頷きながら、感慨深けに話した。
「蜘蛛とは、愛する者を殺すのです。幸福な愛の営みのあと、女蜘蛛は愛しさのあまり愛する者を殺すのです……あぁ、なんて甘美で美しいことでしょう!【殺す】とは、激しい愛の水にさらされた砂の、消えた跡にきらきらと残る美しい黄金のよう……そう、【殺す】とは、蜘蛛にとって【愛】そのものなんです!
あぁ、私、彼に殺された。殺されたんです。彼はにっこり微笑んで、私を裸にするように裂いたんです!愛しい者のように、体を触られ、命も触られた私!愛とは殺すこと、半蔵様は私に、愛を与えたんです!」
アザミはまるで恋する乙女のようだった――いや、実際そうなのかもしれない――。
「ふんふん、お前がやつを愛する理由はわかった。だがなぜ【殺す】でなく、【魔性にする】と決めたのだ?」
「……でも、やっぱり私、もっと半蔵様のことが知りたいんです。半蔵様の声が聞きたい、半蔵様の肌に触れたい、半蔵様の……血を浴びたい。半蔵様とより深くより長く、親密で、懇ろな仲になりたんです。だから、今一度、殺すのは待って欲しいんです」
「ふふふ、やはり女だな。好きな相手と一緒になりたいから【魔性にする】のか。……アザミよ、お前は素晴らしい女だ。わしも長年、女というものをたくさん見てきたが、お前ほど愛情深い女は見たことがない。それでいて、お前の愛は死と隣り合わせにある。魔性として黄泉帰ったのも頷ける。
……だがやはり、半蔵と愛し合ったあとは、【殺す】のだろう?」
「……それは!」アザミはこれ以上にないほどの明るい笑顔で、はっきりと答えた。
「もちろんです!」
天狗は感心したように頷いた。周りの魔性もアザミの言葉に感心しているようだった。
天狗は口を開く。
「うむ。これはもう、やつの処分は決まったようなものじゃないか?【魔性にする】派はもちろん、【殺す】派も満足するだろう。それに、アザミの恋路を邪魔するような無粋なやつは、ここにはおらぬだろう?」
「そうだそうだ!」と鬼のような魔性は賛同した。「それに、結局あいつは死ぬんだ!俺たち魔性も文句はない!」
「確かに」と蛇のような魔性も応える。「魔性にして、大妖になり生き延びたら儲けもの、木っ端なものになっても愛が実るだけ……。これ以上の処分はないな」
「……よし、皆の結論は決まったな!下総の盗賊、半蔵は……
【魔性にする】!!」
――冗談じゃない!――
――【魔性にされる】だけならば、一応生きているのだし、まだ諦めもついた。だがあの気狂い女に愛されて、殺されるのはたまったもんじゃない!――
半蔵はだらだらと汗をかきながら、必死に逃げる策を考える。だが、今の魔性の目は、アザミのいる仏像前に向けられている。ここから気づかれずに逃げるのは不可能であろう。さらに、そもそもアザミはこちらに気づいているのだ。半蔵が逃げるのを許しはしないだろう。
蜘蛛の巣に捕らわれた虫、そんな状況だった。今はまだ食べられていないが、それだけだ。巣から抜け出せず、食われるのを待つだけの、無力な虫。
――仏様、どうか、俺をお助けください。これからは、今までの罪悪を贖い、仏の道を志します、ですからどうか!――
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