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第四章 いよいよ、あの問題と向き合うときが来た
62. ちょっと、顔が見たくなったんだ
しおりを挟む副師団長さんとの面会を終えた俺は、ようやく一息つく。
いきなりの宣言にはびっくりしたけど、「彼女以外の人と結婚するつもりはありません!」とその場できっぱりと言っておいた。
こういうことは、曖昧にしておかないほうがいいからね。
精神的に疲れ切ったせいであまり食欲はないけど、別室に用意してもらった料理に手を付ける。
出されたものを残さず食べるのは、最低限のマナー。
じいちゃん・ばあちゃんも「食べ物を粗末にしたら、罰が当たるよ!」とよく言っていたもんな。
あっ、この一口パイみたいなお菓子、美味しい。
ルビーの好きそうな味だ。
「お気に召したのでしたら、お部屋にご用意させましょう」
「ありがとうございます」
「あと、こちらの品々は彼らから勇者様への贈り物です。食べ物は事前に鑑定しておりますので、安心してお召し上がりください」
「鑑定……ですか?」
「異物混入がないか確認をするのは、当然でございます」
エドワーズさんはさらりと言ったけど、『異物混入』ってまさか……
⦅普通に考えれば、『毒』じゃろうな⦆
貴族って、やっぱり怖い!!
◇
部屋に戻ったけど、なんとなく落ち着かない。
ここでお世話になっているのはこの宮殿付きの侍女さんや護衛さんだから、妙に気を遣ってしまう。
だから、時間は早いけど、今日はもう用事はないからと下がってもらった。
いま部屋には、アンディとトーラしかいない。
≪父上、お菓子を食べないのか?≫
皿に盛りつけられたお菓子を見つめたままの俺に、アンディが声をかけてきた。
「……ルビー好みのお菓子だから、おすそ分けができたらよかったのにと思ってさ」
ルビーはこんな感じのお菓子が好きだから、絶対に喜ぶよな。
≪だったら、今から会いに行けばよいではないか?≫
⦅転移魔法で行けば良いのじゃ!⦆
ハハハ、二人の意見が揃ったけど、結界があるから無理だろう?
⦅ここは、敷地内だけじゃから行使できるぞい⦆
なんでも、宮殿を使用時だけに発動させる簡易型らしく、王都や帝都のような常時発動型のドームのような覆うタイプではなく、縦方向に真っすぐに伸びた囲いタイプとのこと。
つまり、屋根より高く上がれば、結界に引っ掛からずに転移できるのだそうだ。
「でも、屋敷を抜け出したら怒られるよな?」
≪見つからぬよう、事前に工作をすればよい≫
⦅見つからなければ、問題ない!⦆
『見つからなければ』ね。
バレたら、大問題になりそうだな。
≪ベッドに布を詰め込んで、寝ているように見せかけるのだ≫
「アンディ、方法がやけに具体的だが……さては経験者だな?」
≪フフッ、それは父上の想像に任せるとしよう≫
曖昧に微笑んだアンディは、眷属たちにさっそく準備をさせる。
ここのベッドは天蓋付きだから、幕を下ろしておけばパッと目には気付かないだろう…だって。
俺の部屋は、最上階の一番端にある。
こっそりバルコニーへ出て、外の様子を窺いながら(飛行で)屋根に上った。
今夜は俺以外の参加者も宿泊しているから、外の警備もかなり物々しい。
見つからないよう素早く上空へ移動し、結界がない場所から転移魔法を行使した。
◆◆◆
この日、ルビーは一人で家にいた。
ゴウドはドレファスと共に王都へ商談に出かけていて、帰ってくるのは明日と聞いている。
自分一人のため適当に夕食を作り、食べ、片付けまで終えると一息つく。
今日は早めに寝室へ行き読書でもしようと、戸締りの確認に立ったときだった。
裏庭で、物音が聞こえる。
鳥かと思ったが、念のため護身用の道具を取り出した。
村を出る前にカズキが作ってくれた、ルビー専用の指輪のような武器。
外出するときは言いつけを守り常に携帯しているが、本音を言えば壊したくないので、なるべく使用は控えたい。
足音を立てずに庭の様子を見に行くと、話し声が聞こえた。
≪父上、入らないのか?≫
「こら! 余所様の家なんだから、壁をすり抜けて勝手に入ろうとしたらダメだぞ! ちゃんと、ドアをノックしてだな……」
「……アンディやトーラだったら、別に構わないわよ。カズキはノックしてからね。着替え中だと、困るから」
「あ、当たり前だろ! 俺は、そんな失礼なことは……」
ドア越しではあるが、久しぶりのやり取りに思わず笑みがこぼれる。
裏の戸口を開けると、大好きな笑顔が見えた。
「ふふふ……おかえりなさい」
