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ミシェル
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「ねえ、あんたも一人旅なのかい?」
隣の寝床から、突然若い声が聞こえた。
「へ?えぇ、そうよ」
なるべく正体を隠したくて、今まで人と接しないようにしてきたけれど、今のは不意打ちだ。
「全くこの雨にはまいっちゃうよね」
「そうよねえ。早く出立したいのに」
「どこに行くんだい?」
おっと、そういえば王都から離れたい一心で、まだ目的地は決めていなかった。
「え~と、バスク?」
「そうかい、ずいぶん遠くまで行くんだね」
「兄さんがいるの、だから」
「へぇ、いいなぁ」
彼女は布団越しではあるが、身を乗り出してくる。
「あなたは?目的地はどこ?」
「あたしもあんたと似たようなものかな?のんびりと色々な所を旅をしているんだ」
「いいなぁ」
別に兄さんの所に行かなくてはいけないなどの縛りはない。もし蓄えが有ったなら、彼女と一緒に気ままな旅もいいだろうな。
それから二人は枕を並べ、たくさんの話をした。
「あたしはねぇ、捨て子だったんだよ。それでも孤児院に引き取られただけ幸運だったんだ。そのまま干からびて死んでいく子だって、かなりいるんだから」
「幸運?捨てられたのに?」
「そうとも。私は今生きていて、楽しい事もあって、おいしい物も食べれた。そりゃあ腹が空く事も多かったけどさ」
寝床が隣り合っただけの仲だったけれど、なぜか親近感を覚えた。
「孤児院のシスターたちも優しかったよ。中には怖い人もいたけれど、あたしはその人のおかげで仕事にもありつけたんだ」
「そっか。私も仕事してるよ。家事もしなければならないから、内職程度しか出来ないけれど」
「家事?そっか家族がいるんだったね。羨ましい」
うん、家計は大変だけど、家族がいて、助け合って、笑いあえるんだ。
私は幸せだと改めて思った。
「あたしは大きなお屋敷の下働きに雇ってもらえたんだよ。旦那様達はお子さんに恵まれなくてね。その分あたしみたいな若い子を雇って、かわいがってくれて、気にかけてもらえたんだ」
「へー、いい人に巡り合えたんだ、良かったね」
「ああ、幸せだったよ」
そういう彼女の微笑みが、少し寂しそうに見えた。
「何かあったの?お屋敷の仕事は辞めちゃったの?」
「実はね…ここがね………」
そういい、彼女は自分の胸を指さす。
「時々スキップするんだよ。それから怠くなったり胸が痛んだり」
「病気なの?お医者さんは?」
「奥様が心配して、私をお医者に見せてくれたよ。そしたらね、あたしの心の臓はポンコツで、もう長くは働いてくれないんだって。奥様はずっとここに居なさいって仰ってくれた」
「それなのになぜ?」
病気なのに、そう言ってくれたのに、どうして今ここにいるの?
「あたしにだって夢ぐらいあったんだよ。世界中を旅してみたいって。ずっとずっと旅をして、楽しい物や綺麗な物を見て回りたいって」
「素敵な夢だね」
「でしょう?でも、今はそれに加えてね、いろいろな人に会いたいって思うんだ。会って、話をして、私の事を”あぁ、あんな子もいたね”って、少しでも、記憶の隅に残したいなって。それから死ぬまでずっと誰かのためになりたいな」
「でも、無理をしたら旅を続けられないよ」
「しないさ、って言うか出来ないな。だけどね、誰かの為って言うのは働くだけじゃないって知ったんだ。愚痴を聞いてあげる、楽しい話をしたり、いい方向に行くように助言をしたり、お祈りするだけでもいいじゃないかって。まぁ自己満足だろうけどね」
「すごいよ……、そうだね、私もあなたの話を聞いて、自分の在り方を考えちゃった」
なんて大きくて儚い夢だろう。
「奥様は私の夢を分かってくれた。そして、退職金だと言ってかなりの額のお金をくれて、送り出してくれたんだ。心残りが有るとしたら、旦那様たちや送り出してくれたみんなが悲しそうな顔をしていた事」
その人達の気持ちがよくわかる。
きっとみんな笑って送り出してあげたいと思っていたはずだ。
しかしそれが出来なかったのは、彼女の事が好きだったからだろう。
「私はあなたに会えて、話をして大好きになった。そして確かにあなたがここに存在した事を知っている。だからあなたの夢は一つ叶ったじゃない。後はもっともっとたくさん叶えられるように長生きして、旅を続けなきゃ」
「ありがとう。そうだね……うん、頑張るよ」
そう言ってから、自分の荷物の中から、少し黄ばんだハンカチを取り出し、私の目元を拭う。
「だって泣いてたから……」
だから私もハンカチを取り出し、
「あなたもね」
そう言い、彼女に手渡した。
「私の名はエレオノーラ。あなたは?」
「あたしはミシェル。シスターが付けてくれたんだ」
嬉しそうにそう言う。
「私たちはまたきっと会える。だからその時まで交換ね」
そう言ってミシェルのハンカチを自分の荷物の中に仕舞った。
「そうだね。ありがとうエレオノーラ」
