あなたは僕の運命の番 出会えた奇跡に祝福を

羽兎里

文字の大きさ
1 / 74

運命の始まり 僕

しおりを挟む
「どうしてこんな事になっちゃったんだろうな。」

いや、いくら考えても仕方ない事なんだ。
運命の番に抗う事なんて、所詮無駄な事だから。
僕は今、海に続く川の桟橋に係留された、古い小舟の上に座り込んでいた。
林の影になり、ひっそりと人目に着かない此処は、偶然見つけた僕達だけの秘密の場所。
でも、もうここを覚えているのは僕だけだろうな。

やり切れなくなった時は、決まって此処に隠れ、
その気持ちをやり過ごすようになったのは、一体幾つの頃からだろう。


今朝、家を出た時はとても幸せな気持ちだった。
優秀なαの兄弟といつも比べられていたΩの僕。
αの父様にも厄介者だと言われていたけど、そんな僕でもようやく家の役に立つ時が来たんだ。
αであるマティアス様は、僕を気に入ってくれた。
たとえ政略結婚の相手としての僕でもいいと言ってくれた。
たとえ運命の番でなくてもいいと。
だから僕もその手を取った。
違う、取らせてもらったんだ。
それから何度も一緒に出掛け、体を求められたこともあった。
ただ、僕の覚悟が出来ていなくて、どうしても怖くて、受け入れられなかった。
でも、マティアス様は待つと言ってくれた。

「限度は初夜だよ。」

そう言って笑ってくれた。
とてもやさしい人だった。

「反って良かったのかもしれない。」

そう思う事にしよう。せめてもの救いに。


「今日は寝室に飾る絵を探しに行こうか?」

式まであと1月と少し、時々デートを兼ねて僕を町に誘い出してくれるマティアス様。
しかし、1軒の画廊の入り口を入った途端、様子が変わった。
落ち着きを無くし、きょろきょろと何かを探しているようだ。

「どうかなさったんですか?」

そう尋ねたが、僕の言葉など耳に入っていないようだった。
やがて、少し離れた所でこちらを見つめている少年を見た途端、マティアス様は駆けだした。

「あぁ、そうか……。」

その時僕は悟ってしまった。
”出会ってしまったんだ”
やがて二人はしっかりと抱き合う。
誰も入り込めないほどに。
僕はただそれを見ている事しかできなかった。
でも、幾らそこに僕がいても、もう僕に戻る場所は無いと分かっていた。

「帰ろう。」

この先、マティアス様には僕は必要ないのだから。
その後、どうやってこの場所に来たのか、よく覚えていない。

「どうしたらいいのかな。」

また元の、役立たずの僕に戻るだけなんだけど。
家族にはなんて説明すればいいのだろう。
マティアス様は、いつかは僕の事を少しでも思い出してくれるだろうか?
その時、どう思ってくれるだろう?
やめよう、いくら考えたところで元に戻る訳でもない。



小舟に掛けられていた古い幌に潜り込み、いつの間にか眠り込んでいたらしい僕は、
激しい衝撃で目が覚めた。

「えっ!?」

僕は慌てて幌から這い出した。
驚いた事に、いつの間にかあたりは真っ暗になっていた。
でもそれだけではなかった。

「海……?」

係留されていたはずの小舟はいつの間にか、流されていたようだ。
ぐるりと見渡しても陸地や、その明かりは見えない。
悪い事は重なるのか、天候も悪くなる様子だ。
波は高くなり、今にも雨が降り出しそうな鈍い空。

「は…、ははは………。」

なんて日だろう。
とにかく雨が降る前に備えなくちゃ。
僕は揺れる船の上で幌を広げ、なるべく船を濡れないようにした。
手探りで、荷物を引っ張り出し、幌がとばされないように重石にした。
その後僕は幌の下に潜り込み、見つけたロープを体に縛り付け、船底に固定した。

どれぐらい時間が経っただろう。
ようやく荒れ狂う揺れは収まり、幌の隙間から光が差し込みだした。
僕は体のロープをほどき、日の光の下に這い出す。

「いたた…。」

あちこち傷や打ち身で痛い。

「よく船がひっくり返らなかったな……。」

天気は昨日の嵐が嘘のように晴れ渡っている。

「ばかみたい、たかだか数日生き永らえただけなのかもしれないのに。」

あの嵐で死んでしまった方が楽だったかも知れないのに。
幌に溜まっている雨水を見て、飲み水の事を考えた。

「器になるようなものは無いかな。」

幌の水をこぼさないように注意しながら船の中を探索するが、入れ物になるような物は無かった。
代わりに見つけたものは、ワインが2本、水が1ケース、ナイフ、硬くなったチーズ一塊。
これが尽きる前に見つけてもらえるかなぁ。多分無理だと思うけど。
とにかく、水が蒸発しないように幌を折り畳む。
傷む前に、この雨水から飲むようにしよう。