「ルビー、ただいま!」
◇
貴族のような煌びやかな上着を脱いだカズキは、満面の笑みで食事をしている。
カズキが来るとわかっていたら、手抜きをせずもっと手の込んだ料理を作ったのに…ルビーの恨み言とも取れる不満にも、「ルビーの作る料理は、何でも美味しいぞ」とカズキはどこ吹く風だ。
ルビーはカズキが持ってきたお菓子をさっそく摘まんでいて、膝の上にはいつものように一人と一匹が重なり合って座っていた。
「……それで、わざわざ持ってきてくれたの?」
「ルビー好みのお菓子だったから、食べてもらいたいなと思ってさ。それに、ちょっと…………たんだ」
「うん? 最後がよく聞こえなかったわ」
「べ、別に大したことじゃない! それより、あんまり口に合わなかったか?」
「ううん、とっても美味しいわ。さすが、宮廷料理人が作るお菓子ね」
甘い物は何でも好きなルビーだが、特に『サクッ』とした食感のお菓子が好みだ。
しかし、それをカズキにしっかり把握されていたとは……先ほど、彼は用事を終えて帰ってきたのだとぬか喜びしたルビーは、嬉しいような悲しいような複雑な心境だった。
「あと、食べきれないくらい沢山お菓子をもらったから、また皆で分けて食べてくれ」
そう言いながら、カズキがテーブルに積み上げたお菓子の箱は全部で十ほどある。
珍しい他国のお土産を一つ一つ手に取っていたルビーは、カードが挟まっていることに気付く。
「カズキ、箱に紙が挟んであるけど、何か書いてあるみたいよ?」
「なんて書いてあるんだ?」
「私が見てもいいの?」
「うん」
カズキは食事に忙しく、自分で確認する気はさらさらないようだ。
喜んで食べてくれるのは嬉しいけど…苦笑しつつ、ルビーはカードに目を通す。
「えっと…『今晩、部屋でお待ちしております。マリルージュ』って書いてあるわ」
「ゴホッ!!」
「『マリルージュ』って、どなた?」
明らかに、女性とわかる名。
そして、カードに滲みこませた香水の匂い。
今夜がお披露目パーティーだったことは聞いたが、その女性と一緒にいるカズキの姿を想像し、ルビーは胸が苦しくなった。
「えっと……誰だっけ? 大勢居すぎて、名前も顔も覚えていないぞ」
「そうなの……」
どうやら、個人的に親しくなったわけではないようだ。
≪ルビー嬢。心配せずとも、父上にはすでに心に決めた相手がおり、求婚の品も贈り済みと周知してある≫
「……えっ?」
「えっと、その……『勇者』とお見合いをしたい人たちが大勢いて、それを断る口実に……」
気まずそうにゴニョゴニョ言う姿は、ルビーの知るいつものカズキ。
きちんと身だしなみを整えられた『勇者』とは、まるで別人だ。
「私は別に構わないわよ。カズキがそれで面倒事から逃れられるのなら、どんどん利用して」
「ありがとう。助かるよ」
たとえ嘘でも、自分をそういう相手に選んでもらえたことが、ただただ嬉しかった。
「ところで……トーラって、ちょっと大きくなった?」
ひと月ぶりだからか、以前よりトーラを重く感じてしまうと言うルビーに、カズキは膝を叩いて笑い出す。
「アハハ! やっぱり、トーラは少し太ったんだな。ケイトさんにお願いして、当分の間はおやつ抜きにしてもらわないと……」
「ケイトさん?」
ケイトとは、勇者付きの侍女のこと。
アンディのことも孫のように可愛がっているとの話に、ルビーはひっそりと胸を撫で下ろす。
女性の名が出るたびにいちいち反応する自分が、ひどく滑稽だった。
◇
朝晩は、多少冷え込みがある季節となってきた。
借り物の上着を汚さないよう脱いでいるカズキのために、ルビーは暖炉をつける。
大型トーラがさっそく暖炉の前を陣取るように寝転がり、カズキもそれに追従。
ルビーがお茶のお替りを持ってきたころには、トーラと共に暖炉の前で熟睡していた。
≪今日は気を遣うことが多くて、父上は疲れたのであろう。すまぬが、もうしばらく寝かせてやってくれぬか?≫
「私はいいけど……すぐにあちらへ戻らなくて、いいの?」
≪このような時間に部屋へやって来る者などおらぬから、問題はあるまい≫
アンディは≪洞窟の様子を見てくる≫と言い残し、出ていった。
残されたルビーはカズキへ毛布をかけ、ランプの灯りを消し、隣に座る。
規則正しい寝息を立てているカズキはピクリとも動かず、パチパチと薪の燃える音だけが部屋に響く。
「カズキ……お疲れさま」
綺麗に梳かしつけられた髪を、ルビーはそっと撫でた。
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