「おやすみミシェル」
それが二人が最後に交わした言葉だった。
隣の寝床から、突然若い声が聞こえた。
「へ?えぇ、そうよ」
なるべく正体を隠したくて、今まで人と接しないようにしてきたけれど、今のは不意打ちだ。
「全くこの雨にはまいっちゃうよね」
「そうよねえ。早く出立したいのに」
「どこに行くんだい?」
おっと、そういえば王都から離れたい一心で、まだ目的地は決めていなかった。
「え~と、バスク?」
「そうかい、ずいぶん遠くまで行くんだね」
「兄さんがいるの、だから」
「へぇ、いいなぁ」
彼女は布団越しではあるが、身を乗り出してくる。
「あなたは?目的地はどこ?」
「あたしもあんたと似たようなものかな?のんびりと色々な所を旅をしているんだ」
「いいなぁ」
別に兄さんの所に行かなくてはいけないなどの縛りはない。もし蓄えが有ったなら、彼女と一緒に気ままな旅もいいだろうな。
それから二人は枕を並べ、たくさんの話をした。
「あたしはねぇ、捨て子だったんだよ。それでも孤児院に引き取られただけ幸運だったんだ。そのまま干からびて死んでいく子だって、かなりいるんだから」
「幸運?捨てられたのに?」
「そうとも。私は今生きていて、楽しい事もあって、おいしい物も食べれた。そりゃあ腹が空く事も多かったけどさ」
寝床が隣り合っただけの仲だったけれど、なぜか親近感を覚えた。
「孤児院のシスターたちも優しかったよ。中には怖い人もいたけれど、あたしはその人のおかげで仕事にもありつけたんだ」
「そっか。私も仕事してるよ。家事もしなければならないから、内職程度しか出来ないけれど」
「家事?そっか家族がいるんだったね。羨ましい」
うん、家計は大変だけど、家族がいて、助け合って、笑いあえるんだ。
私は幸せだと改めて思った。
「あたしは大きなお屋敷の下働きに雇ってもらえたんだよ。旦那様達はお子さんに恵まれなくてね。その分あたしみたいな若い子を雇って、かわいがってくれて、気にかけてもらえたんだ」
「へー、いい人に巡り合えたんだ、良かったね」
「ああ、幸せだったよ」
そういう彼女の微笑みが、少し寂しそうに見えた。
「何かあったの?お屋敷の仕事は辞めちゃったの?」
「実はね…ここがね………」
そういい、彼女は自分の胸を指さす。
「時々スキップするんだよ。それから怠くなったり胸が痛んだり」
「病気なの?お医者さんは?」
「奥様が心配して、私をお医者に見せてくれたよ。そしたらね、あたしの心の臓はポンコツで、もう長くは働いてくれないんだって。奥様はずっとここに居なさいって仰ってくれた」
「それなのになぜ?」
病気なのに、そう言ってくれたのに、どうして今ここにいるの?
「あたしにだって夢ぐらいあったんだよ。世界中を旅してみたいって。ずっとずっと旅をして、楽しい物や綺麗な物を見て回りたいって」
「素敵な夢だね」
「でしょう?でも、今はそれに加えてね、いろいろな人に会いたいって思うんだ。会って、話をして、私の事を”あぁ、あんな子もいたね”って、少しでも、記憶の隅に残したいなって。それから死ぬまでずっと誰かのためになりたいな」
「でも、無理をしたら旅を続けられないよ」
「しないさ、って言うか出来ないな。だけどね、誰かの為って言うのは働くだけじゃないって知ったんだ。愚痴を聞いてあげる、楽しい話をしたり、いい方向に行くように助言をしたり、お祈りするだけでもいいじゃないかって。まぁ自己満足だろうけどね」
「すごいよ……、そうだね、私もあなたの話を聞いて、自分の在り方を考えちゃった」
なんて大きくて儚い夢だろう。
「奥様は私の夢を分かってくれた。そして、退職金だと言ってかなりの額のお金をくれて、送り出してくれたんだ。心残りが有るとしたら、旦那様たちや送り出してくれたみんなが悲しそうな顔をしていた事」
その人達の気持ちがよくわかる。
きっとみんな笑って送り出してあげたいと思っていたはずだ。
しかしそれが出来なかったのは、彼女の事が好きだったからだろう。
「私はあなたに会えて、話をして大好きになった。そして確かにあなたがここに存在した事を知っている。だからあなたの夢は一つ叶ったじゃない。後はもっともっとたくさん叶えられるように長生きして、旅を続けなきゃ」
「ありがとう。そうだね……うん、頑張るよ」
そう言ってから、自分の荷物の中から、少し黄ばんだハンカチを取り出し、私の目元を拭う。
「だって泣いてたから……」
だから私もハンカチを取り出し、
「あなたもね」
そう言い、彼女に手渡した。
「私の名はエレオノーラ。あなたは?」
「あたしはミシェル。シスターが付けてくれたんだ」
嬉しそうにそう言う。
「私たちはまたきっと会える。だからその時まで交換ね」
そう言ってミシェルのハンカチを自分の荷物の中に仕舞った。
「そうだね。ありがとうエレオノーラ」
「おやすみミシェル」
それが二人が最後に交わした言葉だった。
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