16 / 78
第3章
16
しおりを挟む
「そっち終わった?」
「終わるわけねーだろ……」
「顔ヤバ」
「三徹目だぞ」
「エナドリ足せよ」
男しかいない研究室の中は、じめっとした空気に包まれている。ずっと腰掛けていた椅子からよろよろと立ち上がった未紘は、がらっと勢いよく窓を開け放った。
いつのまにか日は暮れていたらしい。眼下にはオレンジ色のライトで照らされたキャンパスの様子が広がっている。
サークル活動をしている学生達が、ガラス張りの壁に向かってダンスの練習をしているのが見えた。
「うわー青春だ……心えぐられる。片や俺らは研究室に缶詰状態で三日目……」
「ばか未紘おまえ、見るんじゃねえ! 飛んで火に入る……なんだっけ、そんな感じのことすんな」
「飛んで火に入る夏の虫だろ、それ絶対意味ちげえって。雰囲気で喋んじゃねえよ、かっこつけやがって」
「いだっ、叩くことねえだろ! 馬鹿にしやがって~~」
軽く肩を小突いただけなのに、友人は大袈裟に痛がる素振りを見せている。それに付き合う気力すらなくて、未紘は一瞥してから無言で席に戻った。
年に数回行われる、ゼミの合同発表会。数日後に迫ったそれに向けてラストスパートをかけるため、大学の研究室に寝泊まりをするのは、未紘達にとっては恒例行事だった。
「あー……だっる。こういうときに可愛い彼女が差し入れとか持ってきてくれたら頑張れるのにな」
「やめろばか、余計に虚しくなってHP削られんだろが」
「おまえらつまんねーことばっか言ってないで手ぇ動かせや」
無駄口を叩き始めた友人達を睨み付けると、そのうちの一人がニヤニヤとした視線を向けてきた。
「いいなあ未紘は、愛しの番がいるんだもんなあ」
「は?」
どうやら作業に飽きた彼らの興味は未紘に移ったらしい。
揶揄うような視線をいくつも感じ、嫌な予感に眉をひそめる。
「番になったの高三んときだっけ?」
「まじかやば、十八で将来の相手決めるの漢気ありすぎだろ!」
「俺絶対ムリ、もっと遊びたいし」
その後は品のない質問が飛び交い始めて、未紘は深く嘆息を漏らした。
LGBTの受容と同じように、最近はオメガを題材にした映画や漫画などの作品も若者を中心に流行っていることから、オメガに対する世間の目もだいぶ寛容になってきたように思う。
自らがオメガだとなるべく知られたくなかった未紘だが、ふとした瞬間に項につけられた咬み後を見られ周囲に広まってしまった。
一部の人には心ない噂話を囁かれたこともあったが、受け入れてくれる友人の方が圧倒的に多い。
「ってか相手寂しがってんじゃね? おまえこんなとこにいていいのかよ」
「いいもなにも、何も気にしてねーよあっちは」
ため息混じりに言いながら、藤城の顔をぼんやりと思い出した。
前にも何日か家を空けたことはあったが、彼が寂しがるような素振りを見せたことは一度もない。
そもそも『互いに干渉しないこと』がルールの番関係なのだから、むしろ未紘がいなくて快適に過ごしているのかもしれない。
それでも最近はなんとなく心を開いてくれているような気がするのは、思い上がりすぎだろうか。
たまに名前を呼んでくれるようにもなったし、昨日は二人で初めて食卓を囲んでしまった。
「恥ずかしがっちゃって~。俺らベータからしたら運命の番~とか羨ましすぎて禿げそうなんだけど」
「るせー、勝手に禿げてろ」
「つめてーなあ」
今までは会わなくたってなんとも思わなかったのに、なんだか今日は無性に思い出してしまう。
未紘を見るあの気怠げな瞳とか、形のいい唇から発せられる意外と毒舌な言葉とか──疲れているせいかくっきりと脳内で思い描いてしまって、胸の内がざわざわし始める。
「なあなんかイケメンサラリーマンが校舎の前に立ってんだけど」
「……イケメンサラリーマン?」
いつのまにか窓際で外を眺めていたらしい友人の一人が何気なく放った一言に、未紘は大袈裟に反応した。
今現在脳内に浮かべていた人物とイメージが合致する。
(いや、まさかそんなわけねーけど……)
一応な、と誰にするわけでもない言い訳を心の中で呟きながら席を立ち、再び窓から顔を出す。
何気なく辺りを見渡すと、すぐにある一点に目を惹かれた。
「……っ、はあ!?」
声を荒げずにはいられなかった。キャンパス内で一際注目を集めている、スーツ姿の金髪の男を目にしてしまったから。
「終わるわけねーだろ……」
「顔ヤバ」
「三徹目だぞ」
「エナドリ足せよ」
男しかいない研究室の中は、じめっとした空気に包まれている。ずっと腰掛けていた椅子からよろよろと立ち上がった未紘は、がらっと勢いよく窓を開け放った。
いつのまにか日は暮れていたらしい。眼下にはオレンジ色のライトで照らされたキャンパスの様子が広がっている。
サークル活動をしている学生達が、ガラス張りの壁に向かってダンスの練習をしているのが見えた。
「うわー青春だ……心えぐられる。片や俺らは研究室に缶詰状態で三日目……」
「ばか未紘おまえ、見るんじゃねえ! 飛んで火に入る……なんだっけ、そんな感じのことすんな」
「飛んで火に入る夏の虫だろ、それ絶対意味ちげえって。雰囲気で喋んじゃねえよ、かっこつけやがって」
「いだっ、叩くことねえだろ! 馬鹿にしやがって~~」
軽く肩を小突いただけなのに、友人は大袈裟に痛がる素振りを見せている。それに付き合う気力すらなくて、未紘は一瞥してから無言で席に戻った。
年に数回行われる、ゼミの合同発表会。数日後に迫ったそれに向けてラストスパートをかけるため、大学の研究室に寝泊まりをするのは、未紘達にとっては恒例行事だった。
「あー……だっる。こういうときに可愛い彼女が差し入れとか持ってきてくれたら頑張れるのにな」
「やめろばか、余計に虚しくなってHP削られんだろが」
「おまえらつまんねーことばっか言ってないで手ぇ動かせや」
無駄口を叩き始めた友人達を睨み付けると、そのうちの一人がニヤニヤとした視線を向けてきた。
「いいなあ未紘は、愛しの番がいるんだもんなあ」
「は?」
どうやら作業に飽きた彼らの興味は未紘に移ったらしい。
揶揄うような視線をいくつも感じ、嫌な予感に眉をひそめる。
「番になったの高三んときだっけ?」
「まじかやば、十八で将来の相手決めるの漢気ありすぎだろ!」
「俺絶対ムリ、もっと遊びたいし」
その後は品のない質問が飛び交い始めて、未紘は深く嘆息を漏らした。
LGBTの受容と同じように、最近はオメガを題材にした映画や漫画などの作品も若者を中心に流行っていることから、オメガに対する世間の目もだいぶ寛容になってきたように思う。
自らがオメガだとなるべく知られたくなかった未紘だが、ふとした瞬間に項につけられた咬み後を見られ周囲に広まってしまった。
一部の人には心ない噂話を囁かれたこともあったが、受け入れてくれる友人の方が圧倒的に多い。
「ってか相手寂しがってんじゃね? おまえこんなとこにいていいのかよ」
「いいもなにも、何も気にしてねーよあっちは」
ため息混じりに言いながら、藤城の顔をぼんやりと思い出した。
前にも何日か家を空けたことはあったが、彼が寂しがるような素振りを見せたことは一度もない。
そもそも『互いに干渉しないこと』がルールの番関係なのだから、むしろ未紘がいなくて快適に過ごしているのかもしれない。
それでも最近はなんとなく心を開いてくれているような気がするのは、思い上がりすぎだろうか。
たまに名前を呼んでくれるようにもなったし、昨日は二人で初めて食卓を囲んでしまった。
「恥ずかしがっちゃって~。俺らベータからしたら運命の番~とか羨ましすぎて禿げそうなんだけど」
「るせー、勝手に禿げてろ」
「つめてーなあ」
今までは会わなくたってなんとも思わなかったのに、なんだか今日は無性に思い出してしまう。
未紘を見るあの気怠げな瞳とか、形のいい唇から発せられる意外と毒舌な言葉とか──疲れているせいかくっきりと脳内で思い描いてしまって、胸の内がざわざわし始める。
「なあなんかイケメンサラリーマンが校舎の前に立ってんだけど」
「……イケメンサラリーマン?」
いつのまにか窓際で外を眺めていたらしい友人の一人が何気なく放った一言に、未紘は大袈裟に反応した。
今現在脳内に浮かべていた人物とイメージが合致する。
(いや、まさかそんなわけねーけど……)
一応な、と誰にするわけでもない言い訳を心の中で呟きながら席を立ち、再び窓から顔を出す。
何気なく辺りを見渡すと、すぐにある一点に目を惹かれた。
「……っ、はあ!?」
声を荒げずにはいられなかった。キャンパス内で一際注目を集めている、スーツ姿の金髪の男を目にしてしまったから。
794
あなたにおすすめの小説
【本編完結】才色兼備の幼馴染♂に振り回されるくらいなら、いっそ赤い糸で縛って欲しい。
ホマレ
BL
才色兼備で『氷の王子』と呼ばれる幼なじみ、藍と俺は気づけばいつも一緒にいた。
その関係が当たり前すぎて、壊れるなんて思ってなかった——藍が「彼女作ってもいい?」なんて言い出すまでは。
胸の奥がざわつき、藍が他の誰かに取られる想像だけで苦しくなる。
それでも「友達」のままでいられるならと思っていたのに、藍の言葉に行動に振り回されていく。
運命の赤い糸が見えていれば、この関係を紐解けるのに。
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
今からレンタルアルファシステムを利用します
夜鳥すぱり
BL
大学2年の鳴水《なるみ》は、ずっと自分がオメガであることを隠して生きてきた。でも、年々つらくなる発情期にもう一人は耐えられない。恋愛対象は男性だし、男のアルファに会ってみたい。誰でも良いから、定期的に安全に話し相手をしてくれる人が欲しい。でもそんな都合のいい人いなくて、考えあぐねた結果たどり着いた、アプリ、レンタルアルファシステム。安全……だと思う、評価も星5で良いし。うん、じゃ、お問い合わせをしてみるか。なるみは、恐る恐るボタンを押すが───。
◆完結済みです。ありがとうございました。
◆表紙絵を花々緒さんが描いてくださりました。カッコいい雪夜君と、おどおど鳴水くんです。可愛すぎますね!
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
【完結】王宮勤めの騎士でしたが、オメガになったので退職させていただきます
大河
BL
第三王子直属の近衛騎士団に所属していたセリル・グランツは、とある戦いで毒を受け、その影響で第二性がベータからオメガに変質してしまった。
オメガは騎士団に所属してはならないという法に基づき、騎士団を辞めることを決意するセリル。上司である第三王子・レオンハルトにそのことを告げて騎士団を去るが、特に引き留められるようなことはなかった。
地方貴族である実家に戻ったセリルは、オメガになったことで見合い話を受けざるを得ない立場に。見合いに全く乗り気でないセリルの元に、意外な人物から婚約の申し入れが届く。それはかつての上司、レオンハルトからの婚約の申し入れだった──
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる