上 下
84 / 194
第五章

二話【ベンゾウ】

しおりを挟む
依頼報告を終え、近くの施設から家のある島へと帰っていくジビカガイライ。

島の施設では、薄汚れたビーチベッドに横たわり酒を飲む老人がガラス越しに、日光浴を楽しんでいた。

「ただいま、ギド爺。また昼間っから飲んでるのか? 仕事は?」

「うるせ~ おりゃ運搬屋じゃねぇ! ヒック」

「ベンゾウは?」

「随分前に家に帰ったよ!」

施設を出ると穏やかな波打ち際の先、砂浜の向こうに、煉瓦造りの立派な屋敷が見える。

海の向こうには島があり、その森の中に大きな山が見える。

砂浜にはベンゾウの物と思われる足跡とは別に、違う足跡が続いていた。

「お客様かしら?」

クロの首を撫でながら歩くセシル。

気にもしない弁慶が、家へと入っていく。

立派な外見の屋敷の中には、大きなテントが張られており、その周りに部屋が並ぶ。

テントは以前、惣一郎が出した物であった。

そのテントを潮風から守る様に建てられた屋敷。

帰るなり真っ直ぐテントに入っていく。

「ただいま。やっぱりあんたか、サーズリ」

「弁慶殿、頼む! ベンゾウ様を説得してくれ」

苦労している様な年配の男。

白髪混じりの長髪を縛る疲れた顔で、弁慶に助けを求めて来た。

「勇者祭だろ? 言ったって無駄だよ! ベンゾウが出る訳無いだろ」

「毎年俺が責められるんだ! 勇者祭になんで勇者が出ないのかって。祭りも今年で六回目だ! 頼む一度でいい、顔を出すだけでいいから、ベンゾウ様を説得してくれ」

「だってよ、ベンゾウ」

奥の仕切りの向こうから現れる、赤い下着姿の細身の女性。

猫の様な耳を動かし、長い銀髪を揺らす。

長い足の付け根に手を添え、片方ヒビが入り割れている分厚い眼鏡。

美人なのに、その眼鏡が台無しにしていた。

サーズリはつい目を逸らす。

「勇者はご主人様だ。世界を救ったのも!」

凛と凄む、細身だが筋肉質なベンゾウ。

「服を着ろ! 困ってるだろ」

弁慶が近くに脱ぎ捨てられた服を拾い投げると、

「まぁ、サーズリの旦那。アタイもベンゾウと同じ意見だ。何回来ようと参加はしないぞ」

っと、散らかった靴を拾い集める。

すると大きな犬神のクロが、ベンゾウを包む様に回り込みしゃがむ。

ベンゾウもクロにもたれかかり、ズボンを履き始める。

「ああ~ やっぱ無理か……」

渋々肩を落とすサーズリが、マジックバックから冷えた箱を取り出す。

「差し入れだ、ワーテイズで評判のプリンだ」

するとズボンに片足突っ込んだ状態で、飛びつくベンゾウ。

「また来るよ」と、悲しげに帰っていくサーズリ。

苦労してる様だ……



「依頼報告はしておいたからな、リーダー」

嫌味っぽく、ベンゾウの抱える箱からプリンを一つ取る弁慶が、そのままテーブルにつく。

テーブルにはセシルがすでに、お茶を並べていた。



すでに3個目を食べているベンゾウの耳が、ピクっと動くと手が止まる。

遅れてクロが顔を上げ、外を気にすると突然大声をあげる!

「次元が開くぞ!」

急に喋る犬に驚きもせず、外に顔を向ける弁慶とセシル!

慌てて手を使い、四足獣の様に外に走り出すベンゾウ!

弁慶達も追いかける!

島の上空には黒い雲が渦を巻き、陽の光を遮っていく。

足首にズボンを引きずる、下着姿のベンゾウが、静かに涙を流す……

その左手首には、金属のプレートの付いた組紐の飾りが光っていた。






しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界に子供の姿で転生し初期設定でチートを手に入れて

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:106pt お気に入り:1,119

神獣転生のはずが半神半人になれたので世界を歩き回って第二人生を楽しみます~

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:120pt お気に入り:1,409

伯爵様は色々と不器用なのです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:36,946pt お気に入り:2,799

婚約者が相手をしてくれないのでハーレムを作ってみた

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,107pt お気に入り:28

令和日本では五十代、異世界では十代、この二つの人生を生きていきます。

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:574

精霊に愛された少女の妹は叶わないからこそ平凡を願う

恋愛 / 完結 24h.ポイント:804pt お気に入り:3,862

処理中です...