【完結済】頭に咲く白い花は幸せの象徴か

鹿嶋 雲丹

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第二章 汐里と亮太

第20話 汐里 最初で最後の審判

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 ゴールデンウィークは日曜日で終わり、そこから2日が経った。
 そう、今日は火曜日。
 亮太を乗っ取ったあの虫が、亮太を取り戻せる期限だと宣言した日だ。
 私はタイムカードを打刻し、会社を後にした。
 今の時刻は17時30分。
 亮太のアパートに着くのは、19時くらいになるだろう。
 カンカンカンカンカン
 いつもの遮断器の警告音を聞きながら、コンビニに立ち寄る。
 亮太のお陰で私も好きになったプリンを、2個
かごに入れた。
 それにしても、今思い出しても不思議だ。
 シャイな性格の亮太が、あの日に限って私にあんなに話しかけてきたことが、だ。
『今日……誕生日ですよね……20歳の……初めてお酒を飲むのに、この度数をこの量は危険です』
『あと、このスイーツの量も……一度に採ると……』
『これ、俺のオススメです。賞味期限がもうすぐきれるから、誕生日プレゼントです』
 あの人見知りの亮太が、見ず知らずの私にそんなこと言う? いや、実際言ったんだけどね……
 私はレジで、買った品物の精算をしながら思いだす。
『おめでとうございます』
 無愛想で低い亮太の一言に、涙腺が崩壊したあの時。
 なんだか懐かしいな……思えば、あれがきっかけで私は亮太を好きになったんだ……
 私はエコバッグにプリンを詰め込みながら、大きく息を吐いた。
 今日、私は……私達はやり直す。
 リスタートの日。必ずそうしなければ。
 歩く私の脳裏には、先週初めて会った亮太のお父さんとおじいさんの顔が浮かんでいる。
 実家を出た後、一度も連絡を入れなかった亮太。
『うん……でもねぇ……一番は亮太が幸せに生きていってくれることなんだよ』
 亮太の幸せを願うおじいさんに、今を生きている亮太を見てほしい。
 私は足を止め、明かりがついている亮太の部屋の窓を見上げた。
 いる。
 どくん、と心臓が高鳴る。
 カツン、カツンと響く階段と靴がぶつかり合う音。
 それを一つ一つ噛みしめるように、ゆっくりと登った。
 息が苦しい。
 私は俯き、どきどきと高鳴る心臓とあがる息とを、深呼吸を繰り返して落ち着かせようとした。
 けれど、どれだけそうしてもいつものような平常心には戻れそうにない。
「完全に落ち着かせるのは無理か……」
 私は諦めて顔を上げ、コンコンとドアをノックした。
「鍵はあいている。入りたまえ」
 すぐさま、部屋の中から明るくてどこか偉そうな調子の亮太の声が聞こえてくる。
 ドア越しでも間違いない。あの声は、虫が取り憑いた状態の亮太のものだった。
 スカートのポケットの中にある小さなビニール袋をぎゅっと握りしめ、私は助けてくれたエリカの笑顔を思い浮かべる。
 頑張れ、私!
 私は自分にエールを送ると、深く息を吐き出しながらドアノブに手を伸ばした。