あれから何日経ったんだろう。
5日目までは覚えている。
大事に飲んでいた幌の水は、藻が生え始めて慌てて飲みつくした。
それがいけなかったのだろう。
1日以上お腹をこわして苦しんだ。
それから何とか立ち直った僕は、ロープをうまく渡して、幌を風通しのいいテントのように張り、
その下でじっと動かず過ごした。
硬いチーズをかじりながら、何とか瓶の蓋を開け、水を少しづつ飲む。
ワインは体が受け付けなかった。
しかし、大事に飲んだ水も3日前に尽きた。

今、僕の唇は干からび、カサカサになっている。
指1本動かすのもおっくうだ。
それでもまだ生きている。

「神様って残酷だな。」

これが僕の人生だったんだ。
僕は前世で何か悪い事でもしたのかな。
それとも今度生まれ変わったら、今までの分まで幸せになれるのかな。

「もう‥終わりにしてもいいですか?」

もし、僕が自ら命を絶ったと知ったら、やさしいマティアス様はきっと心を痛めるだろう。
家族にも迷惑をかけるかもしれない。
僕は自分の身元を証明するものを身に付けていないか考えてみた。
Ωの僕は、家紋の入ったボタンの服など着せてもらえなかった。
ましてや縫い取りなど無い、何処にでも売っている既製品の服だ。
ただ一つ僕だと分るものとしたら、マティアス様から婚約の印としていただいたこの指輪だけ。
僕は左の薬指からその指輪を引き抜き、指につまむと、怠い腕を持ち上げ、
船縁から腕を差し出して、そっとそれを海に落とした。
ポチャンッと音を立てて海の中を落ちていく指輪。

「さよなら。」

それから僕は脇に置いてあったナイフを手繰り寄せ、握りしめる。
その刃を手首に当て力を込めた。



ふと、遠くで声がする。

聞き取れないほどかすかな声が。

誰?

迎えに来てくれたの?

でもね、もう疲れちゃったんだ。

ごめんね。

でも、ありがとう。

あぁ、また…、雨が、降ってきたの…かな……?
暖かいしずくが落ちてくる。


何だろう…?
徐々に僕の口の中を、まるで甘露のようなものが広がっていく。
それはやがて、泉のように僕の渇きを満たし、潤っていく。
それをこくんと飲み込むと、不思議と力が湧いた。

うっすらと目を開けると、そこにはとても美しい男の人が、涙を流しながら僕を見つめている。
あなたを泣かしたのは誰?僕?
駄目だよ、あなたは僕なんかで泣いてはいけないんだ。
僕はあなたの涙を止めてあげたい。
お願い

「な…かな……いで…。」

僕の覚えているのはここまで、後はまた、暗闇に落ちてしまったから。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。 発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。 そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。 第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

うそつきΩのとりかえ話譚

沖弉 えぬ
BL
療養を終えた王子が都に帰還するのに合わせて開催される「番候補戦」。王子は国の将来を担うのに相応しいアルファであり番といえば当然オメガであるが、貧乏一家の財政難を救うべく、18歳のトキはアルファでありながらオメガのフリをして王子の「番候補戦」に参加する事を決める。一方王子にはとある秘密があって……。雪の積もった日に出会った紅梅色の髪の青年と都で再会を果たしたトキは、彼の助けもあってオメガたちによる候補戦に身を投じる。 舞台は和風×中華風の国セイシンで織りなす、同い年の青年たちによる旅と恋の話です。

運命だなんて言うのなら

riiko
BL
気が付いたら男に組み敷かれていた。 「番、運命、オメガ」意味のわからない単語を話す男を前に、自分がいったいどこの誰なのか何一つ思い出せなかった。 ここは、男女の他に三つの性が存在する世界。 常識がまったく違う世界観に戸惑うも、愛情を与えてくれる男と一緒に過ごし愛をはぐくむ。この環境を素直に受け入れてきた時、過去におこした過ちを思い出し……。 ☆記憶喪失オメガバース☆ 主人公はオメガバースの世界を知らない(記憶がない)ので、物語の中で説明も入ります。オメガバース初心者の方でもご安心くださいませ。 運命をみつけたアルファ×記憶をなくしたオメガ 性描写が入るシーンは ※マークをタイトルにつけますのでご注意くださいませ。 物語、お楽しみいただけたら幸いです。

【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話

降魔 鬼灯
BL
 ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。  両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。  しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。  コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。  

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました! 最終17位でした!応援ありがとうございます! あらすじ 魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

Ωの不幸は蜜の味

grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。 Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。 そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。 何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。 6千文字程度のショートショート。 思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。

処理中です...