【完結】無関心アルファと偽りの番関係を結んだら、抱かれないうちに壊れ始めました

紬木莉音

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第3章

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「──あ、ちょっと電話。席外すね」

 スマホを耳に当てた藤城が食堂から出ていくのを視線だけで見送りながら、椅子の背もたれに背中を預ける。
 呼吸を落ち着かせようとふーっと息を吐くと、頭を瓶で殴られるような鈍痛が走った。

「いってェ……」

 ズキズキと痛む後頭部を押さえながら、思わず声を漏らしてしまう。
 オメリドの副作用が日に日に酷くなっている。飲む量は変わっていないはずなのに、身体が拒絶しているのだろうか。

 痛みを逃そうと天を仰いでぼーっとしていると、誰かが近づいてくる気配がした。
 藤城が戻ってきたのかと思って振り向けば、全く知らない顔がそこにあった。

「……ねえきみ、もしかしてオメガ?」
「は? 誰っすか」

 背後にいたのは黒髪の真面目そうな男子学生だ。どこか落ち着きのない様子で、その目はギラギラと光っている。
 突然のことに意味がわからず顔をしかめると、男は興奮気味に捲し立てた。

「この甘い匂い、きみのだよね? 近付いたら少し濃くなったよ。僕のことを誘ってたりする?」
「……っ!」

(どうしてフェロモンが……!? 抑制剤を飲んでるはずなのに……!)

 未紘はガタガタと机を揺らしながら立ち上がると、出口に向かって一目散に走り出した。食堂を出てから振り返ると、男も未紘を追ってきているのが見える。前を向き直り再び全力で足を動かした。

(オメリドが効いていないのか? 今まではこんなことなかったはずなのに……)

 自分の身に常とは違う異変が起きていることは間違いない。悪化しているこの頭痛もそのサインだったのだろうか。
 薬が効かないのではもうどうすることもできない。とりあえず、人が寄り付かなそうな場所に逃げるしかない──。

 未紘は目についた男子トイレに入ると、急いで個室に入って鍵を閉めた。
 全力で走ったのにそんなに息切れをしていないのは、きっと自分がハイになっているからだろう。

 どくどくと心臓の音がうるさい。アルファに見つかってしまったらどうしよう。
 咄嗟に個室に隠れてしまったが、もしも無理やり鍵をこじ開けられてしまったら、今度こそ逃げ場はない。
 
「……っ」

 便座に座って俯いていると、不意に扉の外からコンコン、と音が聞こえた。その瞬間にサッと顔が青ざめる。

 もう見つかってしまったのか。

 瞬間的に恐怖が背中をかけずり上がる。威嚇するようにどんっと扉を叩くと、怒声を張り上げた。

「近寄るなっ、あっち行け!」
「落ち着けって、俺だよ」
「……え?」

 聞き覚えのある声がして言葉を詰まらせる。おそるおそる薄く扉を開いてみると、そこにいたのは藤城だった。

「ふ、藤城……? なんでここが……」
「食堂戻ったらおまえいなくなってたから焦ったわ。なんとか匂いを辿って来てみたけど……」

 彼は不自然に口を閉じると、何かを言いたげに未紘のことを見下ろした。

 次の瞬間、無理やり扉をこじ開けて中に押し入られ、無情にも鍵が締められる音が聞こえる。

 腕を力強く引っ張られたかと思えば、あっという間に位置を入れ替えられた未紘の背中は、ガンッと勢いよく扉に押し付けられてしまった。

「ねえ、何か俺に隠してることない?」

 刺すような眼差しがまっすぐに未紘に落とされる。未紘は僅かに瞳を揺らしながら息を呑んだ。

「ねーよ、なに言って……」
「こら、目ェ逸らすな」
「……っ」

 有無を言わさない声に従う他ない。怒りを滲ませるその目を見たら、何と言い訳したらいいか全く思い付かなくなってしまった。

「その辺にいた男が明らかに発情してて、おまえのことを探してるっぽかったんだよ。オメガのフェロモンは番にしかわからないはずなのに、おかしいだろ?」
「……気のせいじゃねーの」
「何があった? ヒートでもないのに、なんでこんなに匂いがするの」
「……」

 自分に興味がないと思っていた藤城が、こんなにも問い詰めてくるのが意外だった。
 なにも答えられずに閉口する未紘に耐えかねたのか、彼は綺麗な顔を歪ませて大きめの舌打ちをこぼす。

「おい、黙ってないでなんか言えよ」

 イラついたような藤城に力任せに肩を掴まれる。その衝撃で身体が揺れると、カシャンと音を立てて床に何かが落ちた。

 藤城とほぼ同時に視線を辿らせる。そこに落ちていたのが錠剤だと気付いたときには、とっくに手遅れだった。

「なにこれ」
「やっ……返せ、それは」
「オメリド……? 発情抑制剤?」

 未紘より一足早く拾い上げた藤城がまじまじと手元の物を凝視し、そこに記されている文字を読み上げる。

(しまった、絶対にバレたくなかったのに……!)

 顔から血の気が引くのがわかる。動揺しながらも平静を装い、彼の手から薬を奪い返した。

「今のなに。なんでそんなもん飲んでんの」
「……っ、何でもいいだろ! おまえには関係ない!」

 大声に彼が僅かに怯んだ隙に個室の扉を開けると、逃げるようにトイレを飛び出した。
 すぐに近くの水道の水でオメリドを胃に流し込む。その場にずるずるとしゃがみ込んで、力なく項垂れた。

「……なんでこうなるんだよ」

 隠し続けるのも限界が近いのかもしれない。ズキズキと激しく痛む頭痛が、そんな予感を助長していた。


 
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