【完結済】頭に咲く白い花は幸せの象徴か

鹿嶋 雲丹

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第二章 汐里と亮太

第19話 汐里 民宿と駅までの車内

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 私は見慣れない暗い天井を見つめている。
 初めて泊まる民宿の部屋。
 しんとした夜の空気の匂いも、私の知らないものだ。
 ぱりっとしている真新しいシーツの感触に、少しずっしりとした掛け布団。
 何度も寝返りを打ちながら、考える。
 私は、虫に乗っ取られた亮太を取り戻したくてここに来た。
 私の知らない亮太の過去を知ることができたら、これだ! というような名案が浮かぶんじゃないかと思って。
 でも、今のところそれは浮かんでこない。
 ただただ、石田家の傷だらけの歴史に心が乱れるばかりだ。
 特に気になったのは龍彦さん……亮太のお父さんだ。
『っとに、亮一じゃなくて、あいつが死ねば良かったんだ!』
 あの亮太に対する暴言は、到底許せるものじゃない。
 だけど裏を返せば、お父さんは亮一さんの命を自分の手で奪ってしまったことを、ものすごく後悔しているということだ。
「運命って、残酷だよな……」
 私がもしお父さんの立場だったら……
 それを少しだけ考えてみたけれど、あまりにぞっとして私はすぐに思考を止めた。
 私はもう一度寝返りをうつ。
 目の前の現実を受け入れられず、どうしようもなく苦しい……それでも、生きていかなきゃならない。
 亮太のおじいさんは気丈に生きてきたように見えたけれど、心中はかなり辛かっただろうと思う。
 辛すぎて、今もお酒に逃げているお父さん。
 辛くても、逃げずに亮太を育ててくれたおじいさん。
 二人の違いはなんだろう?
 元々の気の強さ? それとも亡くなった二人への思いの深さ?
『その光がどんなに愛おしく、眩しいほど光り輝くものだったか……君に想像できるかね? 奪うなら、最初から与えなければ良かったものを!』
 あの日、虫が私に言った言葉を思いだす。
「光……か……」
 亮太のお父さんやおじいさんにとって、亮子さんと亮一さんは光だったはずだ。
 そして亮太にとっては……私が光だったらしい。
 亮太は生まれた時にお母さんを失い、6歳でお兄さんを失った……そして、今回は私……
 胸がぎゅっとなる。
 ごめんを、何回言っても言い足りない。
 どうしたらいいんだろう……どうしたら、亮太は戻ってくる? 私が土下座して謝ったら、戻ってきてくれるかな……
「いや、無理か……私が謝ったくらいじゃ、亮太は戻ってこないような気がする」
 はあ、と重いため息を吐きつつ、暗いオレンジ色を放つ天井の豆電球を見る。
 光をなくして、人生投げたくなって殻に閉じこもっている。
 よく考えてみると、今の亮太と龍彦さんは似たような状態なのかもしれない。
 だとすると、悲しみに飲み込まれても我を忘れなかったおじいさんに、その理由を聞いてみたらどうだろう? それがヒントになるかもしれない。
 私は、無理やりぎゅっと瞼を閉じて、そうなることを願った。

「私が現実から逃げなかった理由かい?」
 翌日の昼過ぎ、亮太のおじいさんは車で私を駅まで送ってくれた。
 その道中で、私は昨夜考えていた問をぶつけてみたのだ。
「そうだね……理由は2つかな……妻を支える為と亮一を立派に育てたかったから……妻は、あまり気が強くなくてね。たまに帰ってきていた龍彦が暴れるたびに怯えていたから、私が守ってやらなきゃならなかったんだ」
「そうですか……会ってみたかったです、おばあさんとも」
 もうおばあさんが亡くなっていること、亮太が聞いたら落ち込むだろうな……まあ、亮太が引っ越した先を知らせていなかったから、こうなってしまったんだけど……
「妻は病気でね……気づいた時には手遅れで、あっという間だったよ」
「そうだったんですか……きっと、亮太のこと……気がかりでしたよね」
「まあね……でも、何も知らせがないのはきっと生きてる証拠だからと言っていたし、趣味も始めてそれなりに楽しそうに生きていたよ、彼女は」
 私は、おじいさんの言葉に少しホッとしていた。
 そして、感じたことを整理してみる。
 おじいさんは、目の前の大切な人をこれ以上苦しめない為に……守る為に強く生きざるをえなかったんだ。
 私をどうしても守りたいと思わせれば、亮太はこっちに戻ってくるだろうか?
 ふと、私はもう一つの聞きたいことを思い出した。
「あの……亮一さんの母子手帳のこと、知っていますか? ビリビリに破かれたものなんですが」
「亮一の母子手帳……」
 おじいさんはしばらく黙り込んでから、口を開いた。
「あぁ、思い出した……亮一が亡くなってから、妻は時折亮一の思い出を手にしては泣いていて……たまたまそれを見てしまった龍彦が逆上して、亮一の母子手帳を破いてゴミ箱に捨ててしまったんだ。龍彦がいなくなった後、亮太はそれを黙々と拾い集めて、テープを貼って直していた……佐川さん、どうして亮一の母子手帳のことを知っているんだい?」
 私はその光景を想像して、いたたまれない気持ちのまま、おじいさんの問に答えた。
「亮太の部屋の隅に、亮太と亮一さんの母子手帳が一緒に保管されていたんです。まるで……」
 そう。まるで、誰の目にも触れさせたくない宝物のように。
「宝物を隠しているように、置いてありました」
 信号が青に変わって、車が動き出す。
「思い出したくない過去を、しまっておきたかったからかもしれないよ」
 ぽつりと零れた亮太のおじいさんの声は、心なしか少し沈んだもののように聞こえた。
 亮太とおじいさんを合わせたい。
 それに、龍彦さん……亮太のお父さんにも。
 なぜか、あのままでいて欲しくなかった。
 ずっと死の淵をのぞき込んでいるような日々から、抜け出して欲しい。そう思った。
 昨日から一日が経った今の私の胸に残っているのは、胸が押し潰されそうなほどの寂しさだった。
 私に、なにができるだろう。
 いや、その前に亮太だ……亮太を取り戻す方法は、まだ思い浮かばない。どうしよう……
 私の胸の内のどこかから、焦りが少しずつ湧き出てくる。
「さあ、駅に着いたよ……本当に、遠いところをわざわざ来てくれてありがとう」
 私は昨日のうちに、亮太のおじいさんに亮太のアパートの住所を伝えていた。亮太のおじいさんと私は、連絡先も交換してある。
「本当にお世話になりました……必ず、また来ます。今度は、亮太と一緒に」
 私は車外に見送りに出てくれたおじいさんに、そう誓った。
「うん……でもねぇ……一番は亮太が幸せに生きていってくれることなんだよ……君のように可愛らしくて強い人が、亮太を傍で支えてくれたなら、それだけでもう十分なんだ」
 私は不意に泣きそうになった。
 生きているだけでいい。もう誰も、失いたくない。
 大切な人を何度もなくしたおじいさんの、重たい言葉がずしりと胸に落ちてくる。
 私は前を向いて歩きながら、何度もそれを噛み締めたのだった。
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