 亮太は腕を組み、ベッドの上に腰掛けて私を待っていた。
 一週間ぶりに見る亮太は、一見いつもと変わらないように見えた。
 その姿に、私は少しホッとしていた。
 もしかしたら、痩せ細っていたり、不衛生な姿になっているかもしれないと思っていたからだ。
 亮太の服装は、先週家を出ていった時のものじゃなかった。
 白い綿Tシャツにジーンズから、ラベンダーカラーのシャツにオフホワイトのコットンパンツに変わっている。
 こんな色とデザインの服を着た亮太を、私は見たことがなかった。きっと、こいつが勝手に選んだものなのだろう。
 亮太の趣味じゃない服を、勝手に亮太に着させんな!
「どうだい、この一週間で亮太こいつを取り戻せそうな答えは見つかったかね?」
 亮太は、自分の勝利を微塵も疑っていないような表情かおで笑った。
「答えを言う前に聞いておきたいんだけど……私が話していることや私の姿って、ちゃんと亮太本人に伝わっているんでしょうね?」
「そりゃもちろんさ。そうでなければ、勝敗の審判が行えないからね」
 そうだよね……あぁ、良かった……亮太は、ちゃんといるんだ。
「この花が」
 亮太は、すっと自分の頭を指さした。
 その指の先には、あの白い花がふわふわと揺れている。
「自然に抜け落ちるか、それともただ見えなくなるのか。それが勝敗の結果だ。わかりやすいだろう?」
「なによそれ……どういうことよ?」
「つまり今夜0時を過ぎる前に、この花が亮太こいつの頭から抜け落ちたら、君の勝ちということさ」
 なるほど、そういうことか。
 私が負ければ、この花は私に見えなくなる……つまり、SOSを出している亮太が消えてしまうということなんだろう。
 させるか、そんなこと。
 私はバレないように、静かに闘志を燃やした。
 穏やかに笑う亮太の頭の上で揺れる、可愛らしい白い花。
 最後の悪あがき、とこいつは表現したけれど、私にはその白い花が亮太自身のように思えて仕方がなかった。
 白は清廉さを、花の形は可愛らしさを感じさせる。
 亮太は背が高くて体つきもわりとしっかりしている上に、無愛想だ。
 そんな亮太の外見は、あまりかわいいというイメージじゃない。
 でも、中身は繊細で優しくて……可愛らしいこの花そのもののような人なんだ。
 ああ、私は花のように愛おしく大切な人を、自分で傷つけて遠ざけてしまった。本当に、悔やんでも悔やみきれない。
「亮太、私ね……先週、亮太の実家に行ってきたんだよ。亮太のお父さんと、おじいさんに会ってきた」
 私は亮太の目をじっと見つめて話し始めた。
「ごめんね……おじいさんから色々聞いたことは、もしかしたら、私には知られたくなかったことだったかもしれない」
 淡々と語る私を、亮太は黙ったままじっと見つめている。
 その瞳の奥で、ちゃんと私を見て? 私の声を聞いて?
「お母さんとお兄さんを失って……ううん、それだけじゃない……お父さんもだ……私はおじいさんからそれを聞いた時、頭が真っ白になった。私と出会う前、亮太は沢山……沢山傷ついてた。それなのに、今度は私が亮太を傷つけた」
 私は床に膝と手をつけた。
「ごめんなさい……」
 そして、額も床につける。
 そのままの体勢でじっとしていると、ぎしりとベッドが軋む音がした。
「言いたいことは、それだけかな?」
 すぐ間近で、亮太の声がした。
 私は縋るように目の前に立っている亮太を見上げた。
「私は……亮太とやり直したい……お願い、もう一度私と……なんて……今さらむしが良すぎるよね」
 はあ、と私は深いため息を吐く。
「ほんとに自分勝手で、亮太を振り回して……挙げ句の果てに、こんなことになってしまった……もう、今さら取り返しがつかない……」
 私は視線を亮太から床に移した。
「亮太がいない世界で、私は生きていたくない。亮太がこっちに戻ってこないのなら、私がこの世で生きてる意味なんて、一つもないの……そんなことばかり考えていたら……私、知らない女の人にこれをもらった」
 私はポケットから小さなビニール袋を取り出した。
 ジッパー付きのもので、中に四つ折りのメモ用紙と茶色い錠剤が入っている。
 私はエコバッグから、ペットボトルに入った水を取り出した。
 目の端に映る亮太の表情から、余裕が消え去っていた。
「脅すつもりか……それを飲めば、亮太こいつも助からんのだぞ!」
「いいよ……だって私は、結局どうしたらいいのかわからなかったんだもの……なら、亮太から幸せを奪った私も亮太と同じ目にあえばいい」
「待て!」
 亮太の手が伸びる。
 ごめんね、亮太……
 私は口に放り込んだ錠剤を、無理やり喉の奥に放り込んだのだった。
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