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第3章
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「──あ、おつかれ」
息を切らしながら走ってきた未紘に気付くと、藤城は呑気にそんな声を掛けてきた。
膝に手を付いてぜえばあと息を荒げながら、必死に声を絞り出す。
「いや、おま、なに、何しにきたんだよ」
「大事な未紘くんが心配になって来ちゃった」
猫を被ったように爽やかな笑顔を浮かべた彼だったが、顔を上げた未紘と目が合うと、堪えきれないといった風に顔を背けて吹き出した。
「っぶは、クマやば。犯罪者の目つきしてるよ。Tシャツもヨレヨレだし、囚人みたい。ウケる」
「……無様な俺を冷やかしにきたんだな?」
「やだなーそんなわけないじゃん。……っあはは、Tシャツのセンスなさすぎだろ、どんぐりって」
「~~っ、うっせえ、俺は忙しいんだよ、帰れアホ!」
何かあったのかと心配して走ってきて損した気分だ。背を向けて大股で歩き出そうとしたその手を、後ろからぎゅっと握り込まれた。
「あーまってまって、差し入れ持ってきたの。はいこれ」
「は……? 藤城が?」
差し出された紙袋には、未紘でも知っている高級洋菓子店の名前が刻まれている。
「その"信じられません"みたいな顔やめてくんない? 俺にも人並みにおまえを思いやる心はあります」
まさか藤城が自分のためにわざわざ差し入れを持ってきてくれるとは──。
困惑より先に嬉しさが込み上げてきて、にやけてしまわないように口元に力を入れた。
「ありがと……」
「じゃあ俺はこれで」
「……っあ、待って」
さっさと帰ろうとする藤城のことを咄嗟に引き留めた理由は、自分でもよくわからない。
ただ、もう少しだけ話していたいと思ってしまった。
「なに?」
「あの、よかったら一緒に飯……食わない? 食堂しかないんだけど、その、せっかく来てくれたんだし」
こんな風にしおらしく誘うなんて、随分と自分らしくない自覚はある。ましてや干渉するなと言われているのに。
縋るように藤城の顔を見上げると物憂げな瞳と視線が絡んで、鼓動が一際強く鳴った。
「いいよ。連れてって」
「……ん、こっち」
イエスをもらえたことが嬉しくて、自然と頬が緩みそうになる。堪えるような表情を隠すように彼の前を歩いた。
*
夜の食堂は昼時の喧騒が嘘のように静まり返っていて、がらんとした室内はいつもより広く見える。
適当な席に着いて、いただきますと手を合わせた。
「懐かしいな~食堂ってこんな感じだったね」
「藤城も大学出てんの?」
「藤城さんな。反社に見えるかもしれないけど、こう見えても大卒です」
「めっちゃ根に持つじゃん」
「そりゃあね」
藤城は注文したカレーライスを大きな口を開けて頬張っている。
その様子をじっと見つめていると、視線に気付いた彼が小首を傾げた。
「昨日も思ったけど、藤城って意外と一口が大きいよな」
「そう? 意識したことなかったかも」
「もっと優雅に食べそうなのに」
「そういうおまえは超早食いだよね。同時に食べ始めたのにもう食い終わってんのやばい」
「あー……癖かも。うち大家族だったから、早く食わないと他の奴らに全部食われるんだよ」
兄や妹弟達の顔を思い出して、懐かしさが胸に込み上げる。
そんなに遠くはないのでたまに実家に顔を出しているし、頻繁に連絡も取り合っているのだが。
「ついてる」
ぼんやりとしていると、不意に藤城の手が口元に伸ばされていた。驚いたせいで身体が強張ってしまう。
つるりとした指が唇の端に残った米粒を掬っていくのが、スローモーションのように感じた。
条件反射みたいに高くなる体温が鬱陶しいし、ばくばくと鳴り始める心臓がうるさい。手が離れていくのと同時に、ぱっと顔を逸らした。
「っ、本当に俺に触っても大丈夫なんだな」
「まあね」
一度離れていった藤城の手は、何故か再び未紘のもとに伸ばされた。そっと首筋をなぞり上げられて、今度は大袈裟に肩を揺らしてしまう。
「……っ、おい、藤城……っ」
「んー?」
「変な風に、触んなっ」
輪郭を確かめるように顎をなぞられて、しつこく首筋を這う。ぞくぞくと変な感覚が背中を走った。
ひんやりとした指の温度が、以前自分の陰茎に触れていたものと同じだと意識した途端に、微かに息が上がり始める。
「……なあ、マジで、もう……っ」
やめろ、と言いかけた声は音に乗ることはなかった。鋭い眼差しに射抜かれて息を呑む。
首筋に添えられている指がそっと後ろに回って、ゆっくりと未紘の項をなぞりあげた。
「……っはは、涙目になっちゃって。そんなに簡単に触らせて大丈夫?」
藤城の声にハッとして我に返る。クツクツと肩を震わせて笑う彼を見て、かあっと顔が赤く染まった。
「おまえ……っ! こんなとこで揶揄うなんて最悪だからな、誰かに見られたらどうすんだ!」
「ごめんごめん、そんなに敏感だとは思わなくて」
「俺のせいにすんな変態!」
「え? 首触られただけで感じちゃう方が変態だろ」
すっかりいつもの調子に戻った彼に威嚇するように捲し立てながらも、まだ心臓は激しく鳴り響いていた。
(なんだよあの顔……調子狂う……)
いつもはすました顔をしているくせに、急に真剣な顔をするなんて卑怯だ。
