【完結】無関心アルファと偽りの番関係を結んだら、抱かれないうちに壊れ始めました

紬木莉音

文字の大きさ
5 / 75
第1章

5

しおりを挟む
 しかしそう簡単にはうまくいくことはなかった。
 最初に処方された抑制剤は弱かったせいか全く効かず、次に処方されたものは体質に合わずに高熱が出てしまい、結局三つ目に処方された薬と付き合っていくことになった。

 『オメリド』と呼ばれるこの薬は、抑制剤の中でも最も強いもので、対アルファに対する効果は覿面。これを服用している限り、未紘は再び平穏な日々を送ることが叶う。
 ただ一つ問題点があるとすれば、オメリドは副作用がとんでもなく強かった。

「未紘~大丈夫かよ。移動するぞ~」

 大教室で机に突っ伏して寝ていたところ、身体を揺さぶられてゆっくりと顔を上げた。
 いつのまにか講義は終わっていたらしい。頭が鈍器で殴られているみたいにガンガンと痛んで、目の前がモヤがかかったみたいに白く霞んでいるせいで、前方のスクリーンに何が映っているのかが全く見えない。

「う……なんか目の前が点滅してんだけど……」
「こりゃ重症だ」
「てかなんで抑制剤なんか飲んでるの? 番持ちなのに」
「俺も知らん」
「無理吐く……っ!」

 友人達が話すのを横目に、口元を抑えながらトイレに向かって勢いよく駆け出す。
 なんとか間に合って胃の中のものを全部吐き出した後に、便器に顔を突っ込んだまま意識を失いかけた。
 
(……こんなの飲み続けたら、じわじわ弱ってそのうち死んじまう)

 狭い個室トイレの中で、最後の望みが潰える音が聞こえた。それと同時に今この瞬間に、未紘はとある決意を胸に固めた。



 夜になると未紘は、神妙な面持ちで|藤城の部屋の前に立っていた。コンコン、と扉をノックすると、中からどーぞ、と間延びした声が返ってきた。

 この部屋の扉を開くのは初めてだ。開けると、室内が思っていたよりも殺風景なことに驚いた。
 未紘の部屋よりも広々としている割には、ベッドと本棚、ソファーにチェストと、必要最低限のものしか置かれていない。

「珍し。なんか用?」

 藤城はソファーに寝転んで本を読んでいるようだった。未紘が入ってきても起き上がる素振りすら見せない。

「そういえば今日のシチュー美味かったよ。でも野菜はもっと細かい方が好きかも。ごろごろしてんの食いにくいじゃん」
「……あのさ」
「うん、なに?」

 彼がぱらぱらとページを捲る音だけが静かな空間に響く。覚悟を決めてやってきたはずなのに、続く言葉を口にするのはやっぱり気が引ける。
 それでももう、これ以外に選択肢が残されていない。
 未紘はすうっと息を吸い込んでから、蚊の鳴くような声で言った。

「………………抱いてくれないすか」

 人生で一番屈辱的かつ恥辱的な瞬間かもしれない。
 知らず知らずのうちに視線が下がっていく。室内はあっという間に重苦しい沈黙に包まれた。
 
「やば、耳悪くなったかも。変な風に聞こえた。ごめんもう一回言ってくんない?」
「抱いてほしい」
「うわマジか、間違ってねえじゃん…………はあ」

 とてつもなく大きなため息が聞こえたと思ったら、ようやく藤城は本を閉じてくれた。
 のっそりと身体を起こして、長い足をソファーに投げ出したまま、不機嫌そうに未紘を見る。

「俺らのルール、三つ挙げてみ」
「一緒に生活すること、発情期が来たらすぐに知らせること、互いに必要以上に干渉しないこと」
「その"必要"におまえを抱くことは入ると思う?」
「……入らねー、けど、抱いてくれなきゃ困る」

 じゃないと抑制剤の副作用で散々苦しんだ挙句死ぬか、道端でどこぞのアルファに強姦されて社会的に死ぬ。

 その二つに比べたら、たった一度この男に抱かれるのに耐える方がまだマシだと、未紘は理性的に判断した。

「おまえさ、そんな顔すれば俺が首を縦に振ると思った?」

 自分は一体どんな顔をしていたのだろう。ばつが悪い気持ちになりながら彼を見ると、心底面倒臭そうな顔をしていた。

「絶対無理。最初に言ったけど俺は反吐が出るほどオメガが嫌いなの。オメガを抱くぐらいならネズミと交尾した方がマシ」
「じゃあ俺のことネズミだと思えばいいだろ」
「どう見ても人間だろうが」
「ってかオメガオメガって、人のことバース性で見てんじゃねーよ。失礼だろ」

 この二年半、オメガとしての役割を要求されたことは一度もなかったから、てっきり自分のことを対等に見てくれているのだと思い上がっていた。

 だけどそれは必要最低限の関わり方しかしてこなかったからなのだろう。
 この男の価値観は出会った頃から何一つアップデートされていない。
 未紘が相も変わらず、オメガとしての自分を受け入れられないのと同じように。



しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

捨てられΩの癒やしの薬草、呪いで苦しむ最強騎士団長を救ったら、いつの間にか胃袋も心も掴んで番にされていました

水凪しおん
BL
孤独と絶望を癒やす、運命の愛の物語。 人里離れた森の奥、青年アレンは不思議な「浄化の力」を持ち、薬草を育てながらひっそりと暮らしていた。その力を気味悪がられ、人を避けるように生きてきた彼の前に、ある嵐の夜、血まみれの男が現れる。 男の名はカイゼル。「黒き猛虎」と敵国から恐れられる、無敗の騎士団長。しかし彼は、戦場で受けた呪いにより、αの本能を制御できず、狂おしい発作に身を焼かれていた。 記憶を失ったふりをしてアレンの元に留まるカイゼル。アレンの作る薬草茶が、野菜スープが、そして彼自身の存在が、カイゼルの荒れ狂う魂を鎮めていく唯一の癒やしだと気づいた時、その想いは激しい執着と独占欲へ変わる。 「お前がいなければ、俺は正気を保てない」 やがて明かされる真実、迫りくる呪いの脅威。臆病だった青年は、愛する人を救うため、その身に宿る力のすべてを捧げることを決意する。 呪いが解けた時、二人は真の番となる。孤独だった魂が寄り添い、狂おしいほどの愛を注ぎ合う、ファンタジック・ラブストーリー。

学内一のイケメンアルファとグループワークで一緒になったら溺愛されて嫁認定されました

こたま
BL
大学生の大野夏樹(なつき)は無自覚可愛い系オメガである。最近流行りのアクティブラーニング型講義でランダムに組まされたグループワーク。学内一のイケメンで優良物件と有名なアルファの金沢颯介(そうすけ)と一緒のグループになったら…。アルファ×オメガの溺愛BLです。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。

陽七 葵
BL
 主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。  しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。  蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。  だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。  そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。  そこから物語は始まるのだが——。  実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。  素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。

処理中です...