遠くのあなたを掴みたい

鹿嶋 雲丹

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第12話 舞台裏を知る田口先生

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 校長と教頭が裏で何をやってきたのか、本人の言葉でそれを聞いたのは去年の秋……文化祭が終わって一週間が過ぎた頃だった。
「すごいよ……あれ、よく録れたね」
 まだ数回目の、図書館での定期連絡。
 相手は私が担任をしているクラスの村上陽君だ。
 閉館十五分前の六時四十五分。私達はいつものように、館内にあるベンチで落ち合っていた。
 私はリュックから茶封筒を取り出し、村上君に手渡した。
 封筒の中には、村上君からこっそり渡された小さなボイスレコーダーが入っている。
『保護者を女として斡旋してることをですか? そんな、まさか!』
 それは間違いなく、私をしつこく競馬に誘ってきた教頭の声だった。
 その一言を聞いた瞬間、保護者から金品を受け取っているのではないかと疑っていた私はかなりショックを受けた。
 しばらくの間、それを現実として受け入れられなくて呆然としてしまった程だ。
「まあ、色々頑張ったからね。なかなか楽しかったよ」
 村上君は私から受け取った封筒を、膝の上の文庫本に挟んだ。
 楽しかった、と言う村上君の顔には、言葉とは裏腹に笑みらしいものは少しも刻まれていない。
 口調も、いつも通り淡々としたものだ。
「楽しかったって……いったいどうやってこれを手に入れたんだい? 本当に危ないこと、しなかっただろうね?」
「入手方法、聞きたいですか?」
 問う村上君の視線は、ベンチの隣に座っている私にではなく、どこか虚空を見つめたままだ。
「う、うん」
「それ」
 村上君が指し示したのは、私の通勤用リュックにぶら下がっているマスコットだった。
 形はブロッコリーのようだが、コンセプトは『県の木ケヤキ』名前は『けやこちゃん』。
「これは確か……文化祭の時にもらった……確か手芸部の子達が作ったって……あ、手芸部!」
 私は静かに叫んだ。
 そうだ、すっかり忘れていた……村上君は手芸部だった……活動には参加していない幽霊部員だけど。
「そうか……だからわざわざ名前を入れたんだな」
 私は常に微笑んでいるマスコット『けやこちゃん』を裏返した。
 そこには、薄いピンクのフェルトで『タグ』とある。私の苗字、田口をもじったものだ。
『手芸部の存在アピールの為に、うちの子達が先生達のは名前入りで作ったんですよ! お客様に見えるようにして持ち歩いてくださいね! ご協力よろしくお願いします!』
 と言いながら、顧問の竹下先生が文化祭当日にニコニコしながら配っていたっけ。
 確か手芸部としては、裏面に名前なしの『けやこちゃん』を販売していたはずだ。
「可愛いでしょ、けやこちゃん? そのデザインと名前考えたの僕なんです。まあ、手芸部の先輩達を買収して作らせたんですけどね。あ、もちろん特別製のだけは僕が作りましたよ」
 特別製……つまり、教頭の分か。しかし、買収とは……
「買収って、おだやかな響きじゃないね」
「十五人いる部員全員分のタロット占い。週に一度、一ヶ月コース」
「なるほど……君独自の技術を売ったわけか……まあ、ならいいか」
 さすがは村上君だ。
「女子は占い好きだから助かる」
「う、うん……でも、教頭からの回収はどうやって? マスコットは、腕章みたいに返却するものじゃないし」
「それは手下を使いました。いやあ、便利なもんです、低学年の小学生ってのは」
 う、買収の次は手下か……
「て、手下って誰のことかな?」
「僕の妹です。小学二年生の陽キャラですよ。それだけでムカつくんですけど、なにかと役立つので重宝してます……低学年の小学生女子児童にそれが欲しいってねだられたら、あっさり自分のけやこちゃんをくれたそうですよ……優しいですね、教頭先生」
「あ、そう……なるほどね」
 きっと妹さんも、なんらかの方法で手懐けてるんだろうな……
「このメモを渡すつもりだっていうのは事前に聞いていたけど、メモはどうやって渡したの? まさか君が直接渡したんじゃないよね?」
『アノコトヲゼンブバラソウトオモウ』
 これを、校長に。
『モウゲンカイダコトワル』
 これを教頭に。
 屋上に呼び出すつもりだ、と村上君は前回の定期連絡の時に言っていたけれど。
「他校の女子生徒とそこらにいたガキンチョを捕まえて頼みましたよ。あの人の落とし物だから渡して欲しいってね……念のために変装して」
「変装までしたの?」
 さすがというかなんというか……
「三年の先輩からジャージ借りて、黒縁メガネに長髪のヅラつけて……背の高い女子になりきりましたよ。僕の身長、中途半端で良かった」
 確かに、言われてみればそうだった。
 村上君は男子としては小柄な方だけれど、仮に女子としてみれば背が高い方に入るだろう。
 それに、今年卒業してしまう学年カラーのジャージを選んだのも良かったと思う。
 実際には、村上君はまだ一年生だから来年以降も在籍する。それを隠せる上、今年で卒業してしまうなら安心だと向こうに思わせられるだろう。
 館内に、閉館を知らせる音楽が流れ始める。
 村上君はおもむろに本を抱えて立ち上がった。
「じゃ、また二週間後……先生、彼女できた?」
「……ねぇそれ、毎回聞くのやめない? ……って、そんなわけにいかないか……約束だもんな……」
 私は、そんなことでいいのか、と安請け合いをしたかつての自分を呪った。
「まだできていません」
 この台詞を口にする度に、心の隅に微妙に重たい漬物石が積まれていくような気がしていた。
「そうですか、じゃ、また」
 村上君だって、さほどこの件に関心がありそうに見えないのに、なんでこれを交換条件にしたのかな⁉
「うん、またね……」
 私は村上君の細い背に声をかけ、そっとため息を吐いたのだった。
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