まるで自分の咬み痕を確認するかのようになぞりあげられた項は、じわじわと熱を帯びている。
息を切らしながら走ってきた未紘に気付くと、藤城は呑気にそんな声を掛けてきた。
膝に手を付いてぜえばあと息を荒げながら、必死に声を絞り出す。
「いや、おま、なに、何しにきたんだよ」
「大事な未紘くんが心配になって来ちゃった」
猫を被ったように爽やかな笑顔を浮かべた彼だったが、顔を上げた未紘と目が合うと、堪えきれないといった風に顔を背けて吹き出した。
「っぶは、クマやば。犯罪者の目つきしてるよ。Tシャツもヨレヨレだし、囚人みたい。ウケる」
「……無様な俺を冷やかしにきたんだな?」
「やだなーそんなわけないじゃん。……っあはは、Tシャツのセンスなさすぎだろ、どんぐりって」
「~~っ、うっせえ、俺は忙しいんだよ、帰れアホ!」
何かあったのかと心配して走ってきて損した気分だ。背を向けて大股で歩き出そうとしたその手を、後ろからぎゅっと握り込まれた。
「あーまってまって、差し入れ持ってきたの。はいこれ」
「は……? 藤城が?」
差し出された紙袋には、未紘でも知っている高級洋菓子店の名前が刻まれている。
「その"信じられません"みたいな顔やめてくんない? 俺にも人並みにおまえを思いやる心はあります」
まさか藤城が自分のためにわざわざ差し入れを持ってきてくれるとは──。
困惑より先に嬉しさが込み上げてきて、にやけてしまわないように口元に力を入れた。
「ありがと……」
「じゃあ俺はこれで」
「……っあ、待って」
さっさと帰ろうとする藤城のことを咄嗟に引き留めた理由は、自分でもよくわからない。
ただ、もう少しだけ話していたいと思ってしまった。
「なに?」
「あの、よかったら一緒に飯……食わない? 食堂しかないんだけど、その、せっかく来てくれたんだし」
こんな風にしおらしく誘うなんて、随分と自分らしくない自覚はある。ましてや干渉するなと言われているのに。
縋るように藤城の顔を見上げると物憂げな瞳と視線が絡んで、鼓動が一際強く鳴った。
「いいよ。連れてって」
「……ん、こっち」
イエスをもらえたことが嬉しくて、自然と頬が緩みそうになる。堪えるような表情を隠すように彼の前を歩いた。
*
夜の食堂は昼時の喧騒が嘘のように静まり返っていて、がらんとした室内はいつもより広く見える。
適当な席に着いて、いただきますと手を合わせた。
「懐かしいな~食堂ってこんな感じだったね」
「藤城も大学出てんの?」
「藤城さんな。反社に見えるかもしれないけど、こう見えても大卒です」
「めっちゃ根に持つじゃん」
「そりゃあね」
藤城は注文したカレーライスを大きな口を開けて頬張っている。
その様子をじっと見つめていると、視線に気付いた彼が小首を傾げた。
「昨日も思ったけど、藤城って意外と一口が大きいよな」
「そう? 意識したことなかったかも」
「もっと優雅に食べそうなのに」
「そういうおまえは超早食いだよね。同時に食べ始めたのにもう食い終わってんのやばい」
「あー……癖かも。うち大家族だったから、早く食わないと他の奴らに全部食われるんだよ」
兄や妹弟達の顔を思い出して、懐かしさが胸に込み上げる。
そんなに遠くはないのでたまに実家に顔を出しているし、頻繁に連絡も取り合っているのだが。
「ついてる」
ぼんやりとしていると、不意に藤城の手が口元に伸ばされていた。驚いたせいで身体が強張ってしまう。
つるりとした指が唇の端に残った米粒を掬っていくのが、スローモーションのように感じた。
条件反射みたいに高くなる体温が鬱陶しいし、ばくばくと鳴り始める心臓がうるさい。手が離れていくのと同時に、ぱっと顔を逸らした。
「っ、本当に俺に触っても大丈夫なんだな」
「まあね」
一度離れていった藤城の手は、何故か再び未紘のもとに伸ばされた。そっと首筋をなぞり上げられて、今度は大袈裟に肩を揺らしてしまう。
「……っ、おい、藤城……っ」
「んー?」
「変な風に、触んなっ」
輪郭を確かめるように顎をなぞられて、しつこく首筋を這う。ぞくぞくと変な感覚が背中を走った。
ひんやりとした指の温度が、以前自分の陰茎に触れていたものと同じだと意識した途端に、微かに息が上がり始める。
「……なあ、マジで、もう……っ」
やめろ、と言いかけた声は音に乗ることはなかった。鋭い眼差しに射抜かれて息を呑む。
首筋に添えられている指がそっと後ろに回って、ゆっくりと未紘の項をなぞりあげた。
「……っはは、涙目になっちゃって。そんなに簡単に触らせて大丈夫?」
藤城の声にハッとして我に返る。クツクツと肩を震わせて笑う彼を見て、かあっと顔が赤く染まった。
「おまえ……っ! こんなとこで揶揄うなんて最悪だからな、誰かに見られたらどうすんだ!」
「ごめんごめん、そんなに敏感だとは思わなくて」
「俺のせいにすんな変態!」
「え? 首触られただけで感じちゃう方が変態だろ」
すっかりいつもの調子に戻った彼に威嚇するように捲し立てながらも、まだ心臓は激しく鳴り響いていた。
(なんだよあの顔……調子狂う……)
いつもはすました顔をしているくせに、急に真剣な顔をするなんて卑怯だ。
まるで自分の咬み痕を確認するかのようになぞりあげられた項は、じわじわと熱を帯びている。
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