【完結】無関心アルファと偽りの番関係を結んだら、抱かれないうちに壊れ始めました

紬木莉音

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第1章

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「和田くん、レジ入れる?」
「はーい」

 店長に声を掛けられて、品出しをする手を止めてレジへと向かった。
 昼間は大学に行き、夜間は自宅から一番近いところにあるコンビニでアルバイトをする、二年も経てばそんなルーティンにもすっかり慣れた。

「袋いりますかー?」
「……」
「? あの、どうかしました?」

 レジカウンターの中に入り商品を打ち込んでいると、対面に立つ客の様子がおかしいことに気が付いた。
 三十代ぐらいの爽やかそうな見た目の男性で、未紘の手元にある商品ではなく何故か未紘自身のことを凝視している。
 舐め回すみたいにねっとりとした視線に、ぞくっとした。久しぶりに感じる本能的な恐怖だった。

「……っ、ちょ、何す……っ」

 男は唐突に未紘の手首を掴むと、ぐっと自分の方に物凄い力で引き寄せた。
 鼻と鼻がくっつきそうなぐらいに顔を近付けられて、反射的に軽く仰け反る。
 嫌悪感に顔が引き攣る未紘の手を強く握りながら、男は目を見開いたまま興奮したように捲し立てる。

「きみ、オメガだよね? 店に入ってきたときからずーっと甘い匂いがするなって思ってたんだ」
「……っ!」

 どうして。最初に抱いたのはそんな疑問だった。
 未紘に近付くための口実として、この男が嘘を吐いているのだろうか。
 一瞬そんなことも考えたが、すぐにそれが嘘ではないと悟った。常軌を逸したこの様子には既視感がある。
 高校の卒業式の日。あの日未紘が襲われそうになったアルファも、こんな様子だった。

(でも、あの頃とは状況が違う。番がいる俺の匂いなんて、他人にはわからないはずなのに──)


「──何してるんですか!」

 抵抗しているとバックヤードから店長が出てきて、はっとした男は慌てたように店を出て行った。
 開いたままの自動ドアを呆気に取られたまま見つめ続ける。
 和田くん、と何度も声を掛けられてようやく、未紘は正気に返った。

「大丈夫? 何もされてない?」
「……店長、俺、なんか匂いますか……?」
「え……? 特に何も……俺、ベータだしな」

 店長は困ったように顎に手を当てた後に、あれ、と声を漏らした。

「っていうか、和田くんには番がいるはずじゃない?」
「そうなん、すよね……」

 番を持つオメガのフェロモンは、番であるアルファにしかわからない。

 そのはずなのにどうして、あの男には未紘のフェロモンがわかったのだろう。

 赤くなってヒリヒリと痛む手首を押さえながら、喉に小骨が刺さったような違和感がしばらく胸から消えなかった。



 あれはきっと何かの間違いだったのだろう。
 次の日にはすっかり男の手形で紫色に染まってしまった手首の痣を見るたびに、未紘はあの出来事をそんな風に解釈することにした。

 しかしその日を皮切りに、同じようなことが度々起きることになる。

 ある時は電車の中で痴漢をされたり、ある時はキャンパス内で見知らぬ男に空き教室に連れ込まれそうになり、ある時はスーパーでの買い物中に突然抱き着かれたり。

 そういったことが何度も続くうちに、これは偶然なんかじゃないと疑惑は確信に変わっていった。
 

 自分の身体に何かが起きている。


 だって番じゃない相手にフェロモンを感じ取られるなんて、そんなの聞いたこともない。
 連日の出来事に疲弊し始めた未紘は、大学からの帰りにバース外来を訪れることにした。

「ああ~……ものすご~く稀にあるんだよねえ、それ」

 診察室で一通り症状を話し終えたところ、顎に長い白髭を生やした医者が難しい顔をして唸り始めた。

「してないでしょ、もう長いこと」
「何をですか?」
「セックス」

 言葉を選ばない明け透けな物言いに、未紘は思わずその場で噎せてしまった。
 長いことどころか、生まれてこの方誰とも性行為をしたことがないのは事実だ。
 未紘は真っ赤に顔を染めたまま、動揺を隠すように姿勢を正した。

「セッ……えっ、なに言ってんすか」
「初々しいねえ、その反応は当たりかな?」
「いや……セクハラで訴えますよ」
「違う違う、そうじゃなくて──」

 医者はゴホンと一つ咳払いをしてから、真面目な顔をして言葉を続ける。

「あのね、オメガがどうしてフェロモンを出すのか知ってる?」
「……アルファを誘惑するためっすよね」
「まあそうだね。それってそもそも、繁殖を促すためのものなんだよね。発情期だってそうでしょ、オメガの身体は全て子孫を残すために都合よく作られている」
「なにが言いたいんすか」

 自分を馬鹿にされたような気になってむっとする未紘を、医者はまあまあ、と両手を上げて宥めた。

「だからね、せっかく番という相手がいるのに性行為を長い間行わないと、身体が次の番を求めて勝手にフェロモンを撒き散らしちゃうってわけ」
「…………はあ?」

 素っ頓狂な声をあげながら、未紘は目を丸くして固まってしまった。
 つまりは一連の出来事は全部フェロモンの誤作動で、自分の身体は番に抱かれていないせいでおかしくなっているということか。
 
「ってことは、治すには……」
「じゃんじゃんセックスするしかないね」

 未紘は絶望のあまり、とうとう頭を抱えてしまった。
 番とセックスだと?
 あのオメガ嫌いの藤城と?
 
(死んでも嫌だし、ぜっったい無理だ……!)

 しばらく悩んだ挙句、フェロモンの放出を止める抑制剤を処方してもらって、数日様子を見ることになった